表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早咲きの蓮華は地面に咲いた  作者: 雨夜玲
それを望んだわけではない
38/66

知らない感情

「さ、もう陽が沈みそうだ。もう用はねぇ。下りるぞ」

 先輩がそう言ったあと、風が吹いてきて髪や服を揺らす。男の服を揺らされても支障はないが、女の服を揺らされるともちろんスカートが揺れる。そして、スカートが短ければ見えなかったものも見えてしまう。

 大きな風が吹いたとき先輩がはいていたスカートが揺られ、座っていたものだから先輩の黒い下着が見えてしまう。太腿にある黒い点も見える。

「涼しぃ」

 先輩は気づいていないのか、のんきにそう呟く。

「……隠そうとしないのですか……?」

「なにをぉ?」

「……下着を」

「べつにいいだろ。君どうせ保健室にいた時俺のパンツ見たんだろ」

「みっ、見てないですよ」

 あの時はホクロを見てしまっただけで、決して見たりなんか……。

「でも、今も目ぇ逸らさず見てるじゃねぇか。同じだろ」

 言われてパッと逸らす。べつに、見てなんか……。さっと立ち上がって、尻をはたいた。それに黒の下着だから、スカートの影で見えにくかったから……。

「…………」

 ぶわっと体が熱くなった。も、もう、忘れよう。

 けど濡れたシャツを着ているから、風で冷やされてブルッと体を震わせた。そういえばずっと着たままだった。

 くしゃみをしそうになって堪える、が、すぐに出た。

 くしゃみで視線が下がって見えるスカート。やっぱり今にでも見えそうな長さ。

「……あれだろ、君のことだから女もんの下着が気になったんだろ」

「…………」

 僕のことだから……? 女性の下着が気になった……? 違う。きっと違う。僕は、僕は……。

 先輩は僕のことをどう思って……。

 わからない。なんでもやもやするのか。ただよくわからない感情に乗っ取られている、そのことだけは理解できた。

「てか、後ろあぶねぇからもっとこっちに」

 腕を(つか)んで引っ張られる。けど僕はそれを払って、先輩から一歩身を引いた。

「……帰ろうぜ?」

 出入り口を親指で指して言う。

 僕がこんな態度をとっても、先輩はなにも言わず太陽に向いた。腕で顔に影をつくって歩き出す。

 もう、終わりみたいだ。

 陽は来たときよりも下がっていて、周りが少し暗い気がする。ずいぶんとギルを待たせたかもしれない。……それに謝らないといけない。

 先輩を真似て、腕を隠しながら扉があったほうへ向かう。が、腕で前を隠していたから先輩にぶつかった。先輩はなぜか立ち止まっていた。

「すいません」

「あぁ。……なぁ、一つやりたいことあったんだぁ。してもいいかぁ?」

 やりたいこと……? 僕に?

「そこ立て」

 返事をせずとも、先輩は白い壁を指差す。もう一度先輩の顔を見ても、なにを考えているのかはわからない。これ以上待っても帰る意思出さないのがわかったから、僕は白の壁の(そば)に立って、先輩に向いた。

 先輩の顔は真剣さが見える。なにをするんだ。

 先輩は一歩一歩近づいてきて、僕の心臓がうるさくなる距離になったら止まった。

 そして、

「っ……」

 ドンッと、顔のすぐ横に手を付いた思わずビクッとした。これが先輩のやりたかったこと……? だとしてもこれはなんだ……?

「……なんですかこれ」

「…………」

「……あの」

「……あぁ、もうせっかくゾーン入ってたのにぃ、君が喋るから集中切れたぁ。壁ドンだぁって。知らねぇ? 一回やってみたかったんだぁ」

 ……は。

「ほらぁ、これからかっこよくなったとき、女にドキッてさせるには壁ドンが一番だろぉ? だから君で試したってわけ。ちーと背が高くて気に食わねぇけど、どんな感じなのかやってみたくてよぉ。恋人できたときの練習。

 早いうちにやりたかったことできたぁ。ありがとなぁ」

「…………」

 恋人の練習台……? うるさかった心臓は落ち着きを見せていく。いや、聞こえなくなっていく。

 そのためだけに、僕を使った……?

「どうしたよぉ、そんな顔して。あ、もしかしてほんとにドキドキしたぁ?」

 人差し指で頬を突いてくる。

 僕はその手首を(つか)んで止めようとしただけだった。けど気づいたら、

「って……」

 先輩の頭を壁に打ち付けていた。手には先輩の手首を(つか)んで、もう片方の手は、先輩の肩を壁に押さえつけている。

「なにすん……だよ」

「…………」

 弱くなった先輩の声。それに少し安心した感覚がした。

 なんでこんなことしたのかはわからない。奥歯を強く噛んで、手にも力が入っていて、目の前にいる人間になにかをしたかった。けどそのなにかには見当も付かなかった。

「……僕をなんだと思ってるんですか」

「……なにって」

 言葉の続きはなかった。

 なんとなく、先輩のすっと細い首を噛みたくなった。細くて、白くて、痛々しい跡をつけたらきっと赤色が目立つ。

 けど、そんなことを考える僕が意味がわからなくなって、そっと先輩の手首を離して一歩下がった。俯いた視線の先は先輩の小さな靴が見える。

「……ごめんなさい」

 期待を裏切られた感覚がした。

 怒りを覚えた気がした。

 そんなことを言っても、先輩は理解できない。僕でさえ理解できていないんだ。

 このまま一緒にいたら、当たってしまう。それだけがわかっていた。だからなにも言わずに扉に入ろうとした。

 けど先輩がそんなこと許すわけなく、扉に向いたとき、急に足の力が抜けた。いや、足を掛けられた。

 そしてバンッと、大きな鉄製の扉に穴が空くような音がした。

 尻が付いていると気づいたら後ろを向く。顔の横に先輩の右足が伸びていて、見透かすような瞳が僕を見ていた。

「なに思ったのか知らねぇけど、君は俺の『特別』だ」

「…………」

 先輩の、特別……。

「だからそんな顔すんなって。また家に行ってやるから」

 そして優しく微笑む。

 ずっと先輩が家にいる時、早く帰ってくれることを願っていた。なのに今はそんなこと思ってなくて、もっと先輩と話しをしたい。そんな感情さえも生まれている。

 僕は……。

 足を下ろした先輩は下を向く僕に言った。

「気済んだかぁ。済んだんなら下りようぜ」

「……そうですね。すいません、どうかしてました。……下りましょうか」

 差し伸ばされた手を取って、立ち上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ