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もう一度、あなたと。  作者: 杉野仁美
第一章 奇跡が起こった夜

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二人の時間

敏姫は早速仕事を終えた容保の部屋を訪れる。

「殿!!」


 その日の夜、元気よく敏姫に開けられた襖が跳ね返る。


「殿!ようやくお仕事が終わりましたのね!」


「…………」


 容保は、しばし呆然として敏姫の方を見ていた。


「ほほほ、殿のそのようなお顔初めて見ましたわ」


 容保は囲碁を嗜んでいた手を静かに止め、敏姫に隣に座るように手を置く。


「どうした。こんな時間に珍しい……いつもは伏しているのに」


 敏姫は嬉しそうに容保の隣に座る。


「もう元気が有り余って眠れないのですわ。それに、殿に一刻も早く会いたくて……」


「……敏姫……」


「二人の時は敏とお呼びくださいませ!」


 容保はわずかに目を伏せた。


「……と、敏?」


 敏姫のいつもなら絶対にしないであろう要望に、容保は一瞬たじろいだ。

 瞳をキラキラさせてこちらを見る敏姫に見つめられて、容保は仕方なさそうに微笑む。


(殿……笑っ……た?)


 容保のそのような姿を見た事のない敏姫は一瞬驚いた。


「……敏……」


「……!!//」


(ど、どうしよう……頼んだのは私ですけど、思いもよらない殿の笑顔が……)


「敏……」


 容保はもう一度、愛おしそうに名を呼んだ。


 蝋燭の火が、二人を包み込むようにゆらゆらと優しく揺れた。


 その光の中で、敏姫はふと息を呑む。容保が、こんなにも近い。穏やかな顔で、自分を見ている。


 それが夢のようで――けれど、確かな現実だと。

 本当に自分の身に奇跡が起こったのだと。


「……殿」


 思わず、容保を呼ぶ声がかすれる。

 容保は何も言わず、ただ静かに敏姫を見つめていた。


 その視線は、かつてのような『気遣い』だけではない。


 どこか、戸惑いと――


 そして、抑えきれぬ何かを含んでいる。


「……本当に……元気なのだな」


 ぽつりと落ちた言葉は、確認するようでいて、どこか信じきれぬ響きを帯びていた。


 敏姫はこくりと頷く。


「ええ……だからこうして殿のそばにいるのです」


「……そうか」


 それだけ言って、容保はわずかに視線を落とした。


 その手が、確かめるように無意識に敏姫の袖に触れる。


 そこに『いる』ことを、失わぬように。


 敏姫はその仕草に気づき、少しだけ目を細めた。


(殿は……まだ怖いのかもしれない)


 自分がまた倒れてしまうのではないかと。


 この奇跡が、いつか消えてしまうのではないかと。


 だからこそ――


 敏姫はそっとその手に自分の手を重ねた。


「……殿。敏は、もうどこにも行きません」


「……」


 容保の指が、ぴくりと動く。


「これからは、ずっと……殿のお側におります」


 静かな声。けれど、はっきりとした意思を宿した言葉。


 しばしの沈黙のあと――


 容保の手が、ゆっくりと敏姫の手を包み込んだ。もう決して離さぬとでもいうかのように。


「……ああ」


 容保はそう短く返した。短い言葉だけれど、その中にすべてが込められていた。


 蝋燭の火が、またひときわ大きく揺れる。


 夜は、まだ長い。


 けれど――


 二人の時間は、今、ようやく動き始めたのだった。

ゆらゆらと揺れる蝋燭の表現好きです。

こんな感じで二人とも静かで、穏やかな感じで進みます。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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