邪魔だとしても
放課後の屋上。変わらず夕焼けは、僕らを照らして、まばゆい光を出していた。
「どう、して……あんなことしようと……したんですか」
目の前にいるずぶ濡れになった先輩に向けて言う。
僕を睨むような目で、先輩は見ていた。その綺麗な瞳で僕を見ていた。
先輩と屋上で話をした日から、「今日で縁を切る」と言われてから数日。本当に先輩を見なくなった。
僕が嫌な想像をしてしまったから、本当にもう「いなくなった」のかと思って、ここ数日、食事が喉を通らない。今日の昼食もりんごジュースしか飲まなかった。
そんな僕をギルがほうっておくわけがない。ここ数日何度も、「ごはん食べた?」「購買にメロンパンあったよ」「なにか食べよ?」と言われた。そのどれも丁寧に断って、それでも少しでも心配させないように、小さいおにぎりを持ってくるようにした。人差し指と親指で丸を作ったくらいの大きさのおにぎりを。
放課後になって、またそのことを持ち出してきた。僕がもしかしたらまたいるかもしれない。そう思って、いや願って屋上が見える教室の窓から顔を覗かせていたら。
「なんで、食べなくなったの? やっぱりどこか悪いんじゃ」
「そういうのではない、本当に」
「じゃあなんで」
「……ダイエットといえば気が済むか」
何度かまばたきをしたギルはぽかんとして、
「え?」
拍子の抜けた声で言った。
「だっ、駄目だよ! 駄目に決まってるじゃん! そんな細いお腹してダイエットとか、駄目、倒れちゃうっ! 今から食べよ、ね。俺がいくらでも奢るから、ダイエットなんかしないで!」
……逆効果だった。
強く強く腕を引かれるから、
「わ、悪い嘘だ。ダイエットなんてしていない。だから腕を引くな」
言えばすんと引かれなくなって、首を傾げる。
「……でも、食べれないのは本当なんでしょ……?」
ダイエットではないと言ったから、それが事実になってしまう、か。どうごまかせば……。
「なんで食べれないの……? 俺ほんとに心配なの。……そんなので倒れたりしたら俺嫌なの……教えて」
知人が死んでしまったかもしれない。そんなことを言っても、余計ギルを心配させるだけだ。
だから、
「言えない。……言えないが、朝晩はゼリーを食べている。昼を抜いているだけだ」
「でもゼリーって、あんまりお腹に入らないでしょ? ……なんで急に食べれなくなったの?」
ゼリーを食べていると言えば少しは納得してくれると思ったんだが。
「……俺が、れーくんの家族なら、すぐに言ってくれたのかな……」
眉を下げて、俯きながら言う。急になんの話だ。
「俺がもっとれーくんの近くにいれば、れーくんのこと全部わかれたのかな。やっぱり家族に……なりたい」
ノイズが入る。いつまでの聞こえない。「家族」なんて言葉。「家族」なんていらない。自由を奪われるだけ。そんなの……いらない。
テストの点が評価されなくても、なにかを買ってもらわなくても、食卓を囲んで食事ができなくても、そんなことしてもらわなくても、一人で生きていける。
べつに羨ましいとは思っていない。けど……この胸に留まる重たいものが証明している。本当はそれを欲して、憧れを抱いて、羨ましがって、嫉妬してる、と。
僕だって、家族がいないことを望んだわけではない。
「ねえ……やっぱり家族に」
「ギル。……悪いが、言わないでくれその言葉。……聞きたくない」
「あ……うん。ごめんね」
謝らせてしまった。僕が悪いのに。
先輩はきっと今日もいない。こんな気分にさせてしまったギルにも悪い。今日はもう、帰ろう。
小さなペットボトルを鞄には入れようとした。窓から見える屋上に誰かいればいい。そんな思いで見上げる。と、
「っ……!」
そこには人影があった。ペットボトルが手から滑り落ちて床に転がる。
「……どうしたのれーくん?」
ギルからペットボトルを貰ったあと、もう一度見てもやっぱりそこに人がいた。
遠くて誰かはわからない。影になっていてわからない。
けどもし先輩だったら、もし生きていたのなら、もし今から身を投げようとしていたら――
気づいたら体は走っていた。
駆け上がった階段の先にある扉を開いて、屋上の縁に立つ人間に、ペットボトルを投げた。蓋が閉まりきっていなかったのか、投げた拍子にその人間に頭から水が被った。
空になったペットボトルは、コロコロ転がって、音もなく屋上から落ちた。
「どう、して……あんなことしようと……したんですか」
「あんなこと」なんて、ただの憶測にすぎない。けど目の前でずぶ濡れになった先輩に向けて言った。
僕を睨むような目で、先輩は見ていた。その綺麗な瞳で僕を見ていた。
階段を駆け上がったから息が切れていた。けどそれを整えるくらいの間があった。
整えられたあと、屋内に連れて行こうと手首を掴んだが、すぐに払われた。
「……なんで邪魔する」
「…………」
僕は先輩の、死のうとすることを邪魔した。きっとそうだ。けど先輩は、僕が死ぬことを邪魔したんだ。
「勝手に生かしておいて、なに言ってるんですか」
「……生かす……?」
体育祭の日。僕が早退したあの時。きっとあのままでいたら死んでいた。そんな感じがする。けど僕は先輩に声をかけられて、生かされた。
「僕だって……生きたくないって、何度でも思いました。でも、何度だって失敗して、邪魔されて、今も生きてます。……先輩だけ先に逝くのは……ズルいです」
「……はぁ?」
「これが僕のエゴなことくらいわかっている。だから、エゴなりに僕は先輩の支えになります。だから……死なないで、ください」
先輩のシャツは雨に降られたみたいに、肌色を透かしている。
それを見て僕は胸元のボタンを一つ一つ開けた。
「……なにしてんだぁ」
開けたら脱いで、差し出す。
「……風邪ひかせてしまうので、着てください」
「あぁ?」
「いいからっ……着てください」
思ってもない出た強い口調で、先輩はボタンを外し始めた。きっと普通なら見るべきじゃない。「女性」なら背を向けるべき。けど少し視線を逸らすだけにした。
シャツを交換したあと、ダボつく僕のシャツを着た先輩が口を開いた。
「聞いてぇこと山ほどあるけど、まず、なんで俺に水ぶっかけた」
なんでか……?
「……止めたかったからです」
「なにを」
「……自死を」
「…………はあぁ?」
「…………」
……え?




