嘘の味
ギルは昼休みに帰ってきた。購買で買った焼きそばパンを開けたとき、ギルがおいしそうと後ろから声をかけられてギルの存在に気づいた。
一時間程度で昔の傷が癒えるわけがないとわかっていたから、休憩時間に様子を見に行くことはしなかった。ギルの場合、泣き寝入りは当たり前だからぐっすりだったんだろう。
「……ギル。もう大丈夫なのか」
「うん、ありがと。それよりお腹空いちゃった」
「一緒に食べようか」
ギルは弁当箱を持ってきて前の席の椅子を借り、今度は慎重に椅子を引いて座る。
そして一緒に手を合わせる。
「いただきまーす」
いただきます。
開いている焼きそばパンの袋を持ち直して一口頬張る。いつもは弁当だが、病み上がりに作る気力なんてなかったから作ってこなかった。だから弁当を開けた瞬間にギルにつまみ食いされることもない。
購買はいつでも開いているが、並ぶときは並ぶから先に買っておいた。並ぶのが面倒で昼を食べないのは愚にもつかない。
焼きそばパンの他にメロンパンとパック状のリンゴジュースを買った。メロンパンはいつもないのに、今日は珍しくあったからつい買ってしまった。
焼きそばパンの焼きそばを落とさないように食べていく。久しぶりの焼きそばパンはおいしい。
「朝からずっと寝ちゃってたな……。あとでノート写させて」
「……それか今日、僕の家に来ないか。僕が休んでた時のも写したい」
「うん、俺もれーくんの家行きたいから行く!」
翌日が休日じゃない日にはギルが泊まりたいと言わないでくれるから、安心して家に招ける。ギルのほうで予定がなければ、いつでも泊まりたいと言うからやすやすと招けない。
……そう言えば先輩から放下後、屋上に来てほしいと言っていたな。忘れないうちに言っておこう。
「帰る時、図書室で待っててくれないか。少し約束していることがある」
「うん。全然いいよ。はい、れーくんあーん」
弁当を皿にしながら箸で掴む唐揚げを口元まで運ばれる。
「…………」
「俺が作ったんだ」
ギルが作ったのなら……。そう思って口を開けたら中に突っ込んでくる。甘だれの唐揚げか、初めて食べる。おいしい。
よく噛んで感想を言おうと口を開けるが、先に「嘘だよ」という声が聞こえた。
「…………」
「あはは、俺が作ったって言ったら食べてくれるかなって思って。あははは。どう? おいしいでしょ? お母さんが奮発して作ってくれたんだー」
「もうギルのことは信用しない」
「あははは。もーそんな怖い顔しないのー」
箸を握らない手で軽く頬をつままれる。
「おいしかったとは伝えてくれ」
「あはは。はーい」
簡単に騙されてしまった。今度からは騙されない。きちんと断ろう。
掴まれていた頬を離してくれたとき、右人差し指に巻かれる包帯を見つけた。氷は置いて来ているらしい。
「指、まだ痛むのか」
「え? ……あぁ。まだちょっとね。でも全然痛くないから大丈夫だよ」
今度は箸を持っていた人差し指を伸ばして口角を上げられる。そんなに僕の顔で遊んで楽しいか。
もしギルが右利きだったり怪我をしたのが逆の手だったら、箸を使えずに弁当を食べられなかったのか。そうだったなら、利き手じゃないほうで食べるか、僕が食べさせるか、そんなことになっていたのだろう。……食べさせることになっていたら、ギルはたいそう喜んだだろうが。
そんなことを考えているうちに焼きそばパンを食べ終わった。リンゴジュースを開けて数口飲む。リンゴジュースはいつ飲んでもおいしい。リンゴは僕の口にとてもよく合うらしい。
今度はメロンパンを半分にちぎって食べ始めた。
この感じ、ギルは五限の体育の水泳授業は参加できなさそうだな。いや、頑張ればできそうだが、悪化はしてほしくない。
……プールや水泳なんて言葉を脳に浮かべるだけで、息苦しくなる。
水泳は初めの数回は授業に出た。が、あまりにも泳げなくて挫けてしまって、見学を続けるようになった。けど、見学をしているからといっていつまでも他人が泳いでいる様子なんて見られなく、ただ日陰でなんとか暑さをしのいでいるベンチに座って、上で流れる雲をずっと眺める。あの時間はそれくらいしかできない。
「次の体育無理かなー」
「水圧に逆らうのは危険だ。やめておけ」
「やっぱり見学かー。あ、でもそれなられーくんと喋れるからいっか」
ポジティブだな。
「と言っても、見学するはすごく暑い。目の前に冷たい水が大量にあるのに、浴びることができないだなんてな」
浴びたくもないが。
「そうなんだよねー。プールがあるから夏の体育でも生きていけるのに、なかったら干からびちゃうよー」
半分メロンパンを食べ終えたらリンゴジュースを飲んでいく。ずずずと空気を吸う音が混じったら容器を傾けて最後まで飲む。
もう吸えなくなったら、置いてあった半分残っているメロンパンに目を向ける。まだ弁当を突ついているギルをちらりと見て、袋に手を置いた。
「これ、要るか」
「……れーくんは食べないの?」
「もういっぱいだ」
「もー。えへへ。じゃあ貰うね」
さすが僕と長い付き合いの人間だ。ギルにあげようとして残していたことはもうバレているんだろう。
弁当の蓋を閉じてからおいしそうにメロンパンを食べるギルの姿を見ていれば、すぐメロンパンはギルの胃の中に。
「おいしかったー。ごちそうさま。メロンパンありがとね」
「たまたまだ」
ギルが弁当箱を鞄に入れに行くらしく、僕は出たゴミを捨てに行った。昼になるとゴミ箱はこういった飲食物のゴミで埋まる。パックのジュースはそのまま捨てられることが多いが、かさばるから僕は畳んで捨てている。
教室内では、まだ弁当を食べている奴の他に、机に向かって塾の宿題やらをやっている奴や、友人らしき人間と駄弁っている奴もいる。ギルが戻ってきてから僕らも駄弁る。
「着替えるのって十五分からだよね」
「確か」
「もうすぐだ。プールって見学するとき体操服だよね」
「ああ」
「学校に先週置き忘れてたんだよね。助かったよ。ちょっと臭うかもしれないけど……あははは。でも大丈夫、他の人が臭く思わないように端っこにいて、れーくんの近くにしかいないから」
僕は嗅覚が鈍感な人間とでも思われているらしい。
貸せるなら貸したいが、あいにく学校指定の体操服はそれぞれ一枚しかない。……そうか。普通ジャージの中に体操着を着るから、僕が長袖ジャージを着てギルが僕の体操着を着たらいいじゃないか。誰も臭い思いをしなくていい。
そう提案したが即答で断られた。理由は「れーくんは半袖着るの。着るなら俺がジャージ着るよ」とのこと。でも、僕は夏場でも長袖ジャージを着ているから問題ないと言えば「問題ありありだよ。今日はちゃんと長袖着させないからね」と、余計なことを言ってしまった。
「あ、れーくんって日焼け止めって持ってる?」
さっきのことをどうにかごまかせないかと考えていると、そう声を掛けられる。夏は日焼けをしてしまうから常備している。机の横に掛けてある鞄を探って、日焼け止めを取り出した。
「使うなら使え」
「ありがと。日焼けしたくない系男子のれーくんなら持ってると思ってたよ」
なんだそれ。
ギルが嬉しそうに微笑むと同時にチャイムが鳴った。体操服を持って更衣室に向かうとする。




