悪役公爵が悪役になる前の事。
こちらも抜けていた部分となります!
分かりずらくて申し訳ありませんでしたm(_ _)m
アシュフォードの護衛と言うが、ヴィクトールはしばしば用事を言いつけられて主人の傍から離れる時間がある。
それだけ、アシュフォードには信頼できる味方が少ないということだろう。
「戻りました」
そのヴィクトールが執務室に戻ってくると入れ替わりに、アシュフォードは立ち上がった。
「報告は後で聞く。お前はシルヴァールに付いていろ。シルヴァール。俺が戻るまでここに居てくれ。少し時間がかかるかもしれんが、約束は守るよ」
朝晩の食事を共にという初夜の約束は視察や会合といったアシュフォードの仕事が立て込んだ時以外は律儀に守っている。
シルヴァールより食事量が少ないのが気になるところだが。
ここに居てくれというのは悪役公爵の執着心を印象づけるためだが、あのメイドと部屋で2人きりにしておきたくないという理由も少しあった。
原作で主人公はメイドに虐められるとはいえ、そこまで詳しい描写があった訳ではないから、こちらの匙加減でなんとかなるだろう。
悪辣公爵が執着して傍に置いている妻にそうそう何かする事はないだろうが。
「ヴィクトール、余計な事を言うなよ」
アシュフォードは義兄弟に釘を刺した。
「公爵閣下、もう本性をお晒しに?」
その意味を正しく理解したヴィクトールはかしこまった口調で、アシュフォードを揶揄う。
「我が花嫁は聡明で信用に足る人物だったと言う事だ」
負けずに言い返し、アシュフォードは執務室を出て行った。
「嫁殿。お手数だが俺にもお茶をいただけまいか」
従僕としての外面を取り払ってソファにどかりと腰掛けた。
弟の妻(彼はアシュフォードより数ヶ月生まれが早い)にお茶をねだるのは義兄弟としても如何なものかという気もするが。
「ええ」
立場上は公爵夫人の方が上だが、旦那様の義兄弟という事もあるのでこういう私的な場ではシルヴァールはそれなりの礼を尽くす。
『それなり』なのはヴィクトールがしばしばアシュフォードを揶揄うからだ。
ヴィクトールは『悪辣公爵アシュフォード』も『彼に買われた憐れな妻シルヴァール』も演技だと知っているので。
その上でシルヴァールを見定めているかのようだったが、執務室で顔を合わせるようになってそのうちに『嫁殿はアシュフォードの味方だろう』と結論を出し彼を認めていた。
シルヴァールの方も似たようなもので、味方の少ない……自ら味方を減らしているかのような『旦那様が信頼しているのならば』と、ヴィクトールの接近を許していた。
ヴィクトールは3人きりの時は仲睦まじい弟夫婦を眺めているような気分になるのだが、お茶を用意してくれたシルヴァールの表情がいつになく固いのに気が付いた。
「ヴィクトール。幾つかお聞きしても?」
「何なりと。奥様」
少し居住まいを正して、言葉を待つ。
「何故旦那様はあそこまで御自分の容姿を貶めるのですか」
埋み火の灰のような、明るい橙色を僅かに宿した灰白の髪を『煤けた』と言い、春の雪解け水の様な柔らかな薄い水色の瞳を『寒々しい』と言う。
切れ長な目も、小さめの鼻も、少し薄めの唇も、確かにこの国で持て囃されるタイプの容姿では無いかも知れないが、決して不細工などでは無いのだ。
ネルベルク公爵家の特徴である煌めく陽光のような華やかさではなく、凪の水面の様な、真夜中の月光のような、涼やかで凜とした顔立ちで、華美よりも質実を良しとする隣国に行ったら、きっとシルヴァールは旦那様の隣にぴたりと寄り添い全方向を威嚇して歩かねばならないだろう。
アシュフォードが聞いたら『誰の話を?』ときょとんとするに違いないが。
ヴィクトールは少し迷って先代公爵夫人、つまり自分の姉から聞いていた話をする事にした。
「これは俺の独り言なんだが」
口に出すのも腹立たしいアシュフォードの過去だが、この見た目に反してやたらと剛毅な嫁殿なら、きっと。
独り言という通りの問わず語りのその話に、シルヴァールの顔がどんどん険しくなっていった。
公爵家の色を持たない赤ん坊は、生まれた瞬間から母親に否定されたのだという。
王家より遣わされた魔法医師が出産に立ち会っていなかったら、アシュフォードは生まれたその日に天に還されていたかも知れない。
実の子を抱きもせず、あれは違うと半狂乱だったらしい。
その魔法医師が赤子の魔力鑑定を行い、間違いなく公爵家の血筋だとその場で証明した為に、父親である先々代公爵は王家にアシュフォードの出生を届け出た。
そして、届け出ただけだった。
それきり、アシュフォードの存在など忘れてしまったかのような父親と、ロクに顔も合わせない癖に見かければ『みすぼらしい煤けた子供だ』と幼子を罵る母親。
当時15歳だった兄クリスフォードは婚姻を結んだばかりの妻セシリア(高位貴族の嫡男としては平均的な婚姻年齢である)と共にアシュフォードの誕生を喜んだ。
見た目は確かに公爵家としては異端だったが、そんな事は関係なく弟として愛し、可愛がりたかったが両親はそれを許さなかった。
ネルベルク公爵家の者だと一目で分かる華やかな容姿に、最高レベルの魔力量、既に大人にひけを取らない剣の技量に、教師から何も教える必要はないと言わしめた魔法技術。
クリスフォードは近い未来に『王国の守護者』を担うに相応しい『完璧な公爵家の後継者』であったのだ。
母親はクリスフォードを病的な程に溺愛し、まるでアシュフォードが穢れか何かであるように接触を禁じる。
離れの屋敷に追いやられたアシュフォードの世話をするのは申し訳程度に付けられた1人の乳母のみ。
そして親に嫌われた子供は、乳母の加虐心を大いに煽ったのだろう。
躾と称した虐待は日常的に行われ、それを咎める者はいなかったが、ある日それを知ったクリスフォードが激怒した。
兄は理由を付けて乳母を追い出し、父母の目を掻い潜って妻セシリアの縁者の夫婦をアシュフォードの世話係として付けたのである。
公爵家から籍を抜き、この人の良い夫婦にそのまま引き取られた方がアシュフォードはもしかしたら幸せだったかもしれない。
しかし王家に連なるネルベルク公爵家の血筋がそれを許さなかった。クリスフォードが貴族学園に通っている間に、公爵はそれまで存在を忘れていたようなアシュフォードに家庭教師をつけたのだ。
公爵家の色を持たない『出来損ない』の子供は、3、4歳頃になると更におかしな言動をするようになっていて、教師達はまたしても体罰を用いた厳しさでアシュフォードに様々な教育を施した。
変わり者であったが、アシュフォードは物覚えが良く学ぶ事そのものを好んたので、乳母ほどの暴力は受けずに済んだようだ。
魔法の覚えも早かったが、魔力量は平均より少し多い程度で、ネルベルク公爵家の者としては話にならない位に低い。(この後もアシュフォードは長い事研究を重ねて魔力循環の効率化を進めていくのだが、研究成果を彼の両親が知っていたかは謎だ)
その後、公爵が急死し、兄のクリスフォードが家督を継ぐのだが、彼はすぐに実母を服喪と心痛の静養のためにと遠くの離宮での暮らしを勧めて屋敷から遠ざけ、次いでアシュフォードの家庭教師を全て追い出した。
そうして、ようやくアシュフォードは虐待から解放されたのである。
「なんてことを……」
シルヴァールの声が、僅かに震える。
それは旦那様に対する同情であり、それ以上の彼の生きてきた環境に対する怒りであった。
すっかり冷めてしまったお茶をすすり、ヴィクトールは大きな溜息をついた。
「俺の姉は長く子供が出来なくてな。先々代には随分と責められていたが義兄が随分と庇ってくれていたそうだ。だが、アシュフォードは、『実際、煤けてるから仕方ない』っと笑ったと」
気のせいで無く執務室内の室温が下がっていくのは、シルヴァールの魔力が感情の高ぶりによって漏れ出ているから。
シルヴァールは物語の主人公に相応しい途轍もない魔力量を有していた。
妖精の生まれ変わりのような顔立ちだけに目が行った実家の伯爵家では三男である彼の魔力検査は行われなかったのでそれはまだ誰にも知られていない。
「……先々代の……奥方様は……今は?」
目の前にいたら問答無用で縊り殺しそうな迫力があった。
「先代の事故から、離宮に閉じこもってこっちには戻ってきてない。アシュフォードが喪主を勤めているからと葬儀にも出なかった」
葬儀には数え切れない程の弔問客が訪れた。
見た事も無いような遠縁の親族も、王家からの参列者さえあった。
しかし、それはあくまでも『ネルベルク公爵家当主』に対してであり、彼等の家族として見送ったのはアシュフォードとヴィクトールだけだ。
アシュフォードが変わってしまったのは、その後である。
彼は優しすぎるから、きっと本性を隠して悪ぶらねば家を守れないと思ったのだろう。
「そのくせ、ジークフリード様を渡せとしょっちゅう書簡だの使いだのが来る」
シルヴァールは先代公爵の家族についてあえて聞いた事がなかった。アシュフォードが時折零す彼の家族のエピソードは余りにも優しくて、その度に見せる旦那様の表情が余りにも悲痛で、シルヴァールはそこに触れられなかった。
「そういえば、ジークフリード様は、どちらに」
「離れで静養している」
「では旦那様は」
「見舞いだ」
シルヴァールは無意識に離れの方角に目を向けた。




