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大丈夫。原作通り……だよな?

背後で扉が閉まり、華やかな世界からようやく脱出できた。

シルヴァールはすぐに自分のクラバットを外し、黙ってアシュフォードの手に巻き付ける。

人前でクラバットを外すのははしたない行為だと勿論知っていたが、アシュフォードの手の怪我はチーフでは足りそうに無い。

廊下の向こうから真っ青な顔で駆けてきたのは、王の側近の1人だ。

「公爵閣下。こちらでお手当とお召し替えを」

恐らく、その部屋には王妃か王太子が待っているのだろう。

「不要だ」

後回しにする程に問題が大きくなるだろうと分かっているが、今日はもう王家と関わりたくない。

「ですがお怪我を」

「怪我よりも公衆の面前で妻を愚弄された事の方が問題だと思わぬか」

「それはもう、重々承知を」

「国王陛下にお伝えせよ。アシュフォード・ネルベルクはこの件に納得せぬ内は国難以外の如何なるお召しにも応じぬと」

アシュフォードは『自分のお気に入りの持ち物を貶され怒り心頭の悪辣公爵』を演じているつもりだった。

実際、腹が立っていた。

シルヴァールを下級貴族だと侮り、思うままに動かそうとしたあの王女には『若さ故の過ちだ』と寛容になれそうにもない。

唇を引き結んだままクラバット越しに夫の手をしっかりと掴み傷口を押さえている夫人はどうやっても『悪辣公爵の持ち物』には見えなかった。

1人の男に大切に愛されて、果敢に守られた、相愛の妻だ。

既にエントランスに回されていた馬車に乗り込み、付いてきた王の側近が恭しく扉を閉める。

恐らく馬車が見えなくなるまで見送っているのだろうが、確かめる程の事ではなかった。

「ああ、ジークに無事に帰るって約束したのになあ……。離れに行ったら怒られそうだ」

脱力し、背もたれに体を預ける。

「その前に、タウンハウスにいるヴィクトールに叱られますよ」

「ああ……そっちが先……か」

アシュフォードはぎょっとした。

シルヴァールのアメジストの瞳から、水晶粒のような涙がいくつも零れていたのだ。

「俺の、せいで……旦那様が怪我を」

声が詰まる。

自分がもう少し上手く立ち回っていたら、こんな事にはならなかったと思うと悔しい。

「ルヴァ、これは俺が勝手にした事だからな。気にしなくて良いよ」

「ですが」

「魔物討伐の時はこの位ざらだし、体感としては見た目程重傷じゃ無い。利き手だから数日は生活にも仕事にも不自由するかもしれんが、まあ、そこは君に手伝って貰うと言う事で」

「勿論お手伝いは致しますが……」

シルヴァールはアシュフォードの顔と手を何度も見比べて、決心したように頷いた。

「旦那様、お手を」

アシュフォードの怪我をした手をそうっと両手で捧げ持ち、丁寧にクラバットを解く。

白い生地は大部分が赤く染まっていて、まだ出血は止まっていないようだった。

「ルヴァ?」

シルヴァールの魔力が掌を撫でると、白銀の光がそこから零れた。

「……こ、これは」

一瞬で、とは行かないがゆっくりと傷が塞がり、痛みが徐々に引いていく。

「君は、治癒魔法が、使えたのか」

アシュフォードの声が僅かに震えた。

「黙っていて、申し訳ありません」

「どうして」

「治癒魔法を使える者は、国に申し出ねばならないでしょう?旦那様のお側にいられなくなるのは、嫌で」

「ああ、そうじゃなくて……」

アシュフォードは自分の掌を食い入るように見つめていた。

どうして、はどうして『今』使えるのか、という意味だ。

早すぎる。

原作の主人公は悪辣公爵の甥と出会い、そのあまりの怪我の悲惨さに心を痛めて、癒やしの力に目覚めるのだ。

なのに、シルヴァールは既に治癒魔法を使えるなんて。

僅かに目眩がした。

その感覚には覚えがある。

「なんで、魔力減った……?」

「俺の治癒魔法は対象者の魔力と混ぜ合わせて回復力を早めるものらしくて。物語のように全てを一瞬で直すとか、そういう事はできなくて」

アシュフォードは魔力量が少ないから、この程度の怪我でも疲労を感じるのだろう。

「ルヴァ、ありがとう。君を王家に引き渡すような事はしない。さっきの貸しがあるしな」

「旦那様……」

うっすらと傷跡が残るばかりになった手で、シルヴァールの手を握り返す。

これを聞いて良いのだろうか。

原作の流れから逸脱しないだろうか。

「……君の治癒は、古傷にも効くのか……?」

「試した事はありませんが、恐らくは」

シルヴァールは、アシュフォードの問いの意味に気付いている。

彼が大怪我をした甥を気に掛けている事を知っていながら、シルヴァールは言い出せなかった。

王家に知られる事よってアシュフォードから引き離されるかもという危惧が、シルヴァールの口を塞いでいたのだ。

「どうか……ジークに、力を貸してはくれないだろうか」

しかし、アシュフォードの自分にはどうにもならない事を、人に頼る悔しさと、申し訳なさと、藁に縋るような微かな期待の混ざった、彼の人格を表すかのような、この表情を見てしまったら。

「勿論です、旦那様」

シルヴァールは、決意を込めて頷いた。


翌日、王太子からの見舞いという名目で大量の菓子や花やアクセサリーといった贈り物が届けられ、使用人を驚かせた。

謝罪の機会を与えて欲しいという手紙が添えられていて、王女の処遇も書かれていたが、アシュフォードは軽く読み流して、謝罪を拒否する旨の短い返事を書いた。


そうして、2日後には行きと同じように御者と護衛1人だけを連れさっさと王都を出発した。


勿論、『家族』への土産はたっぷりと用意して。

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