「好き」と「愛してる」
髪の毛を乾かしてくれたあとは「れーくんのベッド温めてくる!」なんて、豊臣秀吉が言ってそうなことを言い残してドタドタと二階に上がって行った。
椅子をもとの位置に戻してネックレスを片手に二階に上がれば、僕の部屋の扉が無造作に開きっぱなしだ。
部屋に入って勉強机に目を移すと、昨晩に復習をしていた跡が残っている。毎晩するが今日くらいは、ギルがいる今日はやめよう。
「れーくん」
ギルはベッドに寝転んでいて、ぽんぽんとベッドを叩いて僕を招く。ギルに貸している服が大きいからかギルがよりいっそう小さく見える。こんな小動物に僕は飼われている。いや、飼ってもらっているのほうが正しいか。
ネックレスを勉強机に置いてベッドに座り込んだ。すかさずギルは僕を囲うようにして後ろから腕を回してくる。
「久しぶりにれーくんと寝るから楽しみ。俺いっぱいぎゅーってするもんね」
「この時期はまだ涼しいからいいが、夏は本当に勘弁してくれないか。暑いんだ」
「冷房つけたら済む話ですー。あはは。夏に冷房つけて寝るようにする俺の作戦だったりしてね。れーくん寝よ! 俺全然眠たくないけど。あはは」
もしかしてまた夜遅くにゲームをしているんじゃないだろうな。勉強に時間を使うならまだしも……。けど、そんなところがあってこそギルだ。
僕も眠気がなくて寝転びもしなかったからか、気づけば太腿にギルの頭があった。目が合えば楽しそうに笑う。
「膝枕だよ。……でもここ膝じゃないよね。膝ってもう少しこっち……」
ベッドに腰掛けている奴を膝枕にして、膝に向けて頭を移動させるともちろん頭が落ちる。それを想定して膝下に手を添えていれば案の定ギルの頭が落ちてきた。一瞬の驚きさえ見せていたがすぐ嬉しそうに笑った。知ってるか、人の頭って意外と重たいんだ。
再び太腿に乗せれば僕のほうへ顔を向けて腹に近づけてきて、次第には腹に顔が埋まる。
「れーくんって、恋人作る?」
ギルの声が籠もって聞こえる。恋人か。
「予定はない」
「……うん。知ってる」
「…………」
「だって、れーくんは……」
言葉の続きがないまま腹に埋めた顔がこちらに向けられる。再び楽しそうな笑顔を見せたあと体を起き上がらせて、今度は僕の太腿に尻を乗せる。
「れーくんは俺のなんだもん!」
横に体重を掛けられ、一緒に倒れ込む。そのときギルの頭が枕の上に乗るように体を少し引き寄せた。
「ギル、場所を代わろうか」
「なんで?」
答えを出す前にギルを僕の体に乗せて半回転し、場所を入れ代わった。ギルと壁との距離が近すぎるので僕がギルと距離を取れば、当たり前のようにギルは僕に近づく。
もう一度同じ質問をされたあと、答えた。
「ギルは寝相悪いからな」
「悪くないもん! 俺自分のベッドで落ちたことないし、れーくんと一緒に寝た時も……。あれ、俺ずっと壁側だ。……知っててやってたの?」
「さあな」
良い子はもう寝る時間だ。ギルに背を向けて、電気のリモコンに手を伸ばして部屋を真っ暗にする。
「わっ……。急に消さないでよ。あと……ちょっとだけ明るくして」
僕が調節する前にリモコンを奪って好みの明るさにする。僕は真っ暗で寝たい人間だから、いつもギルが寝ついた時に暗くしている。
「ていうかなんでそっち向くの? こっち向いてよ」
「…………」
軽く肩を揺らされる。それでも動くのが面倒で向きはしなかった。
「もー。いっつもそうじゃん……。今日はぎゅってしたい日だったのに」
一緒に寝ればいつもしてくるだろ。寝ずとも事あるごとに抱きついてくる。それとなにが違う。
寝転ぶ向きを変えた音がした。これは完全に拗ねている。明日、コンビニでギルが好きなおやつでも買いに行こう、なんて提案すれば機嫌を直すか?
「あ、れーくんも枕使って」
頭を持ち上げられて枕の上に乗せられる。それでも自分で端まで移動させた。ギルのことだから枕のど真ん中に乗せたことだろう。
目をつぶっても眠気はやはりなく、寝れそうにない。ギルはもう寝たのか静かだ。そっと僕の背に自分の背中を付けさえもする。……起きているな。けど、背中に触れられるのは温かくて心地いいんだ。
「ねえれーくん、俺のこと……好き?」
「嫌いになれる理由がわからない」
「あはは。そう言ってくれて嬉しい。俺もれーくんのこと好きだよ。だーい好き。れーくんのかっこいいところも優しいところもたまにかわいいところも、俺のこと思って行動してくれるところも、全然見せてくれないけどれーくんの弱いところも。ぜーんぶ大好き。よく病気しちゃうけど、その分お世話できるからそんなところも大好きだよ。あはは」
世話ができるからって……。僕をおもちゃの人形だと思ってはいないか? 最後の言葉は自分で取り消した。
「……突然だが、好きと愛してるの違いを知ってるか」
「ほんとに急じゃん」
僕もこの前たまたま知った。それまでは同じ意味、もしくは「愛している」のほうが重いなんて思っていた。が、そんな単純なんかじゃなかった。
「好きは……大切にしたい、で愛してるは愛情……みたいな?」
「……『好き』は相手が自分の好みという感情で、ただ表面上しか見ていない。『愛している』は表面上だけでなく、裏面上のことも知って受け入れ、自分を犠牲にしてまで大切にしたいと思う気持ち。……言いたいことわかるか」
「え、全然わかんない。好きと愛してるの違いはわかったけど」
「……それならべつに構わない。無理に考える必要もない」
「ヘンなのー」
足元にあった薄手の毛布を足で引き寄せて、ギルに掛からないように腹まで掛ける。
本人がわからないのならいいんだ。本気の言葉ではなかったからわからないんだ。しかもこれは無理に言わせて片が付く言葉でもない。
ギルの言葉を最後に、なにか言葉を交わされることはなかった。ずいぶん時間が経って、今は何時か、何分かわからない。薄らと照明がついて寝れそうにもない。
視界には見えないがギルもずっと静かで、ギルの腕はずっと脇下と腕の間に挟まれている。唯一見えるギルの手が動いたということもなく、もう寝たんじゃないかと思うほどだ。
寝ているのなら照明を消してもいいだろうと思ってリモコンに手を伸ばすが、横腹にある腕がピクリと動いて、僕のリモコンを掴もうとする手も止まる。
まだ起きているかもしれないから、一時間経ったあと自動的に消える設定にして腕を戻した。そのときになんとなくギルの手を握る。
いつもは暗闇でしか寝れない。けど今日は寝れそうだった。まぶたがそっと閉じて、体の力も抜ける。
そんななか、小さな、小さなギルの声が聞こえた。
「れーくん……寝ちゃった……?」
眠たくて、目も開かず声も出なかった。ギルは起きていたらしい。
「あのね、わかったの」
そのあと、ギルから今日最後の言葉を聞いた。
それは、こんな僕がここに、息をしていていいと言ってくれるような気がした。
それは、今まで生きてきて、初めて聞いた言葉だった。
「愛してる」
僕は誰からも愛されないことを、それを望んだわけではない。
「早咲きの蓮華は地面咲いた」の二作目、「それを望んだわけではない」を投稿しました。
先輩、という新しいキャラが出て、蓮自身の感情の豊かさだとかが伝わっていたら嬉しいです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。




