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七番目の黙示録  作者: 凛月
第三章・忌むべき邂逅
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兄弟喧嘩

ST.954 『シャンデラ大陸・メリア神聖国・フルフレイヤ大森林・オルブレイア』


 決闘開始の指笛が鳴り響き、先に動いたのは、一瞬の差でタルカスだった。


「――――!!」


 対人戦闘における、軽装双剣士の定石――初手、膝下までかがんだ状態で距離を縮め、下段の斬り上げと中断の横斬り……教えた通りにできている。

 タルカスのスピードがあれば、並の相手なら、太腿が裂かれるか、腹に致命傷が入り、戦闘不能になる。


「ま、そう簡単にはいかないよな」


 グルカスはそれを読み、振り抜かれる前に剣の柄を手のひらで抑えて攻撃を止め、そこに出来た間に膝蹴りを入れた。


「はは!そんなんじゃ負けてやらねえぜ!愚兄!」

「――――」


 剣の柄事、両腕を弾かれたタルカスの隙を付き、腰を入れ拳を突きたてるグルカス――


「んな!」


 完全に直撃したと思われた拳は、タルカスの身体をすり抜けた。


 タルカスに与えられた権能、『幻体複製』――

 その真価は、複製される幻体の数ではなく、どれだけ幻体が実態だと錯覚させられるかで発揮される。


「――――」

「ぐっ!」


 両腕を弾かれた時までのタルカスは、実態だった。

 しかし、タルカスは瞬時に幻体を生み出し、拳が付きつけられる頃には既にグルカスの左斜め下に位置を追っていた。

 目で捉えられない速度で動けるタルカスに出来る小技だ。


 タルカスの踏ん張りの効いた下段からの切り上げに、グルカスの対応はやや遅れ、左腹に切り傷を負う。


「っち。致命傷には程遠いか」

「小手先ばかり器用になりやがって……戦士の矜持を忘れたか愚兄!」

「……俺はもう里の戦士じゃねえ」


 俺が教えた一つ目の初見殺しの小技が見抜かれた後は、どれだけタルカスが二つ目に持っていけるかが勝負だ。二つ目が決まるか決まらないかで、勝敗はほとんど決すると言っていい。


「……団長」

「アルシュ、大丈夫だ。手数の多さではタルカスが優位なんだ。あともう少しで、アレが決まる」


 俺の手を握るアルシュの冷たい手が一層に強くなる。


「……で、でも。あの人、ま、魔術使いですよね?」

「――――」


 それは俺もわかっている。グルカスが腰に巻いているベルトの宝石――あれは触媒だ。


「ど、どんな魔術を使うかも、わからない状態で、ほ、本当に団長は……」

「心配するな。タルカスを信じろ。それに、相手は実の弟だ。どんな魔術を使うかは見当がついているはず」


 それに、タルカスはこの三日間、リーセルの魔術と俺の体術の組み合わせで、相当ボコボコにされている。多少イレギュラーがあったとしても、勘で対応できるはずだ。


「オルブレイアに魔術師が入ることはほとんどない。オルブレイアが里を出ることもほとんどない。魔術の練度はお粗末といってもいい。使えたとしても初級程度の属性魔術だね。まあ、危惧すべきとするなら、強化の魔術かな」


 リーセルは、トランクに腰を落ち着かせながら、両手で頬杖をついている。


「確かにあの膂力で強化を使えるとしたら、馬鹿力なんてもんじゃないだろうな」


 リーセルと共に行く末を見守りながら、観察していると、突然シエルが口を開いた。


「グルカスは強化の魔術しか使えないよ」

「お前……それ最初から言えよ」

「聞かれなかったから。タルカスもわかってるし」


 だけど、それなら魔術の心配は無くなった。どの程度強化出来ようと、俺の身体強化に勝ることは無い。


「ちょっとは、安心できたか?」


 そうアルシュに言葉をかけると、小さく頷き、手を握る力も少し緩くなった。


「おっと。そろそろだ」


 権能を使い翻弄し続けるタルカスに、グルカスが対応し始めた。


「うっとおしいなあおい!」


 実体と幻体の区別がつき始め、幻体を無視し始めたグルカス。

 オルブレイアの亜人は鼻がいい。幻体に匂いが無いのを察したのだろう。

 しかし、こうなることは百も承知。ここで二つ目の小技が発揮される。

 タルカスは腰に巻いてあったポーチから、小袋を取り出し、その中身をグルカスに向かってまき散らした。


「う!なんだこりゃ!くっせええ!何しやがった!」

「――――」


 小技……と言ってもただの匂い袋だ。激臭のする植物から抽出した成分を粉末状に加工した物が入っている。三日は匂いが取れないから、その間、誰も二人の周りには近づかないだろう。

 鼻が慣れたところに、匂い袋。そして、少し細工をした最大数の幻体での同時攻撃。それが二つ目の初見殺し。


「――――」

「は!鼻がねえからって調子づいてんじゃねえぞ愚兄!」


 四体のタルカスが、同時にグルカスを襲う。しかし、確率は四分の一。もし山勘が働き実体を防御されたらお終い。

 だからこそ、保険をかけた。

 ”三体の武器を持たないタルカス”と”一体の武器を持ったタルカス”。

 そのどれが偽物であるか、グルカスに一瞬の迷いが生じる。

 そこを突く――



 ハズだった。




「やめだ。やめ」


 そう言って、タルカスは双剣を鞘に納め、それを装備するためのベルトを外した。


「なんのつもりだあ?愚兄」

「決闘の中断を求める」

「中断だあ?降参の間違いじゃねえのか?」

「うるせえ。黙って待ってろ」


 そう言って、タルカスは俺たちの待つ方へ歩み寄ってきた。激臭を伴って――


「臭うから止まって……」


 リーセルは鼻を摘みながら、虚空から杖を出し地面を二回叩く。タルカスの足元に魔術陣が出現し、その直後、激臭が嘘のように消え去った。


「グルカス!匂い消しだ!」

「ったく、自分からまいた種だろうが愚兄……掟に従い、一時外部干渉を認める」


 同じようにグルカスの真下に魔術陣が出現した。


「……皆。すまん」

「どうしたんだ?」


 タルカスは、装備をサラに渡しながら、言葉を続ける。


「付き合わせちゃ悪いが、こっから先は、俺の我儘だ」


 そう言って、タルカスは俺たちに頭を下げた。


「俺がここに戻ったのは、けじめをつけるためだ。何も言わず出て行った俺の罪を、償う機会を族長に求めるためだ。だから、頼む。俺のやり方で……俺たちのやり方でやらせてくれ」


 ――それは、俺が教えた小手先の技術で、決闘に勝ったところで拭う事はできない。

 何を持って、タルカスがこの場に立ったのか、俺はそれを知って、全ての考えを変えていた。

 打つべき最善の手がなんなのか――。


「俺は力の場の掟じゃなくて、俺の誇りを……風脚の矜持を誇りに持って、この決闘に勝たなきゃいけねえ。意味がねえんだ。」


 ここに立つと決めたタルカスの覚悟。己が誇りを証明し、勝利する。

 この場における最善は、タルカスが自身で、答えを出す事だった。


「団長……」


 サラは、タルカスの決意を聞き、あふれそうになる涙を必死に、押しとどめている。

 タルカスの答えを否定する人など、誰もいない。

 この信頼こそ、タルカスが真に抱く誇りなんだ。


「らしくねえな。頭下げるなんてみっともねえいだだだ、いってええなあ!」

「団長の覚悟を、冗談でも茶化すな」

「はあ……団長がさっさと答えを出すように祈った甲斐がありました」


 ルークス……生死じゃなくてそっちを祈ってたのか……。


「んじゃ、行ってくる。ハル、すまんかったな」

「いや、俺の方こそ余計なことした。存分にやってこい」

「おうよ」


 俺たちに背を向け、再び戻って行くタルカスを、シエルがそっと引き留め、何か耳打ちをした。


「気にすんな。俺が決めたことだ」


 何のことかだかさっぱりわからない。だけど、これは俺が知る事ではないだろう。

 今はただ、この決意の行く末を見守るだけだ。


「おう愚兄。さよならでも言いに行ったのか?知ったこっちゃねえが――」

「お前はちいせえ頃から、グチグチうるせえんだよ。戦士なら黙ってやりあおうぜ。俺たちのやりかたでなあ!!!」


 そう言ってタルカスは両の拳をぶつけ、グルカスを挑発する。


「……んだあ愚兄。ちったあ残してんじゃねえかよお。おい……わかってんじゃねえか!覚えてんじゃねえか!んだったら、こっからは俺たちらしく、黙って真拳勝負としゃれこもうぜ!!んなあ!愚兄!!」


 グルカスは啖呵を切り、術具であるベルトを引きちぎって、監督役に向かって雑に放り投げた。


「再開の合図んもんいらねえよなあ!愚兄!」

「そんなもん昔からねぇだろが!」


 監督官は困りながらも、形だけの再開の笛を弱弱しく鳴らす。




「おらあグルカス!オルブレイアが最強の戦士!!」

「俺はタルカス!風脚の団長!ただの傭兵だ!!」




 そうして、ただ名乗りを上げた、形だけの決闘――二人の兄弟喧嘩が始まった。


「……ホントにいいのか。これ」

「いいんじゃない?一対一に変わりはないし」

「そうはいってもさ」


 今行われているのは、ただの拳と拳の殴り合い。決闘だというのに、二人とも笑みを浮かべている。


「二人とも楽しそう」


 シエルは懐かしむように、微笑みながら、男と男の殴り合いを見ている。

 風脚の皆は付き物が落ちたように、地面にへたり込んでいる。


「アルシュは座らなくていいのか?」

「べ、ベべ、別に、いい」

「そうか?」


 握った手もそのままだ。しかし、さっきと違って暖かい。アルシュも緊張が解れたみたいだ。

 ……そういえば距離が近い。いつの間にか心を開いてくれていたようだ。嬉しい。


「なんにせよ、死闘ってわけじゃなくなってよかった。よかった」


 ただ一つ危惧していたのは、タルカスが死亡する万が一の可能性。タルカスがいなくなれば、おそらく今の風脚は、音を立てて瓦解する。

 タルカスに次ぐ、団長候補がいないのがいけない。

 サラは副長とはいえ、あくまで補佐。タルカスのようなカリスマ性が無い。

 ……まあ、俺にはどうにもできないことなんだけど。


「そろそろ、終わる」


 シエルが、何かに気付いたようで小さくつぶやいた。


「終わる?まだ、元気に殴り合ってるけど?」

「決闘が無効になるって事だよ」


 リーセルも腰を上げてトランクケースを持った。

 風脚の皆はどういう意味か分かりかねているみたいだ。


「どうやら、私の知り合いがまだ生きていたみたい」


 リーセルはそう言って、壁の上を見上げる。

 そこには亜人が立っていた。

 亜人はこちらに気付くや否や、軽く壁を一蹴りし、俺たちの前に着地した。


「お久しゅうございます。リーセル様」

「……まさか、勇者に魔物の糞を投げつけていたクソガキが族長になっていたとはね」

「もう半分隠居した身ですがね」


 タルカスの家系であることは間違いない……けど、毛むくじゃらすぎて、ほとんど目が見えない。辛うじて見えるのは鼻だけだ。

 長命ではない亜人が二百年前から生きている……?少し妙だけど、今はそれどころじゃない。


「それで、この決闘の収拾はどうつける?」

「無効ですな。兄弟喧嘩を決闘とするのは、些か神樹(セフィール)様に示しが尽きませぬ。そうですな……あの二人を止めていただけるのでしたら、リーセル様に免じて、一行を里へお迎えしましょうぞ」


 リーセルは一度入ったことがあるから、顔が効く……長命種を味方にするってのは、かなり頼りになるな。

 さて、こちらに気付きもせず、延々と殴り合っているあいつらをどうするか。順当に行けばリーセルがやるんだろうけど……。


「せっかくだし、ハルが二人を止めてきなよ」

「やっぱ、そうなるか……」

「族長に実力を示しておくと、後々便利だし」

「その必要はなさそうですがな。ほほほ」


 この人もグルカスと同じ類か。老いてなお、オルブレイアの戦士に変わりはない。普通に考えると怖いんだよな、この部族。


「一応決闘は続いてるから、第三者の介入は掟破りですよね」

「うむ、勤勉、勤勉。しかし、心配いらぬ。その胸の証があるのなら、神樹様から許しがでようよ」

「なるほど」


 なるほど。長命種ではないにもかかわらず、長生きしている理由がわかった。


「それじゃ、行ってくるけど……どれくらいの力で殴ればいい?」

「壁が壊れないくらいでいいとおもうよ」

「それ、遠回りに殺してもかまわないって言ってるようなもんだぞ」

「じゃあ、魔術は使わずに」

「はいよ」


 とりあえず、一撃でさっさと終わらせよう。

 気絶させた方が、あとあと楽できそうだし……まあ、三割ちょっとでいけるかな。

 そう思いつつ、力の場に踏み入れた瞬間、グルカスが急にタルカスから距離をとった。


「おい!おめえ、なんで入ってこれてんだ!どういうことだ!愚弟!」

「はは、どうやらじいちゃんと、神樹様から許しが出たみたいだぜ。ちょいと遊びすぎたみたいだ」


 タルカスは、ぐったりと肩を落とし、グルカスは慌てふためいている。


「ま、ちょっと気絶するくらいだ。甘んじて受け入れ――」


 俺はタルカスの言葉を待たず、軽く身体強化を使い、みぞおちに掌底をお見舞いした。

 ……あの様子じゃ、自分は殴られないと思い込んでたみたいだ。南無南無。


「まず一人っと。んじゃ次、あんたね」

「ぬぐう!!殴られる前になぐりゃ――」


 グルカスは、一矢報いようと襲い掛かってきた。まあ、勿論関係ない。

 二人仲良く、手を繋いで気絶させたところで、俺の仕事は終わった。


「……待てよ。タルカスの誇り、どうしよ。全く考えてなかった……」

「そこは心配せずともよい。この場に立った時、皆許しておる」

「え?」


 族長が見上げた先、壁の上に、さっきまでなかった隙間なく埋め尽くすほどの人影が、こちらを覗いていた。


「皆、タルカスが戻ったことを伝える長笛を聞いて集まった者たち。例え誇りを落とそうとも、部族一の実力者であったことに変わりはない。待ちわびておったのだ。わしもその一人よ」


 あの長笛にそういう意図があったのか。

 しかし、この調子なら、タルカスが罵られることは無いだろうし、一件落着という事でいいだろう。


「……なんだよ、揃いも揃ってその顔。傷つくんだけど」


 後ろを振り返ると、風脚の皆が引き気味で俺の事を見ていた。


「いや、ちっとはサラの気持ちを汲んでやれよ」

「あ。ごめん」

「ふふ。気にしないで。あの人もこれで地に足ついたでしょうから」


 そう言って、笑うサラの目元は赤い。その分、タルカスの事を心から想っていたんだろう。

 これはあれだな。里に入ったら二人きりにしてあげよう。

 そう誓って、俺たちはオルブレイアに足を踏み入れた。



 兄弟は勿論、シエルが引きずって連れてきた。

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