第9話「狩人は夢を見る」
担架の上では、空はずっと揺れていた。エミーリアが意識を回復した時、既に戦闘は終わっていて、負傷者の手当てと搬送が進められていた。後方からやってきた蛇と杖のマークの救護車両に次々と負傷者が積み込まれていた。「寝たふりはするなよ、エミーリア。戻ってきたのは分かっとる」「……頭が痛い……」「少し破片がかすっとったからの。脳が揺さぶられたんじゃろ」エミーリアは頭に巻かれた包帯に触れた。ミイラ女のようになっている感じだ。だが鈍い痛みだけで意識ははっきりしていた。命に別状がないことは、長年の勘からわかった。見渡せば誰もがのんびりしているーー負傷者や破壊された機材の修理や交換作業があるが、ラーテⅤが大破していたのならこんなにのんびりはしていない筈だ。ーーラーテ、彼女はその巨体をボロボロにしてなおしかし、そこにそびえていた。
「今は休んどれ」「そうさせてもらうは。頭が痛い……」「ほれ、ロゼッタも心配しとる」とドーラはロゼッタをエミーリアに乗せた。大きなフクロウの重みがエミーリアの腹を襲った。「ぐえっ」とエミーリアらしくない声が漏れた。そんなエミーリアをドーラが笑った。生きた重しのこのフクロウは、主人を心配する素振りを見せていたが、無事だとわかった途端に毛繕いを始めた。「輸送船団が運んでいたのはーー」ドーラが腹の上のロゼッタを抱えて「ーーただの真水だったそうじゃ」海峡を巡洋艦の艦隊に追跡され命懸けで逃げていた輸送船団の積荷が、真水だった。エミーリアはそれを聞いて「輸送船団の人たちはさぞや腹を立てたでしょうね。自分たちは祖国を救う遺跡の何かを運んでいると信じて、命をかけていたから……」エミーリアは輸送船団にいた人たちが気の毒に思えた。つまり彼ら彼女らは『囮』だったのだ。「なんじゃ、他人の心配ばかりじゃの。怒らんのか?」「何を?ドーラ、私たちは『何ができた』と思って?」ドーラはにんまりと笑って見せた。まさに我が意をえたりと言わんばかりに豪快に「メカリス海軍最強最新鋭の重巡洋艦艦隊を撃退した!なるほどこれは大戦果!しかも栄光のダオティッチュ海軍戦艦部隊ではなく、我らが陸上戦艦艦隊が、じゃ!」「そう。なら、何か他に必要かしら?ちょっとだけ不満もあるにはあるけどーー」エミーリアは、ドーラに負けない笑顔を見せ「ーーそれが何か問題?」
「あっはっはっはっ!」ドーラは笑った。豪快に笑った。それはこの上ない、『大勝利』を意味していた。「ところでドーラ?あなた、こんなところでのんびりしていても良いのかしら?戦いの終わった後始末のほうが大変の筈だけど」「まっ、その辺は死人どもにやらせとる。しぶとい連中じゃよ、あの大爆発の中でも誰も死なずに生きとったからの。重傷のものもおるから、見舞いに顔を出してやらんと寂しがるぞ」エミーリアは、ぽかん、とした顔を隠さなかった。
エミーリアの瞳に、ラーテⅤの残骸が写った。見るも無残……とは明らかに様子が違った。ラーテⅤは遺跡のエンジン部に直撃弾を喰らい、大爆発を起こした。その筈だった。だが彼女の目の前にいる“なにか”は、灰色の、コンクリートとも石とも違う何かが暴れたような、水面に物を投げた後の飛び散ったうねりのように花を作っていた。それはエンジンという種子から、何かが発芽しかけた、そんな印象をエミーリアは受けた。ともあれーー役目はここまで、“彼女”はもう一度瞳を閉じた。




