馬車に揺られながら
風脚とシエルの顔合わせも終わり、俺たちは二組に分かれて馬車に乗り込み、レガリアを出た。
俺の方には、リーセル、タルカス、アルシュ、そして、シエルが乗っている。
「……ところでさ、何で、この組み合わせなんだ?」
組み合わせを決めたのは、リーセルだ。
「顔見知りの方が都合がいいからね」
「アルシュはそうでもないみたいだけど?」
彼女は、馬車の端の方で荷物に擬態している。
この様子だと、シエルとは初対面のようだけど……。
「一緒に調査するんだから、シエルに慣れて貰わないとでしょ?」
「サラとルーカスから引き離すのは、荒療治過ぎると思うけどな……」
はてさて、大森林近くに築かれた壁までの一週間で、アルシュはシエルに慣れることが出来るのか……。いや、慣れて貰わないと困るんだけど。
アルシュの事はわかった。
しかし、この組み合わせにはもう一つ問題がある。
「んで?タルカスは何で、そんなしかめっ面なんだよ」
シエルと顔を合わせて以来、ずっとこんな調子だ。
険悪――とまではいかないけど、傲慢でお調子者なタルカスが、ここまで口を開いていないのは、違和感しかない。
まるで拗ねた子供みたいだ。
「こいつは、俺の師匠で、風脚の初代団長だ。何も言わずに、急に消えたろくでなしだけどな」
「シエルが、団長……?マジで?」
出会ってまだ数時間しか経っていないけど、シエルに人をまとめる力が無いことは明白だ。
「五年だぞ。音沙汰もなし、足取りすらつかめねえ……俺をほっぽって出て行ったど阿呆が、何の前触れもなく現れたと思ったら、久しぶり、のたった一言……。謝罪の一つくらいしろってんだ」
うん、それは完全にシエルが悪いな。
それを聞いたシエルは、キョトンとした顔をしながら、首を傾げた。
「たったの五年で、どうして怒ってるの?」
「んな――!……はあ、そういや、こいつ長命種だったわ。最近リーセルの時間間隔知ってから、次会った時そんな感じなんだろうとは、思ってたけどよお」
長命種は、滅多に人里に姿を現さないという事は、ゲーム時代と変わりない。
しかし、リーセル曰く、彼らの時間の中では、結構な頻度で人里に下りていると感じているらしい。
シエルの五年は、俺たちにとって、半年そこらの感覚なんだろう。
「そっか、タルカスは寂しかったんだね」
「ン、んなわけあるかあ!」
タルカスは、照れ隠しと言わんばかりに声を荒げた。
三十路のおっさんでも、やっぱり寂しいという感情は持っているらしい。
「ごめん。私はまだ、人の時間には疎いから……」
「ったく……そんでも、出てくんなら一言くらい、言いやがれってんだ」
「それは無理だった」
「はあ?」
何言ってんだこいつ、とあきれ顔のタルカスに、シエルは衝撃の事実を突きつけた。
「だって、迷子になってるうちに、皆いなくなってたから」
「な……!あんときのメンバー全員、見捨てられたって嘆いてたんだぞ。まさか迷子とは……ったく、長命種のことを理解してなかった俺たちも悪かったってことか……確か、三か月しか待たなかったからな……」
三か月……。結構待った方だと思うけど、どんな迷い方してたんだ、シエル……。
「みんな、そのあとどうなったの?」
「自分の場所見つけて、抜けっていった。今頃、幸せに暮らしてんだろ。少なくとも、俺が団長になってから、死んだ奴は一人もいねえ」
「それは良かった。今の団員達もみんないい子そうで安心したよ」
「安心したよじゃねえっつの…………戻ってくるつもりはねえのか?」
「タルカスは知ってるでしょ?風脚は、「自分の足で、風のように自由な旅をする――」そういう目的で作った傭兵団。それがちゃんと受け継がれているのなら、私はもう必要ない」
「そうかよ。ま、戻ってこねえなら、今後書置きも挨拶もいらねえ。好きにしやがれ」
「うん」
タルカスはどこか誇らしげに笑う。
師匠に認められてるのが、どれだけ嬉しいことか、俺は知っている。だから、タルカスの気持ちがよくわかる。よかったな。
それにしても、風脚ってパーティー名にそんな由来があったとは……まあ、意味もない名づけなんてしないか。
……シエルならありえそうだけど…。
「すれ違いも解決できたみたいでよかった。いつ切り出そうか迷っていたけど、私の出番は必要なかったね」
「リーセルは知ってたのか?」
「伊達に二千年生きていないからね」
凄いでしょ、と無い胸を張るリーセルに、タルカスは「だったらさっさと言えってんだ」と言葉をこぼした。
「そう言えば、武器、変えたんだね」
タルカスの双剣を見て、シエルが口を開いた。
「ああ、俺の権能が発現してから、変えたんだ。大太刀と相性悪くてよ」
「もともと、大太刀使ってたのか」
「シエルが使える武器が、大太刀だけだったからな」
亜人のタルカスの膂力からすると、大太刀ならかなりの威力がでるだろう。だけど――
「俺に発現したのは『幻体複製』。この間見せた、自分の幻影を操る権能だ」
「溜めて大振りするより、手数が多くて、身軽な双剣を選んだって訳か。理にはかなってるな」
シエルが心なしか気落ちしているのは、やはり、弟子が別の武器を選んだからだろうな。
師匠は、魔術さえ使えば何も言ってこなさそうだ。
「…今更だと思うだけどさ、権能ってどうやって手に入れるんだ?」
「お前、義務教育受けてねえのか?」
「あはは。ずっと師匠の所にいたからさ。知識も偏ってんだ」
「まあ、原理はよくわかってねえらしい。ただ、わかってることは、唐突に頭に入ってくる事だけ。俺の時もそうだった。使いこなせるかは、使い手次第だ」
なるほど……そうなると、欲しいものを手に入れるってことはできないのか。ゲームと同じ権能が欲しかったけど、当てにしないほうが良さそうだ。
呪縛系とか、くだらない常時発動型の権能が発現しないことを願おう。
「ハルは持ってねえのか?」
「俺はまだだ。ここで持ってんのはタルカスとシエル……リーセルは持ってるのか?」
「私の権能は「月見」。月の満ち欠けがはっきり分かるものだ」
……くっそ外れじゃねえか。
「今、外れだと思ったでしょ」
「はは、そう固まんなって!外れだってのは周知の事実なんだからよ!」
タルカスは、そういって笑いながら俺の背を叩いた。
そして、口角を上げながら、「だがな、リーセルに関しちゃそうでもねえんだ」と言った。
「私が使う魔術は、月に関するものでね、この権能とかなり相性がいい」
「月に関する?」
「そ、月の満ち欠けによって、使える魔術や威力が変化するんだ。まだ権能が発現していない頃は、毎晩のように、夜空を見上げながら、目視で満ち欠けを観測していた……今では一目見るだけで、状態がわかるから、その必要もない。空いた時間を、魔術の勉強に費やすことが出来るようになったのは、僥倖も僥倖だったね」
リーセルはそう言いながら、夕日が落ち始め、姿を現した月を見た。
「人というのは、一方的に与えられるもので、成長するようにできていない。一見、どうって事のない権能でも、工夫や努力次第で化ける。権能至上主義の馬鹿げた国もあったけど、ことごとく時代の波に飲み込まれていったよ」
「弱者を切り捨てる馬鹿には、お誂え向きの結末だな」
リーセルの話に、タルカスは大きく頷き、そう言った。
「その点、風脚は、人間には珍しい、弱者として捨てられた人を救い上げようとする、大きな器を持っている。それを見込んで、今回調査隊への参加を依頼したんだ」
「はっ!そんな大層な大義持って活動してねえよ。俺はただ、可能性を秘めたやつを仲間に引き入れてるだけだ。弱えやつばっか引き入れてたらキリがねえ」
「それが人間らしくていいんだよ」
「……」
タルカスは恥ずかし気に頬杖をつき、団を結成したシエルは誇らしげにタルカスの事を見る。
三十路を超えたタルカスも、長命種の二人には敵わないらしい。実際子供のように見られている節がある。
俺の事をどう見ているのかは謎だけど……。
「…で、ハルは、どんな権能が欲しいんだ?」
タルカスは、自分から話をそらすように、俺へと注目を向けた。
権能か……。
「できれば、支援魔術に適した権能が欲しい。権能は魔力を消費しないから、汎用性の高い結界系が発現すれば御の字だ」
「そういや、ハルは攻撃魔術が使えねえんだったな。ん?だったら、攻撃系の権能を持った方がよくねえか?素手で俺をのすくれえ強えんだ。そこに権能が加われば戦術の幅が広がるだろ」
もっともらしい意見だ。
だけど、それは対魔獣までの話。俺が相手にするのはその先にいる化物だ。
「攻撃に関していえば、身体強化だけで何とかなるからな。今の俺なら、大型魔獣が何体来ようが、一人で相手できる」
「おま……俺との手合わせは全く本気じゃなかったってことかよ……」
「沈黙の弟子が、一級程度の傭兵に本気を出すわけないでしょ。その気になれば私の結界も壊せたんじゃない?」
「あれくらいなら物理的に可能だな。それ以上は、魔術を使わないと無理だ」
「あの結界を物理的にだと……」
タルカスの顔が青ざめていくのを感じる。まあ、毛で分かんないんだけど。
「ハルの得意な魔術は、なに?」
と、シエルが口を開いた。
そういえば、シエルは俺が戦ってるところ見たことないんだったな。レガリアまでの道中の話も知らない。
「強化の魔術だ。直接干渉は、今は、五人までしか強化出来ないけど、効果の方は期待してくれ。領域はかなり広めに展開できるから、領域外に出る事を心配しなくていい」
それを聞いて、シエルは眉を顰めた。
「……他人への魔術干渉は、危険。ハルが異様なことはわかるけど、その歳でそんなことできるとは思わない」
「それが、できんだよなあ。こいつ。全く底が知れねえ」
「十二年もの間、沈黙に師事していたんだ。それくらいできて当然だよ」
「沈黙?………もしかして、アルーダを消失させたっていう、リーセル様の知り合い?」
リーセルは小さく頷いた。アルーダ……師匠が吹き飛ばした山の名称だ。今はアルーダ山峡と呼ばれている。
「そ。……わかった。信じる」
「助かるよ」
シエルは、俺の胸のあたりを見て、納得した。
誓約の証のせいで、魔術的な嘘をつけないというのはデメリットに感じるけど、信用を得るには申し分ない。これをよく知る人物ならなおさらだ。
「でも、攻撃魔術が使えない……のは何故?」
「縛りだ。攻撃魔術――正確に言えば、”直接的に危害を加える魔術を使えなくなる”って言う縛りをかして、支援系統の魔術の性能を底上げしてる」
「…………」
シエルはそれを聞いて、フリーズした。
「な、なんかおかしなこと言ったか?」
「……よくわからなかった」
どの辺りが、と聞こうとしたら、
「シエルに難しい話をしても無駄だよ。この子は馬鹿……特殊だから、理解できない」
と、リーセルが言った。
「シエルが理解できるのは、自分に理のある事だけだ。混種である脳の変異なのか、先祖返りの影響なのか……とにかく、聞かせるんじゃなくて、教える。そうじゃないと、理解できないんだよ」
三百年程生きているにもかかわらず、何処か幼い雰囲気があるのはそれのせいか?
「難儀な奴だな、お前……」
「そこまで困ってないから大丈夫」
「それにしては、摺られてただけで、困り果ててたけどな。それに詰め所での態度も――…いや、そこまで落ち込まなくても」
シエルは、がくんと肩を落とし、俯いている。
恥ずかしかったのか、自分の不甲斐なさに落胆しているのか……。
「まあ、シエルはそれ抜きで考えても、世界でも屈指の実力者だ。それは私は保証する」
「だな。こいつ以上となると、アルヴァンの大統領、円卓所属の剣士、放浪者……剣士だけならそれくらいじゃねえか?実際見たことねえけど」
アルヴァンの大統領、円卓、放浪者。全部ゲームに出てくる強NPCだ。一対一での勝率は六割と言ったところか……。
大統領の存命は確認済み。
だけど、円卓に関しては、機密事項が多すぎて調べられていない。
放浪者に関しては、足取りすら、掴めていない。生死も不明だ。
「そうか。なら、魔術を覚えたら、もっと化けるんじゃねえか?」
「それは、もう試したよ……」
リーセルは、眉を下げ、しょんぼりした表情で、弱弱しく声を上げた。シエルも申し訳なさそうに、また俯いた。
「どういう訳か、シエルは覚えられなかったんだ……私の教え方が悪かったのか、シエルに魔術の素養がないのか、そういう体質なのか」
素養に体質。それを聞いて俺は、一つ思い当たる例を思い出した。
「……もし、シエルが単一の魔術しか扱えないのだとしたら、覚えられない理由に説明がつく。リーセルはそういう症例聞いたこと無いか?」
「単一の魔術だけ……確かに聞いたことはあるね。でも、又聞きした話だし、まったく興味もなかったから、調べもしなかった」
「そういや、リーセルの興味は魔獣だけだったな……」
リーセルの生きがいという名の暇つぶしは、魔獣を倒す事と、それを遂行するための自己研鑽だと言っていた。
そうして、頭を抱えていると、荷物に擬態していた彼女が、深く被った布の奥から言葉を発した。
「た、単一の…まま、魔術だけしあ、しか、つつ、使えない魔術、師は学院、に、にも少しだけ、いまっいま、した」
「――!!」
アルシュが喋った!!!
と、大声で叫びそうになったけど、絶対に怖がらせると思って、喉奥に必死で押し込んだ。
タルカスは、アルシュが自分から話かけたのに驚いたらしく、目を丸くしている。
そして、何かに感づき、アルシュを摘み、俺とリーセルの前に座らせ、シエルと共に荷台の前の方に移動した。
まずは魔術師同士で親交を深めてくれ、という心遣いだ。
「アルシュ。詳しく聞かせてもらってもいいか?」
「あっあ、はい…」
人見知りに変わりなく、フードの上から重ねて布を被る彼女だけど、確実に歩み寄って来てくれている。
焦らず、そして、あまり気遣いしないように接していこう。
「ま、た、単一の魔術、しか、つっ使えない魔術師は、すく、少ないですが、論文のだ、だい、題材に、されるくらいの貴重な人材なので、世界各地で、み、見つかり次第、が、学院が呼びだす、んです」
「呼び出し……それって実験体にされるってことか?」
それを聞いてアルシュは身体ごと頭を横に振った。
「に、任意の、上です。それに、たい、待遇も、それなりに良いです。と思います。き、きちゅおうな人材、なので」
「そっか。よかったあ」
単一の魔術しか使えないアンリは、その対象だ。
国への報告で、知られているし、学院に伝わるのも時間の問題……もし、実験体として取り込もうものなら、なりふり構わず殴り込みに行くところだ。
「ハルの知り合いに、そういう人物がいるのか?」
「ああ、俺の妻で、弟子だ」
左薬指の指輪を見せると、アルシュは驚き、リーセルは「へえー」と口角を緩めた。
「まさか、結婚しているとは思わなかった。にもかかわらず、傭兵家業?」
「事情は知ってんだろうが、意地悪いうなよ」
「ごめんごめん。……大切にしなよ」
「わかってる。……で、どうしたアルシュ」
「ひゅっ!」
まじまじと結婚指輪を眺めていたアルシュに声をかけると、凄い勢いで飛び上がった。
「そんなに意外だったか?」
「ち、ちがっ、う。ただ、そのあの……」
アルシュは、一段と縮こまった。どうやら、あまり触れられたくない事情があるらしい。
「俺の結婚話は一旦おいておこう。まずは、単一の魔術しか使えない魔術師について、もっと知りたい」
「う、うん」
いつも通り弱弱しい声で、アルシュは答える。
「単一のま、魔術しかつかえない人は、本当に、そ、それだけしか、出来ないんです。ま、ま魔術陣もそうですし、刻印魔術も、れ、錬成術も。で、出来るのは、魔石に魔力を供給する作業だけ、です」
「陣と刻印もダメなのか……」
そういえば、その辺の魔術は必要ないだろうと思って、教えてなかったな。
もっと他の視点からも調べるべきだった。
「陣と刻印は、既に構築された魔術だ。あとは魔力を流すだけで起動する……それでも魔術として機能しないというのは、おかしな話だね」
「ああ。でも、アンリ……あ、俺の妻の名前な。アンリは魔道具を使うことは出来る。アンリの魔力で充填した魔石で、魔道具を使うこともできた……となると、刻印魔術に関しては、直接的に干渉する行為自体に問題がありそうだな。陣に関しては、そもそも魔力が足りないから、魔石では起動できない。検証の余地はなしか……」
「ま、魔石での魔道具し、使用はか、可能だったんですか!」
俺の話に食いついたアルシュは、被ってあった布がずり落ちるくらいに前のめりになった。
びっくりした……。まさかアルシュがこんなに食いつくとは……。
でも、この驚きを態度には出さないようにしないと……今のが普通だとアルシュに覚えさせて距離を縮めよう。
「知らなかったのか?」
「が、学院で使われるま、魔石のほとんどは、普通の魔術師がじゅ、充填したものだったし、対象に魔力充填させることも、ほ、ほとんどなかったから、検証す、すらしてなかった!も、盲点――…で、です」
少し興奮気味だったから、距離感を間違えたと自覚したようで、アルシュは少しづつ元の位置に戻って行く。
だけど、布は落ちたままだ。気づいていないのか、いらないと判断したのか、どっちかわからないけど進歩に違いはない。
「そ、そもそも、症例が少ないし、き、協力的な魔術師も一握りなので、あまりけ、研究は進んでいないんです。論文も、十数年前を最後に、と途絶えてます。現在の研究も、ほとんど、た太古の文献頼り、のようなので……」
「よう、ってアルシュが研究してたんじゃなかったのか?」
「あ、わた、た私がいた流派の研究題材ではなかったので、研究は友達が……。ち、知識はその子と図書館で」
友達いたんだ。なんてことは絶対に口に出さない。
「へー。魔術師の流派ってのはめんどくさいらしいもんな。題材意外はほとんど手を付けないってシャンズから聞いたわ」
「シャ、シャンズ!?も、もももしかしてあのシャンズ・ブラックモア!?し、しし知り合いなんですか!?」
さっきと比べものにならないくらい、俺の方にのめり込み、その反動で、フードから解き放たれるかのように、きめ細やかな紺碧の髪と強く光る緋色の瞳をした少女が、姿を現した。
「お、おう……シャ、シャンズって有名人なのか?」
「な、ななななに言ってるんですか!シャンズ・ブラックモアと言えば、にに二年前に颯爽と現れて、不遇な令嬢を救い出すために派閥を一つ潰した、一躍の有名人ですよ!?その一部始終は、ほ、ほほ本にまでなって――……ま、ますし」
アルシュは先と同じように、また元の位置へと戻って行った。
……シャンズ。お前、そんなことしてたのか……。令嬢って、グレイスの事だよな……。
つか、本になってるって、シャンズ知ってんのかな?
「アルシュはシャンズの事、好きなのか?」
「は、はい。憧れ……です。わた、私も、あんな風に、大胆になれたら……って思って」
「あいつが大胆ねえ……」
俺からすれば、シャンズはいい意味で臆病だし、繊細な人間だ。
でも、まあ、惚れた女の為になら何でもするってのは、聖都から帰ってきたシャンズの顔を見ればわかった。
「は、はハルさんは、シ、シャン、シャンズさんとどういった、ごか、関係ですか?」
「ん?シャンズも俺の弟子だ」
「ふぁ?」
アルシュは素っ頓狂な顔をして、そのまま固まった。
「その歳で、二人も弟子がいるんだね」
「子ども扱いすんなっての。二人とも立派な魔術師に育てた……と思ってる」
「そっか」
リーセルはどこか誇らしげに俺のことを見る。弟弟子が優秀で嬉しい……とか?
「それにしても、シャンズか……少し前に、そんな名前の魔眼持ちと話したっけ。あれだけ暴走している魔眼を見たのは初めてだったから、記憶に新しいよ」
少し前って……確か最後に聖都に行ったの五、六年前だったはずだけどな。
「シャンズが言ってたエルフってリーセルだったのか」
「魔眼の制御は出来るようになったの?あれは相当厄介な物だったはずだけど」
「魔力回路の構築を教えたら、すぐに制御できるようになったぞ?もし、技術が失われてなかったら、シャンズも苦労せずにすんだだろうな。殊更、時代の被害者……ってとこだな」
「魔力回路の構築か……懐かしいな。沈黙が今の魔術界に憤りながら語っていたっけね」
師匠が聖域の外にいた時……二百年前にはすでに、回路に関する情報は消えて――いや、リーセルが知らなかったという事は、リーセルが魔術を知る以前に、もう消えていたのか。
「リーセルも魔力回路の構築を?」
「いや、私は話半分に聞き流していただけ。あれは有用だけど、習熟の難易度と危険度が高すぎる……現代の魔術師には過ぎた技術だ。私も含めてね」
魔力回路の構築は、その知識と、何より、卓越した魔力操作が出来る魔術師でなければ教えられない。
自惚れではないけど、俺が弟子に教えられるのはそのためだ。
「全員が全員、師匠に弟子入り――ってわけにもいかないからな……それに、師匠って人見知りではないけど、人嫌いなとこあるし」
「十中八九、あのバカ王のせいだね」
一国の主をバカ呼ばわりって……まあ、既に故人だから聞こえはしないか。……たぶん俺が師匠に言ったら殺されるだろうな。
そんなこんなで、懐かし話も終わり、放置していたアルシュに声をかける。
「で、落ち着いた……か…?」
そういって、アルシュの方を見ると、弱弱しく、見知りであるはずの少女が、その緋色の瞳を赤々と輝かせ、俺の事を見ていた。
どこか、覚悟を決めたような、強い意志を感じる。
「あ、ああ、あの。わたた――すうーーはー。ん。あの!私を弟子にしてくれませんか!」
アルシュの喉奥……いや、腹の底から出た声は、小さいものではあったけど、力強いものだった。
だけど、その肩は強張り、唇は震え、両手はローブに皴が残りそうなほど強く握られている。
はてさて、こんな言葉を聞いて、その決意に満ちた眼差しを蔑ろに、無下に出来るやつはいるのだろうか。
だがしかし、二つ返事という訳にもいかない。
「……どうして、俺なんだ?魔術師として成熟しているリーセルに師事した方がいいはずだ」
「り、リーセル様は確かにゆ、優秀な魔術師です。で、でも、でもハルさんはリーセル様のし、し知らない”知識”を持ってい、ます。わた、私は、その知識と、そのぎ、技術を学びたい……です」
応えはたどたどしく、抑揚が定まらないものだけど、目だけは決してそらさず、その熱量も変わることは無い。
「よし、わかった。だけど、弟子になるからには、投げだす事はゆるさない」
「わ、わかりました。よろしく、お、おねがいします!」
許しが出て安心したのか、アルシュは肩を撫でおろし、肺に溜まっていた空気を一気に吐き出す。
握りしめられ、皺くちゃになったローブと裏腹に、表情はだらしなくほどけている。
アルシュのこんな顔……というか、顔自体、しっかり見たのは初めてだ。
そんなことを口に出したら、この先見せてくれなさそうだったので、喉奥に押しとどめることにした。
「あ、も、だめ――」
緩みきった筋肉では馬車の揺れに耐えられなかったのか、アルシュは顔面から俺の膝に激突し、気絶した。
「先行き不安だなあ」
「アルシュなりに心を開いたって考えるのもありかもね」
そういう事にしておこうと、馬車に揺られながら、小さくなっていく城壁をみて、言葉をこぼす。
「さっさと、魔術師資格とらねえとな……」




