旧知の仲
鼻歌交じりに広場に向かうと、風脚の全員が既に集まっていた。
「おうハル。遅かったな」
「待たせてすまん、色々あってさ」
一応遅刻したという訳ではないから、皆苛立っている様子はない。そもそも正確な時間なんて、広場にある大時計でしかわからないから、多少遅れたところで問題ないだろう。現に、リーセルがまだ来ていない。
「リーセルは?」
「さあな。あいつの時間指定なんて当てにならねえ。あいつの二時間は、エルフにとっての二時間だからな。まあ、暗くなる前には来るんじゃねえか?」
「用事もないのに遅れたりしないよ」
そういって、リーセルは馬車の中から顔を出した。既に乗り込んでいたみたいだ。
「お前……居るなら声かけろよ」
「え?気づいていたでしょ?」」
リーセルは、そっとホメロスの方を見た。
「おう。居ることは知ってたぞ?」
飄々と言うホメロスに、風脚の皆はため息をついた。
「まあ、聞かなかったからしょうがねえわな」
ホメロスは、すまんすまんと平謝りをする。それを見る皆はやれやれと言った風だ。
ホメロスが天然で皆を振り回すことは日常茶飯事。しかし、大事になることはそこまで無いという事だから、注視して心配することでもないだろう。
と、そんなことよりも。
「リーセル。ちょっと手を借りたい。皆も少し時間くれるか?」
「良いぜ。待つことには慣れてっからな」
リーセルは心外だ、と愚痴をこぼしすけど、エルフだから仕方がないと、甘んじて受け入れた。
「それで、手を借りたいって、何か揉め事でもあったの?」
「そんなとこだ。証の事でちょっとな」
「そう。私にできる事なら協力するよ」
リーセルは、俺が証を持っていることを知っているし、これが何なのかも、師匠から詳しく聞いている。
風脚の皆は何のことだか、という顔をしているけど……然るべき時に説明すればいいだろう。
「ここだ」
「……衛兵の詰め所」
リーセルと共に詰め所に到着すると、律儀に正座のまま待機しているシエルの姿があった。
確かに待ってろとは言ったけど、正座ぐらい解いてもよかったのに。
「思いのほか早かったな。その方が君の雇い主かい?」
「そうです」
リーセルは特級の傭兵だと言っていた。シエルを管理するのに、最も適した存在だろう。
「揉め事の原因はお前だったのか。シエル」
「その声……リーセル様」
シエルはぽかんとした顔で、リーセルを見ている。
「知り合いだったのか?」
「二、三度、同じ依頼を受けたことがあるんだよ。久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
「リーセル様も」
リーセルの久しぶりとは、何年前だ……?どうやら、シエルも長命種のみたいだ。耳は普通だし、エルフではなさそうだけど。
「再会の余韻に浸るのも結構だが、こちらの仕事をしても良いだろうか」
「ああ、すみません」
「では、傭兵登録証の提出を――…と、特級…!?」
リーセルの登録証を見て、衛兵は椅子を倒しながら立ち上がった。
「し、失礼。何せ初めて拝見するものでね。つい、興奮してしまった」
「特級は数が少ないからね。驚くのも無理はないよ」
「数が少ない……か。ああ、一応確認の為、顔を見せてもらっても良いだろうか」
「わかった」
リーセルは被っていたフードを取って、顔を見せた。
「エルフ……はは、私は今日という日を生涯忘れられそうにないよ。確認は終わった、もう顔を隠してもらって結構だ」
そういって、傭兵は何かの用紙に記入を始め、最後に懐からハンコを取りだし、承認と言いながら用紙に押し付けた。
インクも何もつけていないのに、しっかりと印が押されている。魔道具か。
「これが一時武装許可証だ。この街でしか使えないから注意するように」
「ありがとう。それじゃ、邪魔したね」
リーセルはそう言って、詰め所からそくささと出て行った。
「シエルも行くぞ」
「わかった」
衛兵に一礼だけして、俺たちもそのあとを追う。
「リーセル。何をそんなに急いでるんだ?」
「詰め所とか、衛兵にいい思い出がないんだよ。長く生きていると、知らない内に法律とか、条令とか変わったりしてさ……」
「同意」
「長命種ならではの悩みだな」
今回の件もそれで――…ではないか。原因はシエルが色々と掏られて起きた事件だから、何時の時代であっても、衛兵の世話になっていたに違いない。
「それで、今回は何をやらかしたの?」
「大切なものを入れたカバンを掏られた」
そういえば、リーセルに色々説明するの忘れてたな。
「身分証も、傭兵登録証も、金も掏られたらしいぞ」
「別々の場所に入れておけって言ったのに……」
「ごめん……」
シエルは背中を丸めて落ち込んでいる。今回は、って言ってるし、これまでも何度か同じような事をやらかしているみたいだな。
……戦力にする以前に、問題を起こさないよう注視しておく必要がありそうだ。
「とりあえず、組合に行って傭兵の再登録だけ済ませようか。シエル。貯金くらいはしているよね?」
「……さあ?」
それを聞いたリーセルはそれを見上げた。
登録証の再発行には、金がかかる。勿論馬鹿にならない額だ。
「ハル。このバカは置いていこう。戦力にするには申し分ないと思ったけど、これはダメだ」
「すまん。そういう訳にもいかないくてさ……」
「私はハルについていく」
シエルは俺の背後に周り込み、俺の肩を両手でガッシリと掴んだ。
「誓約の証を使っちまった。……というか、使われちまった」
「宣言の方……か」
「そんなところだ」
リーセルはシエルの方を見て、ため息をついた。
「後先考えずに行動するのは、変わっていないようだね。それで、何を宣言したの?」
「一度だけ、ハルの為に剣を振る」
「私はそんなことをするために、誓約の証に付いて教えた訳じゃないんだけどね……」
使い方を教えたのは、リーセルだったのか。
「お前は先祖返りなんだ、その力を悪用されないように、気を付けろって言ったでしょ?」
「でも、ハルは悪い奴じゃない」
「そうだとしても、今日あった人間を信用するのは、聊か早計だ」
「ハルからは、女神の匂いがする。だから大丈夫だと思った」
「女神の……?」
「え、俺、何か匂う?」
初めて聞く単語だ。師匠からも聞いたことがない。
何か重要なものだとは、直感でわかるけど、これは多分神代の情報だ。俺が聞いてもいい話なのか。
「うーん。シエルがそう感じるなら、事実なんだろうけど……」
「その女神の匂い?ってのは何なんだ?」
「気配……のようなものだと知っておけばいい。その者たちは互いの存在を認知するらしい。沈黙曰く、女神に近しい存在に悪人はいないというし……ハルはシエルに何か思うところはある?」
「特に何も?」
ポンコツだとは思うけど、それは絶対に関係ない。
「うーん……シエルだけが感じるというのには違和感を覚えるけど……ハルが悪人だという事はないし、今回はシエルの直感を信じてあげる。今後は気を付けるように」
「わかった……」
リーセルとシエルを見ていると、なんだか親子のように思えてきたな。
……女性に年齢を聞くのは失礼と言われているけども、シエルはそんなこと気にしなさそうだし……。
「リーセルが二千年生きてるってるのは知ってるけど、シエルはどれくらいなんだ?」
「えっと……生まれが開暦千四百年くらいだから……三百歳くらい?」
リーセル程じゃないけど、思ったより長生きしてんな……。
「長命種だろうとは思ったけど……種族は?」
「……雑種?」
んな犬見たいな言い方……。別種族同士が交わることもあるだろうけどさあ。
「シエルの父親は海精と妖精の血が、母親の方は森精と亜人の血が流れている。別種族同士だと、子が産まれることは珍しいんだけど、その壁を乗り超えて生れたのがこの子だ」
「という訳」
リーセルの話を聞くに、奇跡の子――そういってもいいくらい、天文学的確率で生れてきたみたいだな。
種族がわからない程、血が混じっているから”雑種”。
見た目は只人にしか見えないんだけど、これだけの種族が交わってたんなら、先祖の只人の”先祖返り”って線が濃厚か……。
「……だったら、シエルは誰の先祖返りなんだろうな。つか、先祖返りかどうかなんてどう判別すんだ?」
「沈黙に教わらなかったの?」
「悪人はいないって事しか教えて貰ってない……」
師匠は魔術のこと以外、ほとんど教えてくれなかったからな……。
「沈黙らしいと言えば沈黙らしい……。先祖返りには特殊な権能が備わっているんだ。大体はそれでわかる」
「大体……?」
「下位互換が存在するから、間違える事もあるんだよ」
魔力も魔素も必要としない、神が人に授けた力――それが権能だ。
ゲームでも世話になった。一人につき一つだけにもかかわらず、変更不能という、なかなり扱いが難しい仕様だったのを覚えている。
「神が子に与えた八つの権能。「武装玩具」「魔漿幻躯」「未来予測」「死屍啜血」「宝具錬成」「因果必中」「溜力解放」「守護領域」。それのどれか一つを持っているのが先祖返りの証だ」
ゲームに出てこなかった八天使の情報……。名前だけもヤバそうなのが揃ってるな……。
ん?いや、待てよ。
「死屍啜血……俺の仲間に、その権能持ってやつがいるぞ」
「……!?」
「俺と同じ廻り者で、サクヤって言うんだ。もうすぐこの世界に来る」
死屍啜血。自身が倒した生物の血液を吸収し、身体能力を大幅に上昇させる権能――。
オリオンのメインアタッカーであるサクヤが、絶命姫の忌み名を持つきっかけになったものだ。
どうやってその権能を取得したのか……頑なに教えてもらえなかったけど、まさか八天使に関わるものだったとは……。マジでどうやってとったんだよ。
「廻り者……この世界の理から外れた存在だとするなら、保有していてもおかしくない。先祖返りの力が本物なんだとしたら、かなりの戦力にはなるね」
権能の他にも、サクヤにはあの武器がある。ゲームのシステムがどこまで反映されるのかわからないから、正直生死がかかったこの世界で使ってほしくはないけど、俺のいう事を聞いてくれるかどうか……その辺は会ってから話そう。
「正直、神の八権能については、ほとんど文献頼りなんだ。現状、権能の力がわかっているのは、溜力解放と未来予測だけ……その他は権能名くらいだ」
「シエルの権能はどっちなんだ?」
「溜力解放。日頃溜めてる力を解放して、威力を上げる。力加減もできる」
シエルはピースしながら、淡々と自分の力について話す。
「ハルの命令があれば、宣言通り振る。威力も思うがまま」
「……全力でって言ったらどうなるんだ?」
「わからない。試したこと、ない」
リスクがわからない力を振るわせるとか……使い時は考えないとな。
「未来予測の方はどうなんだ?」
「夢で見たことが現実に起こるんだ。自己制御は不可。神からのお告げみたい……って言ってた」
「本人と面識があるのか」
「千年程前だけどね。アルヴァンがまだ聖国って呼ばれていた時代だ。その権能が発現してからすぐ、聖女として祀り上げられて、ほとんど軟禁状態だった」
予知能力って言うのはどんな時代でも、偉い人から狙われる運命なんだな……。
「って、千年前ってことは、現状存在してないかもしれないってことか」
「そうなるね。確認できているのはシエルただ一人だ」
「そっか。師匠は、多く生れているって言ってたんだけどな」
「沈黙がそんなことを」
「魔力の流れをみてって言ってたから、普通の人間じゃ見つけるのは難しそうだな」
そういう魔眼を持っている人を探すことも視野に入れておくか。ただ、師匠レベルじゃないと無理と言われればそれまでなんだけど……。
「先祖返りには私も興味がある。大森林の調査が終わったら、私も独自に調査してみるよ」
「一緒に旅はしてくれないのか?」
「戦力集めは分担したほうがいいでしょ」
確かに効率は段違いか。リーセルだけの情報網もあるだろうし、そこは任せよう。
「情報は逐一、調査隊の拠点に送るから、定期的に見に来るといい」
「それはありがたい。てっきり、大森林の調査が終わったら、あそこは引き払うと思ってたけど」
「あそこは一応私の持ち家だからね。これからも使いそうだから奇麗にして、使用人も雇うとしよう」
「あれ、持ち家だったのか……」
確かに、今のままだと幽霊屋敷だもんな。
なんてことは、口に出さないでおこう。
「さて、組合についたことだし、さっさと用事を済ませてみんなと合流しようか」
組合での用事はすぐに済んだ。
驚いたのはシエルも特級の傭兵だったことだ。
そして、口座には開いた口が塞がらないほどの金が入っていた。世界中を旅して回っていたら、いつの間にか溜まっていたらしい、
曰く、娯楽が食事くらいだから、あまり使わないそうだ。
「それじゃ、いくよ。ハル、今何時?」
「十五時だな。一時間遅れってとこか」
「そう。あの子の機嫌が悪くならないように、さっさと行こうか」
俺たちは小走り気味に広場へと向かった。
特級傭兵のシエルが仲間に加わると知ったら、皆喜ぶだろう。
日常生活に不安はあるものの、戦力としてこの上ない傭兵だ。
どんな顔をするのか、そんな思いを心の内に秘めながら、広場に到着したその時、タルカスが一番に声を上げた。
「げ!なんであんたがここにいんだ!?」
「あ、久しぶり」
どうやら、二人は知り合いだったようだ。しかも、ちょっと訳ありの……。




