熊騒動その後・永倉新八という男
その日の夜、斎藤一は敏姫に熊に間違えられた事を話していた。
夜――屯所の一室にて。
行灯の明かりがゆらゆらと揺れ、酒の香りがほんのりと漂っている。
「で?その“熊騒動”ってのはなんだ?」
豪快な声が響いた。
盃を片手に笑っているのは、新撰組二番隊組長――永倉新八。
その向かいに座るのは、相変わらず無表情の斎藤一だ。
「……熊ではない」
「いやそれは見りゃ分かるわ!!」
永倉は思わず突っ込んだ。
「……屋敷で、敏姫様に熊と間違えられただけだ」
「はははははは!!そりゃあいい!で?どうなったんだ!」
斎藤は静かに酒を一口含みーー
「……殿が来られた」
「ほう?」
「姫様が殿の袖を掴んで、“怖かった”と」
「おお〜〜」
永倉がにやりと笑う。
「で?殿は?」
「……優しく引き寄せていたように思う」
「ぶはっ!!」
永倉が盛大に吹き出した。
「おいおいおい!!あの殿がか!?」
「……ああ」
「堅物で通ってるあの御方が!?女に!?」
「……女ではない。姫だ」
「そこはどうでもいいわ!!」
部屋の空気が一気に賑やかになる。
「で!?で!?姫様はどんな顔してたんだ!」
「……赤かったな」
「そりゃそうだろうなぁ!!」
「……殿も赤かったな」
「はぁ!?」
永倉は盃を持ったまま固まった。
「……耳が」
「はーーーーはっはっはっは!!」
もう我慢できないとばかりに大笑いする。
「いやぁいいもん見たなお前!!それは酒がうまいわけだ!」
斎藤は黙って酒を飲んでいたが、ほんのり口元を緩ませていた。
「で?姫様はどんな方なんだ?」
斉藤は敏姫に会った時のことを思い出し、軽く笑う。
「……騒がしいな」
「お前が言うな」
「……だが」
斎藤は一瞬だけ言葉を切り、また緩やかに口端をあげた。
「……よく笑う」
その一言に、ほんの少しだけ空気が変わる。
永倉は笑みを残したまま、ふっと息を吐いた。
「……そうか、そうなのかあ……へぇ〜」
「……ああ」
「そりゃあ……殿も変わるわな。なんせ、ずっと前から伏せっていたのに突然快復したんだろ?」
永倉はそう言ってぐびりと酒をあおった。
「よかったよ。殿も言葉には出さないけど、姫様のことはいつも案じていたからな」
落とされた言葉に斎藤は何も言わず、盃を傾ける。
行灯の火が、二人の影を揺らした。
「……うーむ……」
しばらくして、永倉が何かを思いついたようににやりと笑う。
「その姫様、俺も会いてぇな!」
「……やめておけ」
「なんでだよ!」
「……熊が増える」
「ははははははは!!そりゃあ面白ぇ!!」
再び笑い声が響いた。
永倉新八は、豪快で面白いキャラです。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




