悪役公爵への罰
アシュフォードの背中を見送るジークフリードは僅かに眉を寄せ、なんとも言えない表情をしていた。
「シルヴァール様というのは叔父上の御伴侶だろう?」
「ええ、左様でございます」
案外話し好きな老齢の魔法医師から、社交界でも大層な噂になる程のとても美しい方だと聞いた。
叔父上はとても素敵な方なのに酷く控えめだ。
「父上亡き後たった独りで領地を守っていた叔父上が結婚されたのはとても喜ばしい事だと思う……」
その隠された魅力を知る人が増えるのは純粋に嬉しい。
でも。
「お坊ちゃまは、寂しゅうございますか?」
マリアンヌの言葉に、ジークフリードははっとした。
「それだ。僕は、きっと叔父上に新しい家族ができて、嬉しくて、……寂しい」
「だいじょうぶですよぉ」
マリアンヌはころころと笑った。
アシュフォードもジークフリードも彼女の朗らかさにどれほど慰められた事だろう。
「坊ちゃまに新しい家族が出来たのでは無くて、家族が増えたんですから」
「増えた?」
「アッシュ坊ちゃまの家族は、ジーク坊ちゃまにも家族です」
「僕も……」
「ええ、そうに決まってますとも」
あの事故で、ジークフリードの家族はアシュフォードだけになってしまった。
いや、祖母は存命だ。
父親とジークフリードには優しかったが、祖母の目には何故か叔父上は映って無かったように見えて、なんだか恐ろしかった。
家族と居る時以外はまるで息を潜めるようにしている叔父上を大切にしてくれる方ならば。
「僕もお会いしたいな」
家族にして貰えると良いな、とジークフリードは思った。
厨房でアシュフォードは1人作業を行っていた。
この離宮でマリアンヌと共にずっと料理をしていたのですっかり手慣れたものだ。
ジークフリードの好物であるミルクをたっぷり使ったカボチャのポタージュと、ほうれん草とベーコンとチーズを入れたオムレツを作る。
このオムレツは兄夫婦にも褒められたものだ。
貴族男性が料理を作るなんて有り得ない事だったが、兄はそれを否定せずに義姉と喜んで食べてくれた。
「……っ」
アシュフォードはぐすぐすと鼻をすする。
15歳の少年があんなに懸命にリハビリをして、前に進もうとしているのに自分はどうだ。
只でさえ不細工な自分が、こんな鼻水を垂らしてさめざめ泣いていても目も当てられない。
「……夜会が終われば、2人を会わせられる」
原作では、そうなっていた。
運命的に出会った2人は、悪役公爵の目を盗んで仲を深めていくのだ。
そうしてシルヴァールは癒やしの力を開花させ、ジークフリードの後遺症を治す。
悪役公爵である自分には2人に直接してやれる事はもう余りなくて、後は原作で起こったトラブルを最小限に押さえながらストーリーを進めて行けば良い。
「んん……こんなもんかなあ……」
スプーンでポタージュを掬い、ひと舐めした。
かぼちゃの味、バターの風味、ミルクの味、塩気、バランスは悪くない筈だ。
「は、事故の当事者でも無いクセに」
アシュフォードは自嘲に唇を歪める。
彼はこの2年、お茶くらいしか美味しいと感じられなくなっていた。
「美味しいです叔父上!」
年頃の少年らしい食欲を見せるジークフリードに、内心ほっと息を吐く。
「そうだろう。俺のカボチャのポタージュに勝てるのはマリアンヌのタマネギのスープ位だからな」
勿論そんな素振りは見せずに、大袈裟に胸を張って見せた。
「マリアンヌのスープは、セロリの味がしないから好きです……」
ジークフリードは小声で呟いた。
父が好きだったので、屋敷の料理人が作ったタマネギのスープにはいつもセロリが入っていた。
好き嫌いで料理を選ぶのは紳士らしくないとずっと我慢していたのだけど、やっぱり好きにはなれなくて。
「小さい頃は屋敷中のセロリよ消えて無くなれと本気で星に祈ったものです」
「なんだそれ、可愛いな」
「小さい頃の話しですよ!」
あの事故の後、ようやく目覚めて、徹底的に漉されたごく薄味のタマネギのスープを口に含ませられた時、ジークフリードは声を上げて泣いた。
自分だけはが生きているのだと痛感させられたのだ。
その後もずっと痛くて、苦しくて、父母と共に旅立てれば良かったのにと何度も自分の生を呪ったのに、その度にその呪いを解いたのは最初のスープの味と、『ジーク、良かった』と絞り出されたような、叔父の最初の声で。
それを覚えて居る限り、この砕けた足でも立っていようと思うのだ。
「叔父上はシルヴァール様に手料理を差し上げたのですか?」
不意打ちの問いに、アシュフォードは狼狽える。
「ん?んん?あーいや、それは」
「どうして」
「あーそれはだな……。お茶くらいならともかく、夫の手料理なんて、なんか、変だろう」
顔を真っ赤にしてぼそぼそと呟くアシュフォードに、雷が二つ落ちた。
「叔父上の料理にも、シルヴァール様にも失礼です!僕にも!」
「え、そんな……ええ……?」
「マリアンヌ、お菓子と一緒にポタージュを届けて。叔父上の事だから明日の分まで作ってる筈」
「ええ、承知しました。マリアンヌが責任を持って奥様にお届けいたしますからね!」
「ま、あれは、ジークの朝食分で」
「坊ちゃまの分は、明日の朝ちゃんと作ります」
「いや、でも」
アシュフォードは、2人の憤慨の意味が分からない。
おろおろと甥と育ての母を見比べて。
そうして、本邸にマリアンヌからポタージュを受け取ったシルヴァールにも同じように叱られて(笑顔なのが怖かった)。
「……なんで?」
アシュフォードは呆然と呟いた。




