物語のハッピーエンドのためにできること
「あー……まずいなコレ」
アシュフォードは腰に付けたマジックバッグを探りながら呻いた。
もうどのくらい時間が経ったのかもわからない。
「逃げてえなあ……」
地面を変質させる魔法薬の瓶があったので魔物の先頭に向かって投げると、馬に似た魔物に首の一振りで叩き落とされた。
狙い通りの展開に、アシュフォードはにやりと笑う。
割れた瓶から飛び散った魔法薬の効果で、一帯が泥濘と化す。馬の魔物は泥に足を取られて転倒し、後方から疾走してきた別な魔物に踏みつけられて絶命した。
魔物だったモノから飛び出した魔核が、キラキラと結晶化して泥に落ちる。魔物に踏まれても砕けたりはしない筈だが、あそこから探すのはきっと骨が折れるに違いない。
「ああ、勿体ねー」
泥に少しスピードを落とした魔物の集団を眺めながら、アシュフォードの独り言は止まらない。
喋るのを止めると、恐怖と疲労で動けなくなってしまいそうだったからだ。
ヴィクトールから『常夜の森』の浅い場所で魔物の異常発生が起きたと報告を受け、『ついに来たか』と思った。
発生場所は街道にも近く、いつになく街への被害が懸念されるという。
『契約花嫁の真実の恋』の中盤最大のイベントだ。
悪役公爵アシュフォードが討伐に失敗し、大怪我をする場面。
指揮官を失った討伐軍は力を失い、多数の負傷者を出す。そして、とうとう魔物が町に雪崩れ込もうとしたその時、物語の主人公とその運命の恋人がその場に現れ、力を合わせて魔物を討伐する。
それはもう華々しくネルベルク領を……ビルネ王国を守るのだ。
魔物の大発生を止められなかった悪役公爵の面目は潰れ、そのまま療養と称して断罪の時までフェードアウトする。
アシュフォードはずっとこの日の事を考えてきた。
自分が負傷するのはまあ仕方ない事とはいえ(いや、出来ることなら避けたいが)、物語の盛り上がりの為だけに討伐軍を失うわけにはいかなかった。
この広大な領地を1人や2人で守れる訳がない。
ネルベルクの兵士は誰もが魔物討伐のエキスパートで、魔物暴走の初期であったら、公爵家当主に報告する前に阻止してしまう。
「つうか!!」
アシュフォードは自分を鼓舞するために叫んだ。
「設定がザル!ネルベルク家の討伐軍だぞ!!浅いとこの魔物暴走に遅れを取るか!」
魔力を極限まで細く固くした攻撃魔法を放つ。
物語に沿いながらも被害を最小限に抑えるために、アシュフォードが考えた作戦は、自分が1人で先行する事だった。
『悪役公爵が斃れる』が物語の進行のフラグなのだ。
これまでの“物語の強制力”を鑑みても、シルヴァールとジークフリードに討伐軍が付き従ったとしても大きな問題にはならない筈だ。
魔物を仕留めるというよりその進路を反らすのが目的なので、アシュフォードは木々や岩に身を隠しつつ位置を変えながら土魔法で地面を窪ませ、石杭を作り上げ、魔物の嫌う香木を詰めた布袋に火を付け投げつける。
前公爵なら、美しくさえある紫電を降らせて魔物を屠っていっただろう。
自分にはそんな魔力はないから、こうやってちまちまとやっていくしか方法がない。
ずっと、この日のために準備をしてきた。
豊富な財力を注ぎ込んでトラップや攻撃アイテムを買い込み、少ない魔力をやりくりしながら魔道具を作り上げては魔力を注ぎ込んだ。
物語の中で僅かに語られていた、悪役公爵の気ままな浪費にカウントされたのだろう。
社交界ではネルベルク公爵の奇行として扱われた。
魔力量が最強レベルのシルヴァールに魔道具への魔力充填を頼むことも考えたが、聡い彼はそれが何のためのものかすぐに気付くだろう。
そして、アシュフォードの無茶に付き合おうとするに違いない。
そう確信する程、『悪役公爵』は『お飾りの妻』を理解し、信用していた。
言えるわけがない。
シルヴァールは、ジークフリードと仲を深めている最中なのだ。
ジークフリードが歩けるようになったと聞いたあの時、アシュフォードはその場にへたり込んだ。まだぎこちない動きながらも、杖を持たずに歩み寄ってきたジークフリードの姿に、涙が止まらなかった。
守れなかった、救えなかった、アシュフォードの罪が、少しだけ許された気がした。
治療と訓練が必要だと言っていたのも、物語の筋書き通りで、シルヴァールは週に3、4回、数時間から日によっては半日、ジークフリードの待つ離れに出掛けていく。
年が近く、美しい2人が惹かれ合うのも当然だろう。
完璧な貴族と称される美丈夫に成長しつつあるジークフリードと、妖精の生まれ変わりと謳われるシルヴァールが何かの文献を読みながら話し合っている様は、まさに絵画のようで。アシュフォードは自分が『芸術品をアホ面で見つめている一般見物客』であると知ったのだ。
「物語の通りだ」
握ったダガーが汗で滑る。
しまったと思った瞬間に、鹿に似た魔物の体当たりを食らった。
「ぐふ……っ!」
咄嗟に展開した防御結界が功を奏し、大きな角の一撃は届かなかったが、衝撃にアシュフォードの身体が吹っ飛ぶ。
「クソが……っ」
すぐに身を起こし、掌サイズの結界を複数張って、それを足場に中空を駆け上がった。
魔物の流れから少しだけ距離を取り、口に入った泥を吐き出して袖で口元を乱暴に拭う。
「馬の次は鹿かよ……っ!」
勿論、この世界での魔物の名は知っている。
アシュフォードは自分が先程から“日本語”で悪態をついていることに気付いていなかった。
「味覚戻ったら、テメエら絶対ステーキにして食ってやるかんな……ッ!」
マジックバッグからダガーを取り出し、ついでにポーションを煽る。
傷は癒えたが、体力は戻りきらないようだった。
そろそろ、アイテムの残りも少ない。
大丈夫。
上手くやれてる。
もう少し時間を稼げば、ヴィクトールが軍を引き連れてやってくる。




