『原作』とだいぶ違うんだが!?いや、大筋は変わってない……が。
「……ああ、アイツら、俺の言うことなんか聞かないんだろうなぁ」
呟きには苦笑が滲んでいた。
離れの地下には避難所が設けられていて、そこにジークフリードと共に身を隠して置くようシルヴァールには言ってある。
しかし、きっと……いや、絶対に来るだろう。
それは主人公だからではなく、物語の強制力でもなくて。
くらりと目眩がした。
襲いかかってきた脱力感に足元が揺らぐ。
魔力切れが近い。
「こんな……時に……!」
いや、寧ろ良くもった方だろう。
これまで生きてきて、仕方ないと口では言いながら、散々自分の魔力量の少なさを呪ってきた。
だからこそ魔法の使い方を研究してきたし、きっと何とかなると自分に言い聞かせ、全部放り出して逃げ出したくなった時には『自分なら大丈夫だ』と宥めてきたのに。
そうだ。大丈夫だ。上手くやれてる。
やれてる……!!
ああ、俺に。
せめて、兄上の10分の1でも、魔力があれば。
……もう少し、上手くやれたのか……?。
身体が震えてくる。
完全に、魔力切れだった。
ここから更に生命維持に必要な分まで失い、完全に魔力が枯渇すれば、命に関わる。
魔物の形をして忍び寄ってくる“それ”がアシュフォードに囁いた。
魔力量なんて言い訳だ。
なんで俺だけが……と思っていただろう?
ずっと逃げたかっただろう?
アシュフォードはゆるゆると頭を振った。「違う」と呟いた己の声が酷く弱々しくて、更に打ちのめされた。
全て悟って、物分かりの良いフリをして、受け入れてきたとしても、己が身に起こった理不尽の数々は消えない。
なかったことにはならない。
こんな事になる前に、さっさと全部放り出して、逃げてしまえば良かったんだ……!!
ずっと、ギリギリのところで踏みとどまっていた足元が崩れていく。
追い詰められたアシュフォードの心を、昏い思考が塗りつぶしていく。
ここで、『悪役公爵』が退場になっても、物語的には問題なくね?
……なんならアイツらに、俺を断罪させなくて、済むんじゃね?
「止めろ……」
頭を振って、低く呻く。自分でも聞き逃す程の囁きだった。
こんな事は考えたくないのに。
「……スローライフしたいんだよ。俺は」
ジークフリードに家督を譲って、自分は隠居するのだ。
「退場して、一般人になって。今までの分のんびりすんの」
そうして、まだ若い才気溢れるあの2人がこれから何を成すか、見たい。
何か聞こえた気がして、アシュフォードは力を振り絞って顔を上げた。
地響きが、砂煙と共に街の方から向かってくる。
魔物をものともしない剛の者達の雄叫びが、アシュフォードを鼓舞した。
「討伐軍……来たか……!」
想定より規模が大きい。ヴィクトールはかなり無茶をしたに違いない。
アシュフォードの心に、明かりが灯る。
今までしてきた事が悪あがきだったとしても、それは無駄じゃなかった。
これが、その成果だ。
「……え?」
かなりの速度で向かってくる討伐軍から更に突出した2つの騎影に、アシュフォードは魔物が近付いてきているというのに、呆気に取られた。
軍馬に身体強化の魔法でもかけねば出ないスピードだった。
「まさか」
大きい方の影が、腕を振り上げた。
途轍もない規模の魔力が嵐のように吹き荒れ、無数の紫がかった雷が魔物の群れにむかって落ちる。
「ひえ……っ!」
知らず自身に肉薄していた魔物も雷で吹き飛んだが、アシュフォード自身には静電気レベルのダメージすらこなかった。
みれば繊細かつ強固な防御結界がアシュフォードを中心に綺麗な円を描いていて、その外に紫電は展開されているようだ。
その紫電を操る術は、先代の公爵家当主が得意とした超高威力広範囲の大魔法。
今、ネルベルク家の一門でその魔法を使いこなせるのは、きっと、1人だけだ。
そして、砂煙を吹き散らしてアシュフォードの前に飛び出してきたのは。
「……旦那様……!ご無事ですか!?」
簡素な胸当てを身につけ白銀の槍を携えた、巨体の軍馬に跨がるアシュフォードの妻だった。
「る、ルヴァ……!?」
たおやかな妖精の生まれ変わりは今は戦女神のように凜々しく、ほっとしたようにアシュフォードを見つめること数秒。
「……後でお話が、ございます」
シルヴァールは周囲を極寒に変える程の壮絶な笑みを浮かべ、優しい声音で囁くと、そのままアシュフォードの脇を擦り抜け、魔物の群れの中に軍馬を躍り込ませた。
「えっ」
振り返ったアシュフォードが見たのは、美しい銀槍で次々と魔物をなぎ払っていくシルヴァールの背中だった。
こんなシーンは、物語にはなかった、よな……?
シルヴァールは、癒やしの聖人だった筈だ。
槍を振るって戦うのは、彼の運命の恋人だった。
気が付くと、アシュフォードの周囲には光り輝く結界が張られていた。
シルヴァールの槍の軌跡から外れた先程のと同種の鹿の魔物がアシュフォードに突進してきたが、強固な結界に為す術もなく弾き飛ばされる。
「叔父上!!」
魔道士のローブ姿のジークフリードが、軍馬から飛び降りアシュフォードに駆け寄ってきた。
「ジーク……っ」
「ご無事ですか……っ」
アシュフォードから心配げな視線は外さず、結界の外の魔物を雷で打ち倒していく。
「結界と同時展開……!しかも無詠唱……っ」
それは決して簡単な事ではないのに、ジークフリードは苦もなく行使しているようだった。
2人とも、色々と規格外なのは知っていた。
知ってはいたが、ここまで圧倒的だなんて。
「はは、ヴィクトール、軍編成半分でも良かった……な」
ぐらりとアシュフォードの身体が傾いだ。
シルヴァールとジークフリードの声を聞き、顔を見たら、張り詰めていたものが切れた。
「……叔父上!!」
倒れ込むアシュフォードをジークフリードの腕が抱き留める。
ああ、ジーク。いつの間にか、でっかくなって。そんなナリで魔道士なのか?
「旦那様!?」
シルヴァールも軍馬から飛び降りアシュフォードに駆け寄ってきた。
ルヴァ、お前そんなに強かったんだな。でも、武器は離すな。まだ交戦中だろう。
声が出ない。
目も開かない。
足元で暗闇が口を開けているのを感じる。
アシュフォードの意識は、その闇に落ちていった。




