第3話「中立空域の檻」
『ヒイロ、制限空域に近づいている。針路を東にとって。ノヴォハザールの空域に侵入してしまう』指示に従ってヒイロはF9Fパンサーの機首を東に向けた。「ヒイロ、了解。針路を東に変えるよ。ありがとう」眼下の田園風景は、空から見る限りではどこか牧歌的だ。
飛ぶのは原則的に一機だ。他国を刺激しない為の自粛だそうだが、その基準はヒイロにはわからない、わからないことが多いが……気楽さでは段違いにありがたい話だ。僚機がいると、ヒイロは緊張して震える、と彼女はうそぶくだろう。一機は気楽だ。ノヴォハザールの空域に入りさえしなければ、どんな航路もやろうと思えば自由に選択できる。速度、航路、高度の数字が全て決められた空ではない、自由選択の空だ。気分が高まりすぎて、ちょっとだけお尻がむず痒く持ち上げた。「むずむずする……」ヒイロは空を楽しむ為に切り替えた。空を飛んでいるんだ。ならば楽しまなければ損、と言うのが彼女の考えだ。
視界に影が入った。小さな黒い点。距離はまだ何百キロメートルもある。だがヒイロの目には、La-7に見えた。他国のプロペラだ。彼女は制限空域の境界ギリギリまで寄せーー相手も、同じことを考えていたようだ。だがそれだけだ、飛行機は止まれない、そのままお互いの航路を守り、自然とLa-7はどこかに飛んでいく。
ランドマークで制限空域は把握済み。『粘土に棒を突き刺したような大穴を開けた山』を越えなければ大丈夫だ。「大丈夫、越えてない」遺跡であり、天の梯子と呼ばれる一万メートル超えの山は、ヒイロとF9Fパンサーが飛んでいる空よりも更に高みだ。雲をコートにその身に纏い、分厚いおめかしは空からでもわかる。神々しさがあった。大きいということは偉大なのだ。
「遊覧飛行中なんだけどガイドさん」『ヒイロ』「ちょっとだけ、ちょっとだけ」無線封鎖なんてものはしていない、自由に使える以上は褒められはしないが……眼下の城塞都市を訊いてみた。古い都市、という感じが植えから見た印象だ。ぐるりと街を囲う城壁は前装式の大砲の時代にも時代遅れ感の古さがあった。歴史がありそうだ。『五〇〇年以上の歴史ある街ね。建物も古い煉瓦作りが多くて、ちょっとしたタイムマシンに乗って迷い込んだ雰囲気がある』「五〇〇年!長いね。メカリスの歴史より古い街かも」『古いよ』マキナの声色には少しだけ、呆れが混じっているようだ。「物知りだね」『そりゃ色々調べてるんだよ。アカシックレコードにアクセスしているわけじゃないからね』ヒイロは暗にもっと勉強しろ、と言われている気がした。悪くないかも、と思える程度には興味があった。




