紫の花びら
沖田は踏み込む。その速さは、前回よりもずっと速くなっていた。
※改行多めです。
ーー速い。
黒谷の時よりさらに速い。
踏み込みと同時に喉元へ一直線の突き。
ギィン!!
篝は紙一重で木刀を滑らせ、沖田の一撃を逸らす。
だが沖田は止まらない。
「まだまだァ!!」
右薙ぎ。次に返す刃で胴。
さらに下段から跳ね上げるような斬撃。
木刀が空気を裂くたび、紫の菊が揺れた。
「ちっ……!」
篝の目が細くなる。
速いだけじゃない。
黒谷の時より、剣筋が鋭くなっている。
「……壬生狼ってのは、負けるたび強くなるのかよ!」
「そりゃどうも!!」
沖田の連撃は止まらない。
まるで獣。
いや、人を斬るためだけに研がれた牙だった。
沖田は知らずのうちに笑っていた。
人斬りを楽しんでいる。まさに壬生の狼!
ギィン!!
ガッ!!
バシィ!!
木刀同士がぶつかるたび、火花のような音が響く。
庵の前の土が抉れ、菊の花びらが宙を舞った。
だが。
「……はぁ」
篝は突然、小さくため息をついた。
「……何ですか」
「お前、真面目すぎんだよ」
「は?」
その瞬間だった。
篝が突然後ろへ跳ぶ。
沖田が追う。
距離を取れば、今度は自分が攻め込める!そう思ったからだ。
だがーー
篝の方が一枚上手だった。
ズルッ。
「っ!?」
沖田の足が滑った。
「……なっ!?」
見ると、地面に大量の紫陽花の花びらが散っていた。
さっきの打ち合いで篝がわざと蹴り散らしていたのだ。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ、体勢が崩れる。
だが剣豪にとって、その一瞬は致命的だった。
「遅ぇ」
篝が踏み込む。
沖田の視界から、一瞬その姿が消えた。
「ーーっ!!」
沖田が気づいた時には。
木刀の先端が、自分の額にぴたりと止まっていた。
風が吹く。
篝の黒髪が揺れる。
紫の菊がざわざわと鳴った。
「…………」
沖田は動かなかった。
いや、動けなかった。
完全に取られていた。
「また私の勝ちだな、馬鹿犬」
篝がニヤリと笑う。
沖田はしばらく黙ったままだったが、やがて苦々しそうに口を開く。
「……卑怯ですよ」
と、不満そうに呟いた。
「勝負に卑怯もクソもあるか」
「でも今のは罠じゃないですか」
「引っかかる方が悪い」
「…………」
沖田は悔しそうに眉を寄せる。
その顔を見て、篝は吹き出した。
「ははっ!そんな顔すんなよ!犬ころ!」
「誰が犬ころですか!!」
沖田が怒鳴る。
だが篝は笑い続ける。
その笑い声は、黒谷で見せた獰猛さとは違っていた。
山奥に一人で住む女の、どこか子供みたいな笑い方だった。
「……また来ます」
沖田は木刀を肩に担ぎながら言う。
「勝つまで来る気か?」
「当然でしょう」
「暇人かお前」
「山猫に言われたくありません」
「誰が山猫だ馬鹿犬!!」
「山で菊に囲まれて暮らしてる女なんか山猫しかいないでしょうが!!」
また始まった。
沖田は負けた。
しかも二度も。
だが不思議と、腹の底から嫌ではなかった。
悔しい。腹が立つ。
なのに気分は悪くない。
またこの庵へ来たいと思っている自分がいた。
* * *
スパァンッ!
木刀なのに、真剣を使ったかのように藁束が切れて落ちた。
「……次は負けませんよ……篝」
滲む汗を拭きながら、沖田は口端をあげた。
また沖田の負けですね。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




