オルブレイア
俺たち調査隊、改め、リーセル一行は最後尾の重い足取りに足を引っ張られながら、目的地であるオルブレイアの里へと向かっていた。
「……やっぱ、帰ろうぜ」
「まだ言ってんのかよ。なんために鍛えたと思ってんだよ」
「わあったよ」
この三日、休憩時に権能の扱いについて説き、それと並行して対人戦闘の経験を積ませてきた。
タルカスはプレイヤーの格付けで言うと、中堅上位の実力を持っている。この世界の住人の中ではかなり強い方だ。
タルカスなら、一騎打ちに負けることはないはずだ。
「シエルはオルブレイアに行った事あるんだよな。どんなところだった?」
ゲームでは数回訪れたことはあるけど、こっちでは初めてだ。少しは情報が欲しい。
「野蛮」
「お前が言うな」
シエルに聞いたことが間違いだった。
そう思いながらリーセルに目配せする。
「私が知っているのは外壁だけ、最後に中に入ったのも二百年前だし……結構様変わりしてると思うから、わからないと言った方がいいかな」
「二百年前って言ったら、魔王討伐の旅の途中か……。一回入れたんなら、出入りできても良いと思うんだけどな」
「二百年もあれば何度も代替わりするからね。私の事知っている人なんて誰もいないよ」
「……なんか寂しいな。それ」
二百年の寂しさなんて分かりようがない。
そもそもリーセルは二千年を生きる長命種だ。何度別れを繰り返したのやら……。
「ここまで生きると慣れたものだよ。私の方も大抵忘れるしね。まあ、ハルの事を忘れる頃はないだろうけど」
「俺って言うより、この先の体験だろ」
黙示録なんて言う一回こっきりの体験。流石に忘れようにもないだろう。
「オルブレイアは、その足掛かり。頼んだぞ。タルカス」
「はあ……歴史の登場人物になるかもしれねえってのは、どうにもこっぱずかしいな」
タルカスや、風脚の皆には黙示録について話せる分だけ話しておいた。
ここまで連れてきて、何も教えないって言うのは不誠実だと、リーセルと話し合った結果だ。
「いいじゃねえか!俺は最高の狙撃手として載るんじゃね?」
ホメロスは、調子よく銃を撃つ仕草をした。
「最高の狙撃手は俺の仲間だ」
「ああ……そりゃそうか……」
皆に笑われながら、ホメロスは肩を落とす。
こうして旅するのは悪くない。……あの頃を思い出すようで、少し寂しさはあるけど、それもあと少しの辛抱だと思えば気が楽になる。
「そこの一行。止まれ」
「来たね」
誰かがこそこそと様子見をしていたのは、わかっていた。
盗賊や野党の類ではない。この危険地帯を縄張りにする馬鹿はいない。居たとしても数日で淘汰されるだろう。
だから、この声は。
「オルブレイア監視部のフルジスだ。身元を証明できるものを確認させてもらう」
左胸に書かれた、オルブレイアの族紋を親指で叩きながら、半亜人の男性が声をかけてきた。
族紋は部族の誇り。偽造すればこの森に居場所はない。この人物が真にオルブレイア人間であることの証明だ。
「特級傭兵、特級魔術師、リーセル」
「一級傭兵パーティー、風脚」
「見習い傭兵、ハル」
順に身分証を確認していき、シエルの番になったのだが……。
「これの見張りは?」
特級傭兵をこれ呼ばわり。出禁の人間に対する扱いが雑過ぎる。
「私……と言っておきたいところだけど、ハルに頼もうかな」
「ハル…この子供が?」
「言っておくけど、その子タルカスを瞬殺できるから」
それを聞いた、フルジスの耳が一瞬ピクリと動いた。
「良いだろう。力の場へ案内する。ついてこい」
正直、子供だと舐められるかと思ったけど、流石のオルブレイア、徹底的な実力主義だ。
助かったとタルカスの顔を見ると、なんとも言えない表情をしていた。何かわだかまりのありそうな……そんな感じだ。
なんとなく、帰りたくないといった理由がわかってきた気がする。
フルジアについていくと、少しずつ外壁……「神樹の守護壁」が見えてきた。
この壁は里丸々一つを囲う高さ二十メートルの木で出来た壁だ。
木と言っても名前通りただの木じゃない。「不壊」の概念が付与された、人類を見守る神代の存在だ。
「久しぶりに来たな。ここ」
案内された終着点。鬱蒼とした大森林で、唯一、草一本生えていない天然の土俵。
「力の場」。里へ入るための見極めが行われる、決闘の場だ。
「この場の概要と決闘の掟は」
「大丈夫。何度も来ているからね」
フルジスは小さく頷き、指笛を三回鳴らす。挑戦者を知らせる合図だ。ゲームの仕様もこうだった。
しかし、指笛はもう一度鳴らされた。それもさっきより大きく、そして息が切れるほどに長い。
「見極めの”鳴らし”は三回じゃなかったっけ?」
「今回は特殊だ。……てっきり理解していると思っていたが?」
「ああ、わかっている」
リーセルの問いにフルジスが答え、フルジスの問いにタルカスが答える。
途端タルカスの雰囲気が変わった。
「離れろ」
タルカスの呟きに合わせ、風脚の全員がタルカスの側から距離をとる。
それと同時に、タルカスとうり二つの亜人が、タルカスの胸元目掛けて拳を突きたてた。音速を超えた拳と腕が衝突し、少し遅れて衝撃波が、周囲を震わせる。
鼓膜に走った振動のせいで、少し立ち眩みしてしまった。
「随分な挨拶じゃねえか!愚兄!!」
「こっちの台詞だ。決闘前の攻撃は掟破りで追放刑だぞ」
「兄弟喧嘩に決闘もクソもねえだろうが愚兄!」
現れたのは、オレンジの毛並みをした、野蛮で野性的なタルカスを兄と呼ぶ、男の亜人だ。
瓜二つだけど、タルカスとは違い、タテガミが手入れされているとは思えないくらい荒ぶっている。
「はは!!子分連れて里帰りったあ、随分情けなくなっちまったなあ。愚兄」
「こいつらは子分じゃねえ。仲間と雇い主だ」
いつものサラに御される、タルカスの面影がどこにもない。まさに一等級パーティーの団長を務める長の面構えだ。
「仲間だあ?……げ!破壊の化身!おめえ出禁っつったろ!何連れてきてんだあ!愚兄!」
そう言って、シエルを指差す。破壊の化身……そこまで言われるほどの事をしたのかお前。
「ったっく……まあいい。バケモンが見てんなら問題ねえ。お前さん、しっかり見といてくれよお?」
頭をぼりぼり掻きながら、片目で俺の事を見る。……バケモンってなんだよ。シャンズ以来だぞそんなこと言われたの。
「はあー……。うし。俺あ、オルブレイアが次期族長候補、力の場が主、グルカスだ」
名乗りを上げたグルカスという亜人は、左胸にある族紋とその下にある、二つの紋章を叩く。
「ね、私には無理でしょ?」
「ね、じゃねえよ。つか名乗りくらいちゃんと聞け」
……確かに、あの速さだと魔術を展開する前に殴り飛ばされて終わりだ。
しかし、ここまで強くはなかったはずだけど……かなりナーフされてたってことか。
「んでえ?代表は誰だ?そこのバケモンとは正直やりたくねえが……やるってんなら逃げやねえぜ」
そう言いながら、瞳だけ動かし俺のことを見る。
「流石部族一の戦士だ。誇りは捨てないと……」
「おん?わかってんじゃねえか!」
グルカスはがははと口を開けて大笑いした。
「ま、相手は俺じゃない。安心しろ」
「そうか!そうか!そりゃ命拾いした!んじゃ、誰だ?破壊の化身は出禁だ。だが、代表としてやるんなら話は別。やるなら相手すんぜえ」
シエルに睨みを聞かせながら挑発するけど、当人は全く気にせず、俺の方を見ている。まるで指示待ちの忠犬だ。
「代表は俺だ」
「ああん?愚兄が代表だあ?何の冗談だっつの」
「冗談じゃねえ。俺がやるってんだ」
タルカスは一歩前に出て、グルカスの目前に立つ。
「っは!挑戦者は拒まねえ!それが決闘の掟。死んでも文句言ううんじゃねえぞ。愚兄?」
「ごちゃごちゃうるせえ。さっさと準備しろ」
グルカスは唾を吐き捨て、力の場の中心へと歩いていく、タルカスもそれに続く。
「タルカスの雰囲気。いつもと違うな」
「決闘は死ぬか敗北を認めるまで続くからね。それに、これはただの決闘で終わらない。グルカスはタルカスを殺す気でかかってくるはずだ」
リーセルは、それがさぞ当たり前というように、淡々と語る。
「タルカス――オルブレイア族が直系。族長の第一子。元次期族長候補筆頭。元力の場が主。タルカス・オルブレイア……それを自ら手放し、里を抜けたタルカスの業……グルカスは族長候補として、この場でタルカスを罰しなければいけない」
「…………」
察してはいた。契約書に書かれた本名を見た時に――でも確信はなかったし、そこまでの業を背負っているとは思っていなかった。
どおりで、帰りたがらなかったわけだ。
でも、今日それを清算しに戻った。
それをみんなが望んで、タルカスは嫌々ながらも、ここまで足を進め、その舞台に立った――
「…………初めから教えてくれよ。俺だけのけ者じゃねえか」
「聞かれなかったからね。それにこれは言いふらすようなことじゃないでしょ」
そんな風に言われたら、引くしかない。
まだ出会って一か月経ってない。だけど、共に笑って、飯を食べて、技を教えた仲間であることに変わりはない。
そんな奴が死闘をするというのに、見ているだけなんて歯がゆいにも程がある。
「タルカスは元より、負けるつもりであの場所に立ったわけじゃない。私たちはただ見届けるだけ。ハルはタルカスに技を与えたんでしょ?自分の弟子を信じてあげなよ。それとも、タルカスが負けると?」
リーセルは挑発するように俺を見る。
タルカスが負ける?
そんなこと万が一も無い。
それに――
「信じるよ。どうせなら、自分の弟子が最善の手を打つこともな」
そう、この勝負には最善の手がある。
打つべき手がある。
打たなきゃいけない手がある。
俺は今、それを感じ取った。
「タルカス!死んだら俺が骨拾ってやる!存分にやれ!」
「やっちまえ!団長!」
俺たちの野次を聞いて、タルカスは口角を上げて牙を見せ、双剣を抜く。
「お願い……」
サラはそう言いながら、両手を組み女神に祈る。
バンジョウは信じて仁王立ちをし、ルークスはサラとはまた別の祈りを捧げている。
そして、アルシュは俺の肘を強くつかんだ。深く被ったフードで顔は見えない。
「だ、大丈夫ですよね。団長、大丈夫ですよね」
「心配すんな。俺の弟子で弱い奴は一人もいない」
アルシュの震えるを強く握る。握り返してきたその手は、弱弱しく、酷く冷え切っていた。
「見合い!!」
決闘の監督役が力強く叫ぶ。
「力の場が主!グルカス・オルブレイア!」
「挑み通るが、タルカス・オルブレイア!」
両者口上を叫び、構えを取り、睨み合う――
「部族の誇り、挑者が望み。我ら神樹の誓いに法り、決闘を承認する。始まりの笛。鳴らせ、よーし!」
監督役の宣言から一拍置いて、指が唇に近づき――
『ピイイイイイイイイイイーーーーーーーー』
笛が鳴らされ、決闘が幕を上げた――




