第67話 価値を壊す遺産
ワシントンD.C.、ホワイトハウス地下。
核攻撃にも耐え得る強固な防爆扉の奥に存在する、極秘危機対応会議室。
世界経済が奇妙な息継ぎを始め、各極が次の覇権に向けて静かに牙を研いでいる中、アメリカ合衆国の中枢は、新たに飛び込んできた一つのインテリジェンスによって急速に冷え切っていた。
「大統領。日本から、緊急のインテリジェンス共有がありました」
CIA長官が、重苦しい足取りでキャサリン・ヘイズ大統領の前に分厚いファイルを置いた。
円卓にはすでに、国家安全保障補佐官、国務長官、財務長官、国防長官といった政権のトップエリートたちが険しい顔で顔を揃えている。
「日本の情報機関からの直接ルートです」
CIA長官は、ファイルを開きながら報告を始めた。
「対象は、イギリスの第十一代アシュワース伯爵、アーサー・アシュワース。……日本側の情報によれば、彼は『既存技術外アーティファクト』の著名なコレクターであり、現在、失踪中とのことです」
ヘイズは眉をひそめた。
「失踪?」
「さらに、本人の事前指定により、一定期間連絡が途絶えたため、法的には死亡扱いへと移行する手続きがすでに始まっています」
CIA長官は言葉を継いだ。
「一週間後に、彼の遺言が公開される可能性が高い。そして……その遺言に、彼のコレクションの処遇が含まれていると、日本側は推測しています」
ヘイズは即座に反応した。
「日本が、自らその情報を共有してきたのね」
彼女の灰色の瞳が鋭く光る。
「つまり、向こうも相当危険な事態だと判断したということ」
「はい。日本側の情報提供の温度感は、通常の外交的な照会レベルではありません。明確に警戒を抱き、我が国との連携を模索している動きです」
CIA長官が頷く。
「それで、裏取りは?」
ヘイズが問う。
「CIAの欧州ネットワークをフル稼働させて確認しました」
CIA長官は、手元のタブレットを操作し、メインモニターに情報を展開した。
「日本側の情報は、おおむね事実です。アシュワース卿の失踪は、英国内でもごく一部の特権階級にしか知られていない極秘扱いです。しかし、水面下で死亡扱いの法的手続きが進み、遺言管理人が動き出し、アシュワース財団の一部資産が整理モードに入っていることが確認できました」
CIA長官は、そこで一拍置き、会議室の空気をさらに一段階重くする情報を口にした。
「そして、追加で一点。……非常に厄介な事実が判明しました」
「何?」
ヘイズの声が低くなる。
「どうやら……アシュワース卿のコレクションの一部が、【サザビーズ】に出品される可能性があります」
ピタリ、と。
会議室の空気が、凍りついた。
「……サザビーズ? 表の、あのオークションハウスにか?」
国務長官が、信じられないというように真っ先に反応した。
「はい。財団側とサザビーズ上層部との間で、極秘の接触があった形跡を掴みました」
CIA長官が答える。
「馬鹿げている」
財務長官が頭を抱えた。
「アーティファクトが、公開のオークションに出るだと?」
「通常の公開カタログに載るような形ではなく、おそらく限られた富豪や国家の代理人のみを集めた、限定招待制の特別セールの可能性が高いと見ています」
CIA長官は冷静に分析を補足する。
「ですが、名前だけでも漏れれば、世界中の国家と情報機関、そして途方もない資産を持つ富豪たちが、一斉にロンドンへ群がります」
ヘイズは、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「……闇市場でこっそり取引されるなら、まだインテリジェンスの力で封じ込めようがある。でもサザビーズを通すとなれば、金持ちもテロ支援国家も、全員が“合法の顔”をして入ってくるわ。力ずくで押さえるのが極めて困難になる」
アメリカはすでに「地球外テクノロジーに対する無制限入札」を世界に向けて宣言している。
本来であれば、こうしたアーティファクトが市場に出回ることは、アメリカの資本力で買い叩く絶好のチャンスのはずだ。
だが、この会議室の誰一人として、それを「好機」だとは捉えていなかった。得体の知れない個人のコレクションが、世界で最も権威ある表の市場に流出する。その予測不可能なリスクが、彼らの背筋を凍らせていた。
「……アルファを繋いで」
ヘイズは、即断した。
「ケンドール博士も。……セレスティアル・ウォッチが、このアシュワース卿という人物を知らないはずがないわ」
通信担当官が素早くキーを叩き、十一次元量子暗号回線を開く。
数秒後、メインモニターの分割画面に、深い影に包まれたオブザーバー・アルファと、白衣姿のドクター・ケンドールの姿が映し出された。
「アルファ。ケンドール博士」
ヘイズは前置きを一切省き、単刀直入に切り込んだ。
「アシュワース卿について、セレスティアル・ウォッチが持っている情報をすべて出しなさい」
モニター越しのアルファは、その名を聞いても全く動じる様子を見せなかった。
「……アシュワース卿は、イギリスのみならず、世界でも最も著名な『地球外テクノロジー』の収集家の一人です」
アルファは、静かに、そして冷徹に説明を始めた。
「表の顔は、古美術品と稀覯本の熱心な収集家であり、篤志家。しかし裏の顔は、既存技術外アーティファクトの莫大な個人保有者です。……セレスティアル・ウォッチにとっても、彼は設立当初からの長年の監視対象でした」
「監視対象?」
ヘイズが眉をひそめる。
「はい」
アルファは頷いた。
「ただし、明確な敵ではありません。……むしろ、ある種の【ライバル】に近い関係でした」
「ライバルだと?」
国防長官が訝しげに声を上げる。
「我々が世界の裏側でアーティファクトの流出を防ぎ、封じ込め、安全に収集しようと活動している間……彼もまた、独自の莫大な資金力と裏のネットワークを駆使して、別のルートでそれらを収集していたのです」
アルファは、アシュワース卿の特異な立ち位置を明かした。
「彼とは直接顔を合わせたことはありません。互いの安全と世界のパワーバランスのため、直接の接触は避けるべきだと判断していました。
……ですが、エージェントを通じて、何度かアーティファクトの交換、情報提供、そして知見の照合を行っています」
「交換?」
ヘイズは驚きを隠せなかった。あの秘密主義の極みであるセレスティアル・ウォッチが、一介の民間人と取引をしていたというのか。
「はい。彼は完全な独占主義者や、世界を滅ぼそうとする狂人ではありませんでした」
アルファは淡々と事実を述べる。
「自分の純粋な好奇心を満たすためなら、我々に一部の有益な情報を渡すこともあった。逆に、我々も危険度が比較的低いと判断した物品については、彼から高値で買い取る、あるいは『保護』という名目で預かることもありました」
「研究者の立場から言わせてもらえば、極めて迷惑で厄介な相手でした」
画面の横で、ケンドール博士が苦々しい顔で補足した。
「しかし……同時に、彼は非常に優秀な『目利き』でもあった。彼が“本物”だと判断して囲い込んだ物品には、かなりの確率で、何らかの異常性(地球外テクノロジーの痕跡)が含まれていました。彼のコレクションは、ただのガラクタの山ではありません」
ヘイズは、その言葉の重みを咀嚼し、アルファに問うた。
「……どの程度なの?」
「どの程度、とは」
「個人コレクターといっても、富豪がちょっとしたオカルトグッズや呪いの人形を集めて喜んでいるレベルなのか。それとも……本当に国家の安全保障を揺るがすレベルのものを抱え込んでいるのか」
アルファは、少しだけ間を置いた。
そして、この会議室の常識を根底からひっくり返すような事実を、平然と口にした。
「……後者です」
アルファの瞳が、画面越しにヘイズを真っ直ぐに見据える。
「アシュワース卿の個人的な知人の中には……【異星人】もいたと聞いています」
ピタリ、と。
ホワイトハウスの地下会議室の時間が、完全に停止した。
「……異星人?」
ヘイズは、自らの耳を疑うようにその言葉を反復した。
「……いや、地球外テクノロジーがこれだけ地球上に散らばっている以上、異星人の存在そのものを頭から疑う段階ではないわ。
でも……実際に、異星人と個人的に付き合いのあった地球人がいるとなると、話は全く別よ」
国家のインテリジェンス網をすり抜け、一個人が地球外生命体とコンタクトを取り、コレクションを形成していた。その事実の異常性が、官僚たちの背筋を凍らせる。
「それは、イギリス政府やMI6は把握していたのですか!?」
国務長官が、焦りを含んだ声で問いただす。
「不明です」
アルファは冷たく答えた。
「少なくとも、公式のインテリジェンス・ルートでは確認されていません」
「MI6が、自国のそんな巨大な特異点を知らなかったとは思えませんが……」
CIA長官が疑念を口にする。
「知っていたとしても、同盟国である我々に共有するとは限りませんよ」
アルファは、インテリジェンスの冷酷な現実を指摘した。
米英という強固な同盟関係にあっても、究極のカードは互いに隠し持つ。それが国家というものだ。
「……アシュワース卿の収集物が、もし本当にサザビーズに出品されるのなら。セレスティアル・ウォッチとしても、決して見過ごすことはできません」
ケンドール博士が、科学者としての視点から危険度を警告する。
「先ほども申し上げた通り、彼のコレクションは単なる骨董品ではない。少なくとも、我々の既存分類に照らし合わせて『評価可能』な、本物のアーティファクトばかりのはずです。
……一部は、人類の科学を発展させる研究対象として非常に高い価値を持つでしょう。
一部は、即座に封印すべき極めて危険な代物です。
そして、一部は――絶対に、市場に出してはいけないものです」
「……市場に出してはいけない?」
ヘイズの目が細められる。
ケンドールは、それ以上は言及せず、隣のアルファへと視線を向けた。
ここから先は、科学ではなく、政治と経済、そして文明そのものの存亡に関わる領域だ。
「サザビーズに出るということは、どういう事態を引き起こすか」
CIA長官が、改めてリスクを列挙し始めた。
「世界中の国家が、ダミー企業や代理人を送り込んできます。中東の王族、新興のIT長者、そして裏社会のブローカーたちが、血眼になって競りに参加する。……当然、出品前に現物を奪取しようと狙う勢力も現れるでしょう」
「サザビーズの内部への工作、出品物のすり替え、ロンドン市街での輸送ルートの襲撃、入札者の暗殺、遺言管理人の誘拐……」
国防長官が、予想される最悪のシナリオを羅列する。
「ロンドンが、文字通り世界各国の特殊部隊と暗殺者が入り乱れる、見えない戦場になります」
「しかも、表面上は『合法のオークション』という形をとっているのが厄介です」
国務長官が頭を抱える。
「公権力で強引に差し押さえれば、国際的な非難を浴びる」
「何より恐ろしいのは、価格がつくという事実そのものです」
財務長官が、経済の視点から青ざめた顔で言った。
「地球外テクノロジーに『落札額』がつく時点で、世界の金融市場は異常な反応を示します。マネーの流れが狂う」
「……最悪ね」
ヘイズは、ため息をつきながらアルファに向き直った。
「アルファ。あなたたちはアシュワース卿と、エージェント越しとはいえ交流があったのよね」
ヘイズは、大統領としての鋭い追及の目を向ける。
「なら、一週間後に公開される遺言で、具体的に『何が』サザビーズに出品されるのか、ある程度の予測はついていないの?」
アルファは、即答しなかった。
常に冷静で、事実を冷酷に切り捨ててきた彼が、珍しく言葉を選んでいるようだった。
「……候補は、いくつかあります」
やがて、アルファは静かに口を開いた。
「ですが、断定はできません。彼のコレクションの全貌は、ライバルである我々に対しても、巧妙に隠されていましたから」
「それでも、何か心当たりがあるはずよ」
ヘイズは逃がさない。
アルファは、一つ深く息を吸い込んだ。
「……エージェントからの報告によれば、彼が客人に対して、いつも自慢げに語る『一品』があったと聞いています」
その瞬間、画面の端でケンドールの表情がわずかに強張ったのを、ヘイズは見逃さなかった。
「彼はそれを、冗談めかして【文明の王冠】と呼んでいたそうです」
アルファは、淡々と語る。
「ある時は、“王冠よりも重い秤”とも。
……またある時は、“人類が値段をつけてよい、最後の品”とも言っていたと」
「詩的すぎるわね」
ヘイズは苛立ちを隠さずに言った。
「比喩はいいわ。具体的に、それは何なの? どんな機能を持っているの?」
「……大統領。ここで不確かな推測を話せば、この会議を不必要に混乱させるだけかもしれません」
アルファは、珍しく説明を渋った。
「アルファ」
ヘイズの声が、絶対的な権力者の低さへと落ちる。
「私は今、その混乱を引き受けるために、あなたを呼んだのよ。……話しなさい」
アルファは、画面越しにヘイズの覚悟を見極め、そして、静かに、最も恐ろしい事実を口にした。
「大統領」
アルファの声は、氷のように冷え切っていた。
「我々がその品に対して警戒しているのは、それが広範囲を破壊する『兵器』だからではありません。
……都市を焼き払う道具でもない。人間を不老無病にする技術でも、無限のエネルギー源でもない。
むしろ、それらよりも……人類社会に対する破壊力は、桁違いに大きいかもしれない」
「……経済、か?」
財務長官が、アルファの言葉の先を読み、震える声で反応した。
「はい」
アルファは頷いた。
「もし、それが出品された場合。……人類社会における【物の価値】という概念そのものが、根底から揺らぎ、崩壊します」
「……どういう意味?」
ヘイズが問う。
「通貨、金、宝石、希少金属、歴史的な美術品、工業材料、地下資源」
アルファは、人類がこれまで血を流して奪い合ってきたものの名を見下すように並べ立てた。
「人類が長い歴史の中で、“希少だからこそ価値がある”と見なしてきたものの大半が。……あの品の前では、相対的に意味を失う可能性があるのです」
会議室の全員が、息を呑んで黙り込んだ。
「仮に、それがエージェントの噂に聞く通りの機能を持っているのならば」
アルファは、そのアーティファクトの性質を、少しだけ示唆した。
「金は、もはや絶対的な価値の保存手段ではなくなる。
最高級のダイヤモンドは、その辺の石ころと同じ、ただの炭素の結晶に戻る。
ハイテク産業を支えるレアアースは、国家が囲い込む地政学上の武器ではなくなる。
名画や骨董品は、真贋と来歴に支えられたその権威を完全に失う」
アルファの言葉が、会議室に絶望的な未来図を叩きつける。
「……そして、世界の資源市場、金融市場、国家財政は、砂上の楼閣のように連鎖的に崩れ去るでしょう」
財務長官の顔から、完全に血の気が引いた。
「そんなものが……サザビーズのオークションに出るというのか!?」
「あくまで、可能性の話です」
アルファは冷静に釘を刺す。
「ですが、その可能性が存在するというだけで、十分に危険すぎるのです」
ヘイズは、即座にこの問題の特異性を理解した。
これは、これまでのような軍事力によるアーティファクト争奪戦ではない。
軍事兵器なら、封印するか、自国の制御下に置けば済む。不老無病なら、誰が恩恵に与るかという政治のドロドロとした駆け引きに持ち込める。治療AIなら、医療倫理と人道の盾が使える。
だが、これは違う。
社会の基盤となっている『価値』そのものを破壊する劇薬だ。
「……つまり、これは爆発を伴う爆弾ではない」
ヘイズは、乾いた唇を舐めて言った。
「市場そのものに火を放つ、最悪のマッチね」
「大統領。もし市場が、それが『本物だ』と信じただけで……いえ、その可能性があるという噂が流れただけで、世界の資源価格と通貨システムは大パニックに陥り、激しく動揺します」
財務長官が、悲鳴に近い声で警告する。
「そして各国は、それを自国のために『買う』ためではなく……世界に『公開させない』ために、血眼になって動くでしょう」
CIA長官が、インテリジェンスの視点から確信する。
「あるいは、誰よりも先に強奪して、世界の経済を裏から支配するために」
ヘイズが、冷酷な現実を付け加えた。
「すぐに対策を打ちましょう」
ヘイズは、一瞬の躊躇もなく、大統領としての決断を下していく。
「CIAは、遺言管理人、サザビーズの経営陣、アシュワース財団、関係する弁護士、判明している収蔵庫、およびロンドン市内の輸送ルートをすべて完全監視下に置きなさい」
「国務省は、英国政府と最高レベルで非公式接触を開始。彼らがどこまで事態を把握しているかを探りなさい」
「財務省は、市場の異常反応に備え、金、レアメタル、希少資源、アート市場、そして暗号資産の動きの監視を最高レベルに引き上げて」
「国防省。ロシア、中国、および第三国の特殊部隊が英国に入国する兆候を徹底的に追跡しなさい」
ヘイズの矢継ぎ早の指示に、各長官が力強く頷く。
「アルファ。セレスティアル・ウォッチは、独自のエージェントをサザビーズ周辺へ投入して。……必要なら、オークション成立前に『封印作戦』を実行する権限を与えるわ」
「了解した」
アルファは短く応じる。
「方針としては」
ヘイズは、全体のストラテジーを再確認する。
「まず確認。次に封じ込め。最後に、取得。……ただし、表向きは合法のオークションとして尊重する姿勢を崩さない。アメリカが真っ先にルールを破る『強奪者』に見えることだけは、絶対に避けるのよ」
「妥当な判断です」
アルファが同意した。
「……ところで、大統領」
CIA長官が、ふと口を挟んだ。
「今回、この極めて重大な情報を、日本がかなり早い段階で我々に共有してきたことについてですが」
「ええ」
ヘイズは頷いた。
「これは、日本側からの『信頼関係の維持』を意識した、高度な外交的メッセージね。彼らは与那国を公開して独立をアピールした一方で、アメリカとの完全な決裂は望んでいない」
「こちらも返礼として、一定のインテリジェンスを日本と共有すべきです」
国務長官が提案する。
「当然ね」
ヘイズは、ためらうことなく言った。
「日本は今回、敵としてではなく、アメリカにとっての有能な『警報装置』として機能してくれた。同盟国が鳴らしてくれた警報を、無視して独り占めしてはいけないわ」
「ただし、大統領」
アルファが、冷水を浴びせるように言う。
「日本もまた、この遺言に強い関心を持っています。彼らもまた、サザビーズの買い手、あるいは回収者としてロンドンに現れる可能性があります」
「分かっているわ」
ヘイズの目に、したたかな政治家の色が浮かぶ。
「でも今回は、日本を出し抜くより、適度に連携して他国(中露)を牽制する方がいい。……使える手札は、うまく使うのよ」
この瞬間の判断により、アメリカと日本による、アシュワース卿の遺産を巡る「一時的な情報協調」が成立した。
「……大統領」
会議が終了に向かおうとした時。
アルファが、さらに一段深く、不穏な可能性を示唆した。
「もう一つ、懸念すべき問題があります」
「まだあるの?」
ヘイズが、疲れ切った顔で画面を見る。
「アシュワース卿は、自分のコレクションの自慢話を好む人物ではありましたが……決して、愚かではありませんでした」
アルファは、ライバルであった男の底知れなさを語る。
「彼が、本当に世界経済を崩壊させかねない危険な品を、サザビーズという表舞台に出すとすれば。
……それは、ただ金を稼ぐため(売るため)ではありません」
「目的がある、と?」
「はい」
アルファの瞳が、漆黒の深淵のように暗くなる。
「彼は死後に、自分のコレクションを世界へと散らすことで……意図的に『何か』を起動させようとしている可能性があります」
「あるいは」
ケンドール博士が、科学者の視点から恐ろしい推測を付け加えた。
「誰がそれに群がり、誰がそれを欲しがるかを、死後に高みから見極めるための……巨大な『罠』かもしれません」
「死後のオークションを使った、世界規模の選別……?」
CIA長官が、背筋を凍らせて呟く。
「十分、あり得ます」
アルファは、静かに肯定した。
「……最悪ね」
ヘイズは、深くため息をつき、頭を抱えた。
「いいえ、大統領」
アルファは、最後に、最も残酷な真理を突きつけた。
「最悪なのは、その出品物が『本物だった』場合ではありません」
アルファの声が、地下会議室に響き渡る。
「最悪なのは……世界中が、それが【本物かもしれない】と信じたまま、血みどろの競りが始まってしまうことです」
一週間後。ロンドンで開かれるはずのオークションは、もはや美術品や骨董品を取引するただの競売ではない。
それは、人類が初めて、自分たちが信じてきた【価値そのもの】に値段をつけようとする、極めて危険で、狂気に満ちた儀式になろうとしていた。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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