食べ物は大切
包帯を胸に巻いたら、ぱっと男らしくなる。
「ありがとなぁ。これ一人で巻くの案外大変なんだわぁ」
「…………」
先輩に包帯を巻くのを、服をめくりながら頼まれたとき、なんとなく正面からは見れなかった。見たくなかった。だから後ろに回って、背中から巻くのを手伝った。
先輩の背中は小さくて、腕を回したら簡単に覆えそうだった。
先輩は、服を整えたら僕に向き直る。さっきよりは暗くない。けどまだどこか不安そうな顔。
「……俺、きもいだろぉ?」
「そんなことないです」
「ほんとのこと言やぁいいんだぞぉ?」
「気持ち悪くなんかないです。……先輩は先輩です」
「……そっかぁ」
ぱちんと自分の両頬を叩いた。そしていつもの先輩になった。
「君にすら否定されたら、どうしようかと思ったなぁ。ありがとぉ。帰ろうぜ」
男だったなら、男子トイレに入ればよかった。でも、そうしないのは、先輩が気を遣ったから。遣わないといけないから。
べつに先輩は、それを望んだわけではないだろうに。
途中で薬局に寄って、先輩と二人で帰った。その間にも僕の体力は蝕まれて、家に着く頃には思ったよりもぐったり体が重くなっていた。
けど、先輩に帰る途中、早く治るからと、家に帰ったら飯食って薬飲んで寝ろと言われた。確かに昼食にはいい時間かもしれないが、食欲がいつも以上にない。
少しだけでいい。薬を吸収できるほど胃を動かせたら、それでいいんだ。なにか……。
冷蔵庫を空けて、収納扉を開けて、思いだす。そういえば今日の昼食用にと、コンビニで買ったおにぎりがあった。それを食べよう。
気だるげに食卓椅子に座って、重たい腕をなんとか動かしておにぎりを食べ始めた。……いや、無理やり詰め込んだ。
買ったのは梅おにぎりと海老マヨおにぎり。……二つも食べられるだろうか。
初めに手を付けた梅おにぎりを食べ終えて、海老マヨおにぎりに手を付けた。
どんなおにぎりでも一口目で具にたどり着くことはなかなかない。これもそうだった。もう一口して、やっと具の味が、海老マヨの味がする。
「…………」
けど、急に気持ち悪くなってきた。唾が口内でおにぎりと混ざって、ぐちゃぐちゃになる。飲み込もうとしたものを、口内に留めてしまうくらいに胃がぐるぐるしてくる。あまりの気持ち悪さに、吐くことを想像して、吐きそうにもなる。
袋に、出すか? ……いや、もったいない。できるだけ食べ物を無駄にはしたくない。……ない苦しみを知っているから。
いつもなら難なくできることなのに、妙に鼓動を鳴らして、タイミングを図って、喉に押し込んだ。
……なんとかなった。けど手に持つおにぎりはまだ半分以上も残っている。
「…………」
どうしたものか。
ふと思いだす。……そういえば、先輩は。ズキズキと針を指したような痛みを頭に走らせながらも、リビングを見渡した。先輩はソファーに寝転がっていた。僕がおにぎりを食べていることに気付いてな――
「君、それ俺にはねぇのかぁ?」
そしてぐぅーとリビングに響く腹の音。
気づいてたか。
「……すいません、今朝帰ったものなので。……食べますか」
「……えっ、いいのかぁ!」
いや駄目だ。僕はインフルの疑いがあるんだ。
「やっぱり駄目です。食べかけはあげれないです。移してしまいます」
「ちぇー」
そんな反応されても。
それでもソファーから立ち上がった先輩は、のこのこと僕に近づいて、隣でキラキラとした眼差しを向けられる。そんな目をしてもあげないです。移してしまいます。
「……家には帰らないんですか」
言葉を遮るように、机に拳が落ちてドンッと鳴った。……いや、ただ僕の手が当たっただけ。
言葉を遮って、先輩は僕の胸元を引き上げた。そして、右手に作った拳を僕めがけて、
「っ……」
頭の前に腕を出した。腹を守るように腰を引いた。けどどこも痛まなかった。
「帰れねぇんだよっ」
「す……すいま、せ……」
声も体も震えて、うまく動かない。
やっとの思いで閉じていたまぶたを開けると、やっぱり胸元を掴まれていた。
それに気づいても、胸の音は止まらずに、腹を不快にさせて、思わず口を手で覆い隠す。ゴミ箱……。
先輩の手が胸元から離れたら、近くのゴミ箱に顔を覗かせた。
「……君……?」
せんべいの袋やくしゃっとなったティッシュ。そんなものばかりを眺めても、口からはなにも出てこない。喉の奥で引っかかって、出てこない。
開ける口から唾液が一滴流れたあと、口を閉じた。
「ほ、ほんとにわりぃ。大丈夫か、気持ちわりぃのか。トイレに」
「大丈夫、です……」
手の甲で口を拭って、立ち上がった。
食卓に戻ったら、目の前にある食べかけのおにぎり。
「…………」
それを丁寧に持って、歯の奥を強く噛んで、生ゴミに叩き捨てた。




