第0話「翅のない竜」
僅かな木漏れ日が斑模様を落とした。下界の遥か小さな者達に注がれる光の柱が、森の中を駆け回る小動物に温もりを与えていた。親とはぐれた子狼がその一匹だ。南からやってきた子狼は、寒く黒い森の中でしかし僅かな木漏れ日から体を温めていた。微睡み、しかしそれは警戒に変わる。ぴくり、と反応した耳は木々を薙ぎ倒す何かが近づくのを聞いた。子狼は威嚇の一つもなく、一目散に、さらに黒い森の奥へと逃げていった。黒い森の樹木を薙ぎ倒しながら現れたのは、ラーテⅤ型陸上戦艦だ。重戦車とは桁違いの大きさは大木よりもなお易々と高く、四本の幅広い無限軌道をゆっくりと回しながら腐葉土を浅く踏みならし進む。中小口径砲のハリネズミに囲われた主砲はおよそ水平に全集旋回は不可能だが、それはこのラーテⅤ型には不要なことだ。28cm連装砲、二門の『戦艦の主砲』が仰角を大きく迎えて、長大な砲身が林立する護衛砲塔群を跨いだ。
「まだ発砲準備は終わらんのか?」と指揮所の『車長』が懐中時計の針に眉をしかめながら、給仕係のエミーリアに訊いた。「平均的な記録よ、ドーラ車長」「平均的では困る。今よりも一〇倍は速く動いてくれないと、戦艦にやられてしまうぞ。敵は人間の限界を超えるのが『平均』なんじゃからな」「心得ているわ」ラーテⅤの乗員の過半はその動きがぎこちない。訓練生上がりが多いからだ。というのもドーラを長とするラーテⅤは新造されたもので、ラーテ級という他には存在しない陸上戦艦という特殊性から、新しく兵員を用意するだけでも大掛かりになってしまうのだ。エミーリアは溜め息を吐いた。彼女の前職は給仕係などではない。だがベテランが不足する中で、エミーリアを捩じ込む為に給仕係とし押し込んだのだ。「今回の新兵は、砲兵からの転科が多いようです」「爆撃機や戦闘機乗りでなかったことは幸いというわけじゃな」「少なくとも副砲の扱いには一日の長があるのは間違いないわね」「でなければ困るーーと、言いたいところじゃが口をつぐもう。彼らも努力しておる、成果は後から付いてくるものじゃ」
訓練の終わりを告げる、全ての部署からの配置完了の報告を受けたドーラは警戒要員を除き配置を解いた。彼女は溜息を吐き、外で吹く風よりも冷たい息は白く広がった。「命令は、遺跡の発掘品を載せた船団の海峡突破の支援。妨害に出るであろう敵戦艦部隊の妨害じゃの」「ラーテⅤの、本来の目的と全く同じね。何か不満?」「護衛もなく、名ばかりの陸上艦隊、こっちが撃てばヤーボが出張るし、長距離間接砲撃じゃぞ」とドーラは難しい顔の眉間を寄せて「敵の姿が見えんのはつまらん。蜂は刺す相手を見て、そして刺すものじゃ」ドーラが何かを聞き取ったのか、僅かに首を動かした。「あぁ」とエミーリアは察し「V1のパルスジェットの音ね」ブブブ、と特徴的なパルスジェットはすぐにわかった。ラーテⅤの頭上を長距離誘導弾V1が四発、飛び去っていった。どこかの射場から撃たれたのだろう。「ところでビールはまだかの」「ボケるにはまだ早いわ」




