チョコレート
靴音が一つだけになって不思議に寂しさを覚えながら、僕の教室に向かっていた。きっとギルが待っている。
下校時間が過ぎた校内はすれ違う人がいない。強いて言うなら遅くまで仕事をしている先生から早く帰れと、すれ違い際に言われるだけ。
今日はスーパーに寄ってなにか買って帰ろう。夕食を作れる気がしない。それに明日は休みだ。
「…………」
……チョコも一緒に買っていこう。今はチョコが食べたい気分だ。
階段を下りて、角を曲がった先、B組の前に一人の人間が壁にもたれてスマホの画面に顔を照らされていた。教室の前で壁にもたれて立っていた。下校時間だからと追い出されたのか。手には二つの鞄を持っている。
「……ギル」
「あ、れーくんおかえり」
屋上で先輩を見て飛び出して、ずっとギルを待たせていた。それに……。
――言わないでくれその言葉。……聞きたくない――
僕が勝手に嫌った言葉を、ギルに押し付けた。
「……悪かった」
「え? なんで? 待ったことなら全然だいじょ」
「ギルに……押し付けた。『家族』なんて言葉が、嫌いだって。だから……ごめんなさい」
ギルはどこかぽかんとしてる。長く待たせすぎて忘れた、だろうか。
「……あ、あのことね。ううん、謝らなくていいよ。れーくんには『家族』がいないのに、俺がいっぱい言っちゃったのが悪かったの。あ、でも、ごはんは食べてね? 食べないとほんとに、死んじゃうから」
たぶん、先輩と縁を切った今、しばらくしたら食べられるようになる。今日のこともすぐに忘れる。
「きちんと食べる」
「それを聞けて俺安心!」
キーホルダーの付かない僕の鞄を差し出してくる。
今日からはいつもどおりの日だ。
「じゃあかえ……あれ?」
声が止まったかと思うと、僕の胸元ばかり見る。釣られて僕も見れば、円形の指輪のような金属の付いたネックレスがある。
もちろんこんなものを付けて学校に行ったわけじゃない。先輩からの貰い物だ。ネックレスなんて似合わないのに。
「れーくんってネックレス着けてたっけ?」
「いや、先輩からのものだ」
「あぁ、あの先輩さんから……。似合ってるよ。もしかして愛の告白とか?」
「違う。ただの貰い物だ。それに先輩は……男だ」
「あれ? そうだっけ」
「正確に言えば、これから男になる、かもしれないが」
「……そっか。すっごく素敵だよ!」
「……そうだな」
校門をくぐれば、街灯だけで照らす通学路を歩いていく。
まだ体が熱い気がする。……あの体温が残っている、気がする。
――愛の告白とか?――
「…………」
一台の自転車が前から走ってくる。後ろを向いていて、少しずつ近づいてくる。前を見ずにふらふら、危ない。
そっとギルの手を引いて場所を変わった。
ギルに場所を変わった理由を問われているうちにその自転車がやっと前を向いて、姿勢を整えたあと漕いでいった。
そしてすぐに後ろから同じ年くらいの青年が走ってきた。息を切らせて「まてって……」と情けない声を出していた。どうやらあの自転車を追っているらしい。
「れーくん。なんで場所変わったの」
まだ聞いてくる。
「……よそ見をした自転車が来ていたから」
「……あ、ありがと。でもそれくらいいいよ。いざとなったら俺だって避けれるしそもそもれーくんこそ避けれないし俺だってれーくんのこと守りたいから次絶対そんなことしないでよね」
それを一息で言ったその肺活量は認める。
車のヘッドライトが目に刺激してきて、思わず目を細める。次に目を開けたとき気づく。眠たい。
今日はいろいろ……いやあれだけだったが、すごく疲れた。
けど歩きながら寝るなんてことできないから、重たいまぶたを頑張って開けて視界を確保している。
信号を待っていたとき、足元に影ができていた。なんの光だと後ろを向いたらスーパーがある。スーパーか。なんだと思って前を向いた。
そして青信号になって一歩足を出したとき、
「あ」
スーパーに寄るんだった。
止まってギルの肩を掴む。
「ギル」
「なぁに?」
「スーパー寄る」
快く承諾してくれて、目をこすって踵を返した。
出入り口の横にある買い物カゴを持って、食品エリアに向かう。向かっている途中にギルにカゴを取られた。
「なに買うの?」
「夕食、と」
「と?」
「チョコレート」
「チョコレート? いいな、俺も食べたい!」
よく見かける有名な会社の板チョコを手に取る。ギルも食べたいらしいからもう一つ取る。
夕食はなににしよう。
惣菜が並んでるところをぼーっと見て、半額シールが貼られている二つ入りのコロッケをカゴに入れた。これだけでいいか。
「夜遅くに一人で歩くのは危険だから酷く勧めないが、この時間なら惣菜が値引きしているから、無駄遣いして財産がないギルでも買えるくらいの値段にはなっている。他に欲しいものあるか。買ってやる」
「え、いいの! じゃあ……今日の夜ごはんにカップ麺食べよ! 俺カップ麺食べたい気分」
カップ麺か。カップ麺なら後ろの……。
「夕食、家に帰ってもないのか」
「……え? れーくんがなにか作ってくれるならあるし、買って帰ってもあるよ」
僕が作る? ギルの家に行ってか? ギルの親は今日いないのか? ギルはいったいなんの話をしているんだ。
「あ、そっか。言ってなかったっけ。今日れーくんの家泊まっちゃおーって思ってて」
……左様。
「言ってなかった?」
「当然かのように」
「あはは。ごめんね、忘れちゃってた」
今日ギルが泊まるなら話が変わって、今晩と明日の分を買う必要がある。
今晩はカップ麺がいいらしいから、カップ麺が並ぶエリアに行って好きなものを選ばせた。僕のも選ぶ。
「……これは」
僕のきつねうどんと夜の豚骨ラーメンの他に、追加で焼きそばも入れられた。
「それはれーくんの保存食」
家に食べ物がなければ食べないから要らないんだがな。
明日の昼はなにがいいと聞けば「れーくんが作るのはなんでもおいしいからなんでもいいよ」と。その回答はとても困ることは知っているか。
「冷麺でいいか」
「うん! 冷麺好き!」
スマホで材料を調べて、追加でカゴに入れた。
朝はどうしようか。休日は朝早くから起きたくないから食パンでも買って、好きなタイミングで食べてもらいたい。そう思ってパンのエリアに向かえば、ギルが服をちょいと引いてくる。
「ねえねえ、あそこのパンは? パン屋さんかな」
指差すのはスーパー内に設置されてる、パン屋。会計はそこで済ませるタイプの。
「あっちがいいか」
聞けば大きく元気に頷いた。パン屋の総菜パンを食べるのは久しぶりだ。
パン屋の会計と、スーパーの会計を終わらせたあと、スーパーをあとにする。パン屋の袋を奪うように取られて、目の前にある信号を待つ。




