第7話「そしてワインは溢れる」
クーデターは、内乱に変わりつつあるのをヒイロ・オールガードは肌で感じていた。街の大通りのいたるところで軍に封鎖され、前時代の前装砲やサーベルを抜刀する騎兵が衝突していた。弓に銃弾に飛び交い、そこには“戦争”があった。撃墜されたヒイロを匿ってくれたのは、馬屋の家族だ。どこにでもある、馬小屋や当たり前の家庭があって、父や兄弟は兵士として戦って義務を果たしていた。麦粥を食しながら、ヒイロは迎えを待っていた。「ありがとうございます」「気にしないで、有名人さんだからねぇ、サインをくれるだけで充分だよ」「?」小母さんが握手を求めてきて、ヒイロはたどたどしい手つきで、しかし力強く握り返す。あまり握手には縁がなかったから、彼女は少し驚いていた。小母さんは本当に有名人には出会っているかのように、にこにことした笑みが漏れるのを隠さず、興奮気味に、このひとときを何より大切にしようとしているのを、ヒイロは感じた。
「いつも、空を飛んでいたでしょう?皆んな見ていたんだから。貴方の格好いい操縦をね」小母さんは茶目っ気の強いウインクをした。子供っぽい仕草のせいで、ずっと若い印象だ。「知っている、のですか?」ぎこちない敬語。「勿論!大ファンだしね。機首にはサンフラワーを描いているわね。貴方のループは本当に美しく円を描いていると思うわ、二〇〇点の採点ね」ヒイロが頰を染めたのは、貰ったワインのアルコールのせいだけではなかった。戦いが強い、とは言われたことはあったが、飛び方が綺麗と言われたのは訓練時代以来の久しぶりのことだった。とても、ヒイロにとってはとても嬉しいことだ。
「迷惑かけてごめん」ヒイロは余所者が家に転がり込んだことを謝った。少なくとも一人分余計な手間だ。すると一番年配の婆が「この国にはいつも余所者と言われる輩がやってきた。戦争、交易、移住。その色ごとに態度を変えてきたが、話さなかったことは一度もない」「婆ちゃんが言いたいのは要するに、ヒイロが良い人だから良くしてあげろ、てことよ」「そんな単純な話じゃないよ」「同じでしょ、婆ちゃんちょっと静かにしてて、いっつも話を複雑にするんだから!」「会話とは複雑であるべきなんだよ」「……もう!」ヒイロは笑っていいのか悩んだが、心は正直で表情を隠すのも苦手な類の人間だった。
楽しい食事を終えたときだ。食器の洗い物で他の人たちが立ち、テーブルにはヒイロと婆が残された。「軍人かい」「そうだよ」「国も時代が変わったね。伝統的なマスケットと弓騎兵で部族間の抗争に決着させる伝統だったのに、今じゃ他国の軍隊を雇うし、殺しの機械を全面的に投入するとは」「それは……」「あんたに言ったんじゃないよ」婆は顔を柔らかくして「ただ国がある、ただ変わっちまった、てね。長く見てると変わることはあるんだろうとは思うよ。実際変わる。だが今回のは、少し性急すぎたね。そして勝ちさえすれば虐殺を厭わない、と思う輩が増えたのか」「昔は弓とマスケットで戦っていたのですか?」ヒイロは訊いてみた。ちょっと野蛮だな、と思う半分、もう半分は興味だ。「そうだよ。あたしの腹にも一発喰らった。だけどあたしは一〇人は仕留める名射手だったのさ」まくられた服の下には、歴戦の兵士も息を呑むような、刀剣や銃弾の傷、縫合痕がはしっていた。「顔は幸い軽いけど、グローブはあまり外したくないねぇ」




