↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第六章 亡霊たちの夜明け 〜思想の衝突と、覚醒〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/62

第伍拾伍話「名を撃つ第五射」




 指揮所の中で、竹子はその声を聞いていた。

 しばらく、動かなかったが、やがて、夜叉霧を杖にしてゆっくりと立ち上がる。

 膝が笑っている。息もまだ浅い。それでも――立てた。


 竹子は一歩ずつ指揮所の入口へ向かった。そして外へ出る。そこには、街の民がいた。


 若者。老人。人間。獣人。亜人。皆、ばらばらだった。服も違う。顔も違う。立っている場所も違う。

 それでも誰一人として前線には出ていなかった。


 最前列に、水桶を抱えたトレクが立っていた。


 竹子は彼らを見た。一人ずつ。

 名を知っている者もいる。知らない者もいる。


 だが――誰もが名を持っていた。


「――皆」


 声が震えた。それでも届いた。


「――済まなかった」


 民の中からいくつかの顔が上がる。


「……そして、ありがとう」


 誰かが頷いた。それにつられるように、別の誰かも頷く。――ばらばらだった。それでいい。


 トレクだけは、真っ直ぐに竹子を見ていた。




 竹子は、指揮所の入口から、防衛線へ向き直った。


 伝令の少年兵が駆け寄ってくる。


「――隊長! お立ちになられましたか!」


「――立った」


「――カラミーテ副長へ、お伝えします!」


「――待て」


 竹子は、少年を止めた。


「――副長には、こう伝えよ」


「はっ!」


「――『済まなかった。そして、ありがとう』」


 一度、息を吸う。


「――『これより、指揮を引き継ぐ』と」


「はっ!」


 少年は踵を返し、走っていった。




 後方指揮所。


 カラミーテは、伝令の報告を聞いた。


「――隊長様より、伝言です」


「伺いましょう」


「『済まなかった。そして、ありがとう。これより、指揮を引き継ぐ』と」


 カラミーテは、しばらく黙っていた。手の中の扇子を静かに握る。


 やがて、それを開いた。


 ぱっ、と。


「――承知いたしました」


「はっ」


 少年兵が、戻ろうとする。


「――お待ちなさいませ」


「はい」


「もう一つ、ございます」


 カラミーテは、扇子を開いたまま言った。


「――『済まぬ、と仰ってくださって、ありがとうございます』と」


「……はっ!」


 少年兵が駆けていく。


 カラミーテは、その背を見送った。

 扇子の向こうで、口元がほんの少しだけ緩んだ。


「……お帰りなさいませ、隊長様」




 ***




 同じ頃。

 遥か東。帝国軍砲兵陣地、丘陵中腹の指揮所。


 サードル・ブロックスは、双眼鏡を目に当てていた。


 視線の先は、フラットペイン第一防衛線の中央。

 前線指揮所入口に、一人の女が立っている。夜叉霧を杖にして。


 ブロックスは、しばらく双眼鏡を下ろさなかった。


「――立ち上がったか」


 副官フィジックが答える。


「はっ。第五射、装填完了しております。次の号令を」


 ブロックスは、地図へ目を落とした。


 赤い印。指先が、その一点を軽く叩く。


「――フィジック」


「はい」


「三番砲、十七番砲、三十九番砲」


 間。


「――三門、同時。目標、彼女の指揮所」


「はっ」


 すかさずフィジックが伝令に命令を伝える。



 ブロックスは、再び地図を見た。


「……初弾から、四射」


「はい」


「彼女は、四射、耐えた」


「……はい」


「私の予定表には、そこまでの耐久は記載されていない」


 フィジックが、黙っている。


 ブロックスは、赤い印を見つめた。


「――ならば、予定表を改める」


「……はっ」


「彼女を、一人の変数として扱う」


 フィジックの眉が、僅かに動いた。


「――閣下」


「なんだ」


「……名を、お認めになるので」


 ブロックスは、しばらく答えなかった。

 やがて、双眼鏡を卓上へ置いた。


「――認める」


 静かな声だった。


「認めた上で、潰す。それが、最も合理的だ」


 フィジックは頷いた。


「はっ」


 ブロックスは、地図を閉じた。


「――撃つ」


 その声には、迷いがなかった。




「――撃て」


 三番砲。十七番砲。三十九番砲。

 三門が、同時に火を噴いた。三発の砲弾が、鉛色の空を裂いた。


 赤い尾を引きながら、フラットペインへ向かう。




 ***




 第一防衛線、中央。


「――第五射! 三門、同時!」


 メリッタが叫んだ。


「東側障壁、集中!」


 魔法陣が、空中に走る。その周囲を、ペルトの舞から流れた淡い金の粒子が包んだ。


 メリッタが、歯を食いしばる。


「――来る!」


 一発目。

 障壁が受け止める。

 轟音に空気そのものが震えた。


 二発目。

 同じ場所へ叩き込まれる。

 魔導障壁が、大きく歪んだ。


「――まだ!」


 メリッタが魔力を叩き込む。


 その瞬間、サーリーの黒い糸が、遠くの砲車を締め上げた。


「――もう少し……!」


 三十九番砲の車軸が軋み、僅かに狂う。


 そしてビアンカの矢が、砲兵陣地へ飛んだ。


 指揮官が一人、倒れる。


 次の指揮官が立つ。


 その間数秒。照準が、僅かに遅れる。


 三発目が飛んだ。

 障壁の端を掠める。軌道がずれた。


 砲弾は、竹子の指揮所を外れ、防衛線東端の空き地へ落ちた。


 轟音と共に土塊が吹き上がる。破片が飛ぶ。


 しかし――


「――死者、なし!」


 伝令の声が響いた。


 メリッタは、息を吐いた。

 ペルトの舞は、止まらない。

 サーリーの糸も、解けない。

 ビアンカは、すでに次の矢をつがえている。




 竹子は、指揮所の入口に立ってその全てを見ていた。


 自分のために。自分の知らないところで何人もの人間が、それぞれの仕事をしていた。


 竹子は、夜叉霧を握った。翠緑の文様が、強く脈打つ。


「――皆」


 伝令官たちが振り返った。


「――カラミーテ副長の号令を、そのまま継続せよ」


「はっ!」


「――私は、副長の号令の上に、私の判断を重ねる」


 竹子は、後方指揮所を見る。


「――副長の号令が幹。私の判断は枝だ」


「はっ!」



 竹子は、東を見る。

 二里の彼方、鉛色の空の下。二万の松明が、砲兵陣地の後方に並んでいる。


 敵は、まだ、そこにいる。


「――今日は、耐える」


 竹子は言った。


「ただ、それだけでよい」


 伝令官たちが、聞いている。


「――勝つのは、明日以降だ」


 夜叉霧を、握り直す。


「――今日は、耐える」


 そして。


「――街の名を、一つも失わぬ」


「はっ!」


 伝令官たちが駆けていった。




 東の空が、白み始めていた。


 明るい夜明けではない。鉛色の空。


 崩れた民家。

 煙の上がる街。

 それでも、井戸は残っている。


 広場では、水桶が行き交っている。

 包帯が運ばれている。

 薬草が煮られている。

 誰かが、誰かの名を呼んでいる。


 竹子は、指揮所の入口に立っていた。


 まだ、夜叉霧を杖にしている。

 まだ、膝は震えている。


 それでも、立っている。


 背後には、水桶を抱えたトレクがいた。


 街がある。そして、その一人一人に、名がある。




 ***




 遥か東。


 ブロックスは、閉じた地図へ手を置いた。


「――次弾、装填」


 砲兵たちが動き始める。


 三番砲。


 十七番砲。


 三十九番砲。


 番号が、復唱される。


 ブロックスは、もう一度だけ、双眼鏡を手に取った。


 その先に、竹子がいる。


 彼は、しばらく見ていた。


 そして。


「……タケコ」


 誰にも聞こえない声で、その名を口にした。


 すぐに、双眼鏡を下ろす。


「――次弾、急げ」


 番号の世界が、再び動き始めた。


 その朝。


 水を汲む少年と、名を守る女と、番号で砲を撃つ軍が。


 同じ空の下で、同じ夜明けを迎えていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。