第5話「止まった時計」
住民が避難して廃墟だけが残されていた。偽装村に入ったラーテⅤはあたらめて家屋への偽装と、コマンド部隊との交戦による損傷の修理には入った。車内の至る所に弾痕や爆発跡が残っているが、幸い、主砲もエンジンも異常がないことをエミーリアは報告した。「元々は本当に村だったようよ。避難してからは、偽装と砲弾の備蓄とかラーテ艦隊の野戦補給所になったの」「平和な村に陸上戦艦で乗り込むのは抵抗があるの」「もう住民はいないけどね」村、と言えば聞こえは良いが実際には廃墟になっていた。他のラーテの姉妹たちが使っていたし、空爆を受けたのも両の手足の指では足りない数だ。その度に村は復活した。誰も住むことも、祈ることもなくなった村の教会は何度も破壊され、そしてハリボテが建て直された。
「野営は体力を使う。村のベッドに兵をあげさせて休ませよう。体力が回復する」「了解。でも最低限の兵はラーテに残すわね」「流石に、全員に酒を飲ませろとは言わんよ」「当たり前でしょ。隠してるビールは没収ね」「酷すぎるじゃろー」ラーテⅤが村に横付けした光景は異様だ。村の全ての建物よりも巨大で家屋が小さすぎるように錯覚した。閑散とする住民のいない廃村だが、新しい人を招き入れて賑やかしさを取り戻していた。コマンドに破壊された無線機の修理も、村の資材を使えばなんとかなりそうな目処がたった。「うわっ!?」と叫び声があがったかと思えば、子狼が飛び出してきた。廃屋に隠れていたらしい。ドーラはそんな子狼を、むんず、と首を掴み持ち上げた。「犬っころを今夜のテーブルに乗せるかの」「やめたげて」「冗談じゃよ」子狼は解放されて一目散に黒い森へと逃げ込んだ。
「珍しいの」「狼が?」「久しぶりに見た」「野犬かもよ」「いや、狼じゃろ。他でもない、あやつが自分を狼さんだと思っておった」「おかしなことを話すわね、ドーラ」「お前さんだって、ロゼットと話しておるだろーに」「心が通じ合ってるからよ」「なら。わしとあの犬っころも今心を通わせた」「ふふっ、呆れた人」世間話はここまでだ。エミーリアは戦況を報告した。「GWタイガーの17cm砲装備の沿岸防衛隊は呆気なく蹴散らされた、敵艦隊は沿岸に接近しているらしいわ。海峡が狭いから仕方がないわね、これは幸運よ」「露天の天板で戦艦と撃ち合えというのが土台無理な話じゃ。昔とは違う、ベトンの殻もなしでは砲台なんぞあっという間に破壊されてしまう」「そこでラーテ陸上艦隊による誘引砲撃をしろ、との命令がでたわ」「誘引砲撃て、なんじゃ?」「撃ちまくって敵艦隊の注意を引き寄せるということね」「なるほど。つまり、狼の前の精肉になれと。なるほどの」「ドーラ、言い方」「事実じゃろーて」
まったく、とエミーリアは呆れながらも否定はしなかった。「無線機が直るまでは他のラーテに任せましょう」「間接砲撃は見えんからの。耳を澄ませねば」「はいはい」ドーラの機嫌が良いように、エミーリアには見えていた。だが浮かれていることと義務を忘れることは別だ。ドーラの目には、どれほど上機嫌でもいつも義務に赤く燃えていた。……だからこそ、ふざけていても信頼していた。壊れた時計がエミーリアを見下ろしていた。その時計の針は止まっていたが、時間まで止まっているわけではない。時計のように、時間も止まってくれれば……と考えるエミーリアはドーラだけの為にというわけではないが、酒精の利いた気つけ薬の準備にはかかった。




