寡黙な男の焦燥
土方に諌められ、少し落ち着いたように見えた斉藤。
だがその心の内は嵐が吹き荒れていた。
屯所の外へ出ると、椿はすでに朱理を連れてきていた。
「朱理。頼めるかしら?私の友達のピンチなの」
「ヒヒィン」
朱理はわかったというかのように一度嘶いた。朱理は自分が信用できる者しかその背に乗せたことがない。なかなか癖のある名馬だ。
だが、目の前にいる椿の硬い表情。何も言わずに頷く土方。
そして何より斉藤のものものしい姿を見て、朱理は何かを感じたかのように鼻を鳴らした。
「朱理、お利口さんね。三条まで頼めるかしら?」
朱理は何も言わず、その背を椿と斉藤に向けた。
「いいから乗れ」と言わんばかりに。
「はじめ、きっとおときさんは大丈夫だ」
土方が斉藤を安心させるかのように言うが、今の斉藤には何の励みにもならない。
斉藤と椿を乗せ、朱理は地を蹴った。蹄の音が、壬生の道に響き渡る。
斉藤は手綱を握り、朱理の進む先を見据えていた。
――おとき。
頭の中に浮かぶのは、ただ一人の姿だった。
鈴蘭のかんざしを嬉しそうに眺めていた顔。
初めて自分を「はじめさん」と呼んでくれた、あの声。
自分の気持ちを伝えたとき、涙を浮かべながら笑ってくれた表情。
あのかんざしを着けて、今ごろ何をしているのだろう。
茶屋で菓子でも選んでいるのか。
それとも、道に迷って困っているのか。
……あるいは。
斉藤の指が、手綱を強く握り込んだ。
おときは小柄で、お嬢様育ちで、世間知らずで、綺麗な物や可愛い物が好きで。
ーーそして、誰かを簡単に信じてしまうところがある。
その考えが脳裏をよぎるたび、胸の奥がひどく冷たくなる。
「……急ぐぞ」
斉藤は朱理の首を軽く叩いた。
朱理は斉藤の焦燥を感じ取ったかのように、さらに速度を上げる。
風が頬を打ち、道端の景色が後方へ流れていく。
椿は何も言わず斉藤の様子を見ていた。
斉藤も何も言わない。
けれどその肩には力が入り、手綱を握る指は白くなるほど強張っている。
いつも冷静で、どんな状況でも表情を変えない斉藤一。
その彼が、今はただ一人の女性の無事を願い、少しでも早くそのもとへ辿り着こうとしている。
(無事でいてくれ、おときーー)
斉藤さん、朱理、間に合え〜!
最後まで読んで頂きありがとうございました。




