幕間「大森林へ」
ST.954 『シャンデラ大陸・メリア神聖国・フルフレイヤ大森林近郊』
フルフレイヤ大森林は、緑豊かで希少生物の楽園と言えば聞こえはいいけど、その実、原始時代から棲息する魔物の巣窟だ。大陸の三割を占めるそれ、その生態系を、人類はまだ一割も解明できていない。
ゲーム時代でもそうだ。探検を主に活動するギルドが存在するくらい、未知に包まれている。
しかし、このエルフに只人の常識は通用しない。リーセルは、これまでの調査をもとに、独自の地図を作成していた。
「この地図、組合に共有したら、大分儲かるんじゃないか……?」
「私は金儲けに興味はないよ。それに下手に出回って、生態系を無茶苦茶にされるのは避けたい。魔物は今や絶滅危惧種なんだ。触媒となるモノを持っているから、密猟者も後を絶たない……そういう意味でも、この大森林は謎に包まれていた方が、都合がいいんだよ」
「それもそうか」
ゲーム時代でも、いくらか狩りつくされた種がいた。まあ、密猟なんて言葉は出てこなかったけど。
「さて、今回調査する範囲だけど……」
リーセルはそう言いながら、いくつもの印が付けられた地図の一部分を指でなぞる。
「大陸北東部――まだ未開の地だ。と言っても、私が入った事がないだけなんだけど」
「亜人の縄張りか……」
大森林には原住種族が存在する。その大半が亜人だ。
「この地域を統治しているのは、オルブレイアって言う厄介な部族。この前調査の交渉に行ったんだけど、門前払いされちゃった」
「オルブレイアは何よりも力と誇りを重んじるからな……認められるには一騎打ちの決闘で勝たないといけないんだっけ」
リーセルは、その通りと頷いた。
ゲームでもそうだった。部族と友好な関係を結ぶには、部族一の戦士と決闘して勝たないといけない。
オルブレイアでは、特殊な戦闘訓練が受けられるから、大体のプレイヤーが挑戦していた。難易度が鬼高だったのは、言うまでもない。
「魔術師の私じゃ、一騎打ちで近接特化の彼らには勝てない。かと言って、力づくで押し通って遺恨を残すのは避けたい」
リーセルが最大火力の魔術を使えば、あたり一帯を更地にすることは容易なこと……でも、そんなことしたら国から指名手配されるのは目に見えている。
リーセルに理性があってよかった。
「だから、勝てる見込みのある風脚に依頼したって訳か」
一級の傭兵であるタルカスなら、勝つ見込みは十二分にある。手合わせの感触的にも、負けることは無いはずだ。
「ま、でも、決闘はシエルでいいだろ。相手にすらならないだろうし」
「それは多分無理」
話を聞いていたシエルが、小さく呟いた。
勝てない――ってことは、絶対にないはずなんだけど……。
「それはどうしてだ?」
「私、出禁にされてるから」
「――――」
衝撃の事実に、その場の空気がシンっと静まり帰った。
「お前、なにしたんだよ……」
「決闘の余波で、集落を半壊させちゃった」
させちゃった、なんて可愛いものじゃねえ……。
一騎打ちは真剣勝負。降参のルールはあるにしろ、本来は生死不問の殺し合いだ。
だからこそ、ルールを聞いた時点で、シエルが本気を出すことは確実だ。制止する人間がいれば、手加減は出来ただろうけど……。
「こっちの代表はタルカスで決まりだな……」
「ハルじゃだめなの?」
「俺でもいいんだけど、集団の場合、相手を決めるのはあっち側だからな。俺は子供だから相手にされねえよ」
オルブレイアの戦士としての誇り――。
集団の中から、子供を決闘の場に引きずる込む事は絶対にしない。
「……ハルが一番強いのに」
「初見の相手に行っても信じないって。結局子供は舐められるんだ」
シエルは、武器を抱きかかえ、拗ねた風に身を縮こまらせる。
誓約の証によって、今の俺とシエルは主従関係に近い。主人が下手に見られるのが、シエルは良しとしないのだろう。
「それに、俺はリーセルと同じ魔術師だからな。戦士と戦うのは分が悪い」
それを聞いて、タルカスは「よく言うぜ」と笑いながら、俺の頭を髪が荒れ狂うほどに強く撫でる。
「俺の事をボコボコにしておいて、なあにが分が悪いだこの野郎」
「禿げる禿げる……」
タルカスは、手を離し真剣な眼差しで地図を見た。
「万が一があった時は、頼むぜ」
死亡フラグを地面に突き立てながら、タルカスは俺の肩をポンと叩く。
「不気味なこと言うなよ。……勝つ自信ないのか?」
「どうだろうな。……オルブレイアは魔獣がひしめく大森林で、普通に生活してる戦闘民族だぜ?あいつらの戦闘経験と比べちゃ、一級の傭兵資格なんた、下らねえ飾りもんだ。マジで強い奴は、肩書なんていらねえんだよ」
いつも強気なタルカスが、自身の実力に疑念を抱いている……。確かにオルブレイアは強者ぞろいだ。だけど、タルカスがいつもの調子なら確実に勝てるはずだ。
大森林育ちの部族と言えど、その戦闘能力は対魔獣に特化したモノだ。決闘は一騎打ちの対人戦闘――対人経験のある傭兵に分がある。
「……自身が無いって言うんなら、『幻体複製』のちょっとした小技でも教えてやろうか?初見殺しなら、付け焼刃でも通用するだろ。タルカスが嫌って言うなら強制はしないけど」
「…………」
タルカスは眉間にしわを寄せ、押し黙る。
特筆すべき権能を持つ傭兵にとって、仲間以外に権能を露わにすることは良しとできない行為だ。権能は秘技のようなものであって、それを看破されれば、対人で手札をいくつも手放さなければいけない。
それゆえに、他人から権能について教えを乞うことは、弱点を一つ握られるのと同じようなものだ。
タルカスは、数秒悩んだ末に「よし」と覚悟を決めた表情で俺を見る。
「勝率が上がんなら、教えてくれ。今回に関しちゃ、俺が勝たねえことには始まらねえからな」
仲間と進むためなら何でもする……その気持ちは俺には痛い程よくわかる。これは、手加減なしに教えてやらないと。
「それに、俺は――…いや、何でもねえ」
何か言い淀んで、タルカスは呑み込んだ。やっぱり、何か思うところがあるんだろう。けど、それを無理に聞くほど俺は野暮じゃない。
俺とタルカスの話が終わったところで、リーセルが「それはいいけど」と言葉を続ける。
「集落に着くまで四日しかないけど、覚えられる?」
「教えるのは、元から権能に備わっている機能だからな。まだ、タルカスが扱いきれてないだけで、教えればすぐに使いこなせるはずだ………はずだ」
「煮え切らないね」
ゲームでの権能は、所謂、スキルツリーのようなもので表示されていた。
他のゲームと違うのは、覚えるのに必要なポイント類がなく、習得する順序も定められていないことだ。
一から順に使いこなしていくプレイヤーもいれば、一から飛んで百を使いこなすプレイヤーもいた。
スキルツリーはあくまで、”この権能はこういうことが出来る”という指標だ。
権能はまさに才能の世界と言える。
タルカスに教えるのは、その百にあたる部分……タルカスのセンスならすぐに使いこなせるはずだ。
「ま、物にできなくてもタルカスなら大丈夫だろ」
「信用されてんだか、貶されてんだか……しっかし、権能の授かり方も知らねえのに、扱い方はわかるってのはおかしな話だぜ。しかも、自分が持っていないモノときた。ま、聞いても師匠が~とかはぐらかすんだろうがよ」
「詮索しないでくれて助かるよ」
これまでの旅の途中、口が滑ったり、都合が悪いときは、師匠の名前を出してはぐらかしてきた。リーセルもいるから、どうにかこうにかなってきたけど……真実を話すべきかどうか、そろそろ考えないといけないな。
少なくとも、この件が界異のモノだと確定した時は必ず話そう。
「それじゃ、森に入ろうか。タルカス、皆を呼んで」
タルカスは、野営の片づけをしていた他の面々を呼びに向かう。その足取りはどこか重そうな雰囲気だ。
「ハル。あまり気にしないであげて」
タルカスにはタルカスの事情がある。そうリーセルは言い、地図を押し込んだトランクケースを持ちあげた。
「調査隊の目的は、あくまでアレと魔獣増加の関係の調査だ。それ以外にはあまり首を突っ込まないようにしなよ。人間関係のごたつきに巻き込まれるのはごめんだからね」
「わかってるつもりだ。でも、何かあった時、力になるくらいは許してくれ」
ほどほどに、と釘をさされながら、俺も硬い土に置いていた腰を上げ、術具である指輪が問題なく作動するかを確かめて、トランクケースを手に取った。




