奇跡が起こった夜
※本作はIF小説です。史実とは異なる設定で、容保と敏姫の関係を中心に描いていくつもりです。まだ10代で亡くなった敏姫様が生きていらっしゃったらという気持ちで好き勝手に書いています。書かせてください。
松平容保は会津藩主として降伏するまで最後まで戦った人物ですが、この小説にはそのような描写は一つも出てきません。
春にはまだ遠い、静かな夜。
灯りは弱く、部屋には薬の匂いが残っている。
敏姫は、そっと目を閉じたまま呟いた。
「……もう少しだけ、生きてみたかったなぁ……」
それは誰に向けたわけでもない、
風にほどけるような小さな声だった。
そのとき――
「――その願い、聞き入れた」
どこからともなく、やわらかな声が落ちた。
敏姫は目を開く。
けれどそこには、誰もいない。
ただ、不思議と胸の奥が温かい。
次の朝。
身体が軽い。
指先に、力がある。
「……え?」
起き上がれる。
息が苦しくない。
戸を開けてみる。
廊下を、歩ける。
一歩、また一歩――
「……歩ける……!」
思わず声が弾む。
自分でも驚くほど、心が浮き立つ。
庭に出ると、冷たい空気が頬を撫でた。
それさえも嬉しくて、くすりと笑ってしまう。
「こんなに……軽い……」
そして、くるりと振り返る。
まるで子どものように――
ほんの少し、はしゃいでしまう。
体が動く、これが……普通の、健康な人の体なの? なぜ?
敏姫は思い出していた。そういえばあの時ーー
「……もう少しだけ、生きてみたかったなぁ……」
なんてことを願ったからかしら?
誰だか知らないけどありがたいわ!だって寿命が長引いたってことだもの!
敏姫は一人でしばらく浮かれていたがやがて……
(そうだ……殿にもお知らせしなくては)
その時、容保がちょうど通りがかった。
「殿……!」
その姿を見た容保は思わず立ち止まってしまった。
顔色のいい敏姫。
外ではしゃぐ姿。
あんな姿は数年ぶりで。
まるで時が戻ったかのような錯覚を覚えた。
言葉が出なかった。
ただ、目を見開いてしばらくその姿を見つめているしかなかった。
その姿を見て敏姫は、嬉しそうに笑う。
「殿、ご覧くださいませ。敏姫はこんなに元気になりましたわ」
容保はしばらく何も言わず、ほんのわずかに息を吐く。
「……そのようにはしゃぐ姿を見たのは初めてだ」
「殿、大事の用事が入っておりますゆえ」
侍従に声をかけられても、容保の視線は敏姫に向けられたままで動こうとせず。
二人の運命が、違う方向にゆっくりと巡る。
さわさわと、風がなる音だけが二人の間をすり抜けた。
※本作はIF小説です。史実とは異なる設定で、松平容保と敏姫の関係を中心に描いています。
戦や歴史的背景は扱わず、二人の穏やかな時間を主軸とした物語です。
この物語は敏姫様が生前にやりたかったことを作者が勝手に妄想し、文字に起こしたものです。実在の人物像、史実とは全く関係ありません。どうぞ頭を空っぽにして二人と共に甘い時間を過ごしましょう。




