奇跡のようなもの
先程の騒動が一転して静かになった庭。容保の目の前には斉藤と永倉がいた。
会津藩 黒谷のお屋敷――庭の端。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように、静けさが戻っていた。
藁の的が、少し歪んだまま風に揺れている。
その前に立つのはーー
永倉新八と、斎藤一。
そして、二人の前に立つのはーー
松平容保その人だった。
「……先ほどのことだが」
静かな声が、庭に満ちる。
怒鳴っているわけではないが、その場の空気がすっと引き締まる。
永倉は頭をかきながら、少しだけ姿勢を正した。
「いや……その……悪気はなくてですね」
「……ああ」
容保は軽く頷く。
「悪気がないのはわかっている」
その言葉に、永倉が少しだけほっとする。
だがーー
「……だからこそ、言っておく」
「……ゴクリ……」
「……」
永倉が背筋を伸ばし、斎藤は目を伏せた。
容保は歪に曲がった藁の的を見ながら口を開いた。
「敏は、つい先日まで床を離れられぬ身だった」
容保の声は変わらず穏やかだったが、一言一言がずしんと重かった。
「今こうして歩き、笑い、外に出られること自体がーー」
ほんの一瞬、言葉が途切れる。
「……奇跡のようなものだ」
風が、庭の木々を揺らした。
「……その者に、木刀を持たせるとは」
容保は視線を二人に戻した。
責める口調ではない。だが同時に、逃げ場のない口調だった。
永倉の顔がサーっと青ざめる。
「……すみません!」
永倉はその場で深く頭を下げた。
(そうだ、俺……つい最近まで姫様がご病気だったことをすっかり忘れてた)
「俺、姫様が先日までご病気で伏せっていたことをすっかり忘れてました!」
容保は仕方がないというように永倉の肩をポンと軽く叩いた。
容保の視線が斉藤に移る。
「……斎藤」
「……は」
「止めていたな」
「……はい」
「だが、途中で教えていた」
「……」
一瞬の間を置いて、斉藤が言いにくそうに口を開く。
「……剣のことになるとつい、血が騒ぐので」
だが途中で言い訳は見苦しいと思ったのか、斉藤は深く頭を下げた。
「面目ない!」
容保はしばらく二人を見ていたが。やがて、ふっと息をついた。
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