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早咲きの蓮華は地面に咲いた  作者: 雨夜玲
それを望んだわけではない
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あなたの秘密

 診察が終わったあと、先輩が帰ってくる前に会計に呼ばれた。会計が終われば帰るものだが、先輩が帰ってきていないから待っていた。

「…………」

 確かに先輩は言っていた。父親が医者をしていると。けどあの医者が先輩の父親だっただなんて。

 もしかして仕事でいそがしくて家に顔を出せない父親に会うために、ここの病院を選んだのか? でもあの表情のわけはわからない。父親に会うのにあんな暗い表情……。

 僕も実の父親に会うとするならきっと、今の表情のままではいられない。理由があって違う表情を見せる。なら先輩も、なにか理由があって、しかもきっと傷つくような……。

「…………」

 でも僕が踏み入っていいことなのか……?

 胸をざわざわさせながら待っていると、先輩が帰ってきた。けどどこか苦しそうに、さっきよりも顔を暗くさせて隣に座った。手は強く握られて震えている。目にはあふれそうな涙があった。

「……せん、ぱい」

 そう戸惑った声を出すと、ハッと顔を上げて左右を見渡して僕を見つける。

「お、おぉどうしたぁ?」

 なにもなかったかのように聞き覚えのある声で言った。

 心配だ。

「なにかありましたか」

 いや、これじゃきっと誰もが「なにもない」と答える。なら、

「なんも」

「いえ、話してください」

「…………」

 僕と顔を合わせなくなった先輩は、諦めたようにガクンと頭を下げた。

 そして、

「……ついてこい」

 一言。

 立ち上がった先輩のあとをついて行った。

 歩くたびに振動で頭痛に襲われる。それでも先輩が見せたあの顔の意味を知れるならと、後ろを歩く。

 先輩はここの院内の構図を把握しているように、ずかずかと奥に進んでいく。どこに向かっているんだろうか。

 まっすぐ進んで、途中で曲がった。その先はトイレ。男子トイレは並んでいない。それなのに先輩は多目的トイレに手をかけた。

 音もなくすっと開いた扉を空けた先輩はそこに踏み入って、

「入れ」

 と。

 その言動に理解はできなかった。けど、その表情の先輩を見ては、入るしかなかった。

 先輩が扉に鍵を閉めたあと、その室内の、先輩が放つ空気の重さを理解した。ずんと胸が重くて苦しい。……(この)(ひと)はなにを、抱えてるんだ。

 胸の奥で音が鳴っている。

 ドクッドクッドクッドクッ――

「……あの」

「……君にも理解されないなら、もう……いい」

 先輩は服の中に手を入れて、服の下から伸びた包帯を床に落とした。

 そして先輩の手は僕の手を包む。それは小さくて、震えていた。

 先輩に握られた手は、ためらいもなく先輩の服の下をもぐった。指先は腹の形をなぞるように、その柔らかさを覚えながら、すーっと上に導かれる。そして、胸のあたりで止まった。

「…………」

 僕の手のひらに収まる「それ」は丸みを帯びていて、温かくて、柔らかい。近くから心臓の音が肌を伝えて響く。

 なんでかはかわからない。けど鼓動が鳴りやまない。うるさい音を出して止まらない。息が荒れて、唾を飲む。

 ハッと、手のひらに収まる「それ」がなになのか気づいて、先輩の手を振り払って先輩から一歩身を引いていた。

 今、触れたのは……。

 包帯が巻かれない先輩の胸は、その輪郭を服越しでもはっきりわからせる。

「……引いたかぁ」

 手に触れた感触は、まだ残っている。初めての感触。

「……驚いただけです」

 一人称といい、包帯でそれを隠していたことといい、先輩はきっと……。先輩は僕に、秘密を教えてくれたんだ。

「興奮したかぁ?」

 先輩は嘲笑いながら言った。けど僕は至って普通に顔を横に振った。ずっと鼓動は鳴っている。けど違う。その音じゃない。

「……女性、だったんですね」


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