やっぱり子供は舐められる
「遅いぞリーセル!もう出発予定から一時間経ってんぞ!」
洋館もとい、調査隊の拠点の中に入って真っ先に聞こえてきたのは、男の怒号だった。
声の主は、獣の特徴を持つ亜人の男性だ。灰色の毛並みと突き出した鼻を見るに、狼に近い種族だ。傭兵にしては艶やかな毛並み……容姿に金をかけられるってことは、上位の等級を示唆している。
拠点のロビーには完全武装の傭兵が六人待機していた。話からするに、一時間の待ちぼうけを受けたらしい。……これから、起こることを考えたら、さっきの怒号だけじゃ済まなさそうだな。
「あれ、もうそんな時間か。ついつい時計を見るのを忘れちゃうんだよね」
「ったく……これだから長命種は…んで?こいつは誰だよ」
リーセルに向けていた呆れた目を、そのまま俺の方に向けた。
「この子はハル。私の弟弟子だ。組合で見つけてね。調査隊に引き入れることにした」
リーセルの言葉を聞いて一同はやれやれと天を仰ぎ、一人の女性が「また、事後報告ですか……」とうんざりとした様子で頭を抱えた。
エルフの時間間隔は、人間のそれではない。たった数日くらい誤差の範囲――この人達はかなり苦労しているみたいだ。
「弟弟子という事は、彼もまた長命種なのですか?」
「いや。ただの人間だよ。紹介状を持って登録していたから成人もしてないと思う」
「何考えてんだこいつ……子供を巻き込む様な案件じゃねえだろ……。雇い主がいいってんなら反対派しねえがよ」
「実力は私が保証するよ。魔術師としては一流とみてもいい。……多分」
亜人の男は憐みの目で俺を見た。
この男のいい方から察するに、調査隊は別に同じ志を持った傭兵仲間という訳ではなさそうだ。
彼ら六人は、同じ意匠のアクセサリーをそれぞれ身に着けている。少なくとも六人組の傭兵パーティーと考えていい。気になるのは、調査隊の人数が、たったこれだけしかいないという事だ。
「調査隊のメンバーって、この人たちだけですか?」
そう言うと、亜人の男が「聞き付てならねえな」と立ち上がった。
「俺たちは「風脚」っつー結構、名の売れてるパーティーだぜ?俺たちの事知らねえのか?」
「すみません……辺境で引きこもってたので…」
「マジか。お前さては潜りだな?」
「団長。彼は新人なのですから、知らないのも当然かと」
「つっても、傭兵になろうってやつが、一級パーティーも名前知らねえてのは中々だぞ」
一等級のパーティー。パーティー単位で組合から認定されるのは極々一部――、一等級ともなれば、かなりの実力を持っているのは確かだ。ゲームの知識ではあるけど。
「ったく、まあいい。俺はタルカス。この風脚の団長だ。等級は一級、近接特化の前衛だ。んで、こいつが俺の相棒」
そう言いながら、タルカスは腰に付けた双剣を軽く叩いた。亜人ならでは身体能力を生かした典型的なアタッカーのようだ。
「んで、この堅苦しいのがっ痛ってえな。サラ!」
「団長はいつも一言余計なんですよ。私はサラ。一応副団長をしているわ。等級は一級。よろしくね」
「よろしくお願いします」
サラさんと軽く握手を交わす。パーティー様子を見るに、実権を握っているのは彼女に違いない。実力はタルカスの方が上だろうけど、それを御すサラさんには誰も逆らえなさそうだ。
「私はルークス。準一級の三級魔術師です。火と土の魔術で牽制するのが私の役割です」
牽制と言っても、この人程の魔術師なら、戦場を、ある程度掌握するくらいはできるだろう。物腰柔らかそうだけど、相当の実力の持ち主だ。
「俺はホメロス。一級の後衛だ。つっても、斥候もやらされてっから、何でも屋ってのが妥当だな。武器はこいつだ」
そう言って、テーブルの上に置いている一メートル越えのケースを撫でた。
「銃……ですか?それも重狙撃の」
「お!若えのによくわかってんじゃねえか!俺の最長狙撃記録は二キロ。すげえだろ!」
「それはすごいですね」
……俺のパーティーの狙撃担当は五キロ超えてるよ。なんて絶対口にできない。
かと言って、自信過剰って程でもない。彼女が異常なだけで、ホメロスも相当の実力者だ。
ホメロスに銃を見せてもらいながら、性能を聞いていると、二メートルを超える巨躯を持った男が、俺とホメロスの後ろに、ぬ、っと現れた。
「お、驚かすなよ。バンジョウ!」
「自己紹介の途中だったろ」
バンジョウと名乗る男は、その体の大きさから、想像できないほどの身のこなしで音もなく俺たちに近づいてきた。正直俺も気もが冷えた。
「俺はバンジョウ。一級の前衛。大盾が武器だ」
バンジョウが指さしたのは、壁に立てかけられた三メートルは下らないであろう大盾だった。盾というか門だ。
「こいつは、戦士だから防御だけじゃなくて、あのバカでかい盾で殴ることもあるぜ」
タルカスは、こういう風にと拳を突き出した。殴るって言うのは、突進ってわけじゃなくて、言葉通りあの盾を武器として使うって事か……?さすがにそんなバケモン見たことないぞ。
「んで、こいつがアルシュ。ほれ、挨拶しろ」
サラの後ろに隠れていた、小柄な女の子をタルカスは片手でつまんで前に出した。
フードで顔を隠し、杖を両手でこれでもかと言わんばかりに、握っている。
「あ、わ、私はアルシュ。です。傭兵は準二級、でよ、四級の魔術師…です。…あ、風の魔術がと、得意です」
「見ての通り、人見知りだ。ま、歳の近い者同士、仲良くしてやってくれや」
「もちろんです」
アルシュは自己紹介が終わると、フードをさらに深く……というか完全に顔を隠すように被った。これは中々に手ごわそうだ。少しずつ交流を深めるか。
さて、これで風脚、六人の自己紹介が終わった。次は俺の番だ。
「俺は、さっき傭兵登録したばかりのハルです。非正規の魔術師で、生活魔術と支援魔術しか使えません!」
「マジかよ」
六人全員……アルシュはわからないけど、予想取り「どうしてこんな奴を連れてきた」とリーセルを見た。
「言ったでしょ。ハルは私の弟弟子……二百年前、魔王討伐に貢献した「沈黙」から直接魔術を教わった貴重な人材だ」
「という事は、彼も無詠唱で魔術が扱えると?」
ルークスは当然の疑問をリーセルに問いかけた。リーセルは「勿論」と答えた。……けど
「でも、攻撃魔術が使えないなんて思わなかった」
「リーセル……もうちったあ、考えて行動しろよ……」
「ごめん」
リーセルはタルカスからの指摘に、耳を垂らしながら、シュンとした顔を見せた。
「ま、まあ自己強化には自信があるので、前衛として働けますよ!」
そう言うと、タルカスは睨みを利かせ、俺を見た。
「大森林にぁ、一級でも苦戦する魔物が出てくる。こうして、リーセルが調査隊を結成しないといけないくらいにな。実績も何もねえ、子供がおちおち入っていい場所じゃねえんだよ」
タルカスの言い分は間違ってはいない。今、俺の実力を証明できるのは、リーセルの弟弟子である事だけ――足りないというというのなら、目にわかる実力を見せつけるしかない。
大森林に……界異の調査に行く機会がすぐそこに在る。逃すわけにはいかない。
「わかりました。では、どなたか俺と手合わせをして、実力を確かめてください」
なんだか、パラインに初めて足を踏み入れた時を思い出す。オベルクは元気にやっているだろうか。
「いいんじゃない?お前が言い出したことだ。相手してあげなよ、タルカス」
雇い主であるリーセルからの提案に、しょうがねえと、愚痴をこぼしながら、タルカスは俺の力試しを了承した、
「ったく……手加減はしねえからな」
「はい!」
まあ、俺は手加減するけど。オベルクの時と同じく魔術は無しだ。
「それで、何処でやるんですか?」
「この屋敷の裏庭でやろう。私が結界を張るから、思う存分暴れてもらって構わない」
結界魔術があるなら、多少無茶しても大丈夫そうだな。でも結界に叩きつけて、ケガをさせないようにだけは気を付けないと。
屋敷の裏口から外に出ると、適当に整地したであろう庭があった。四方背の高い雑草で囲われた、さながらリングのようなものだ。
「じゃあ、結界を張るよ」
リーセルは、虚空から杖を出し、地面を二度叩いた。師匠の教えを感じるな。術式の構築と発動……っう寒気が……。
「なんだ?怖くなったんなら今すぐ引き返すか?」
「いや、ちょっと、知ってる悪寒が走っただけです…。さっさとやりましょう」
はたして、師匠のトラウマから抜け出すことは出来るのだろうか。この勝負の行方より、そっちの方が気になる。
「ルールは簡単。先に負けを認めたほうが負け。タルカスが負けた場合、ハルを正式に調査隊へ入れる。ハルが負けたら……それは無いと思うからいいね。それじゃ両者見合って」
リーセル……わざとか、わざとじゃないか知らないけど、タルカスを逆撫でるのは止めてくれ……面倒なことになる。
「手加減なしだからな……!」
タルカスは、何の迷いもなく双剣を抜き、構えを取った。ほら見ろ、完全にスイッチが入っちゃったよ…。
リーセルは開始の合図の為に、右腕を上にあげる。
「即死じゃない限り、私が治すけど、あんまり酷いと数日動けなるから気を付けてよね。それじゃ――はじめ」
リーセルが右腕を下ろした瞬間。タルカスは、俺との距離、約五メートルを一足に詰めてきた。
オベルクも速かったけど、タルカスはそれ以上だ。師匠とは比べものにならないのは明らかだけど……。
初手で首筋を狙った突き……完全に致命傷を負わす気だな。まあ、見えているから躱せる。
タルカスは初手を躱されたことに驚きつつも、また次の一手、そのまた次と剣をふる。重ねるたびに殺意が増しているのは気のせいだろうか……。
「…!?」
単調な攻撃で、何時決着をつけるか迷っていると、これまでと違う変則的な攻撃――動きをタルカスは見せた。
地面ではなく、空を蹴って軌道を変えた……?魔術……じゃないか。魔術師でもないタルカスが無詠唱で魔術を扱えるわけがない。おそらくそういう権能だ。
しかし、これくらいで一撃をくらう程、師匠にしごかれていない。
何度かの攻撃の末、タルカスは一度、俺と距離をとった。
「なんで、反撃しねえんだ」
「あー…一応、これが俺のやり方って言うか…実力を見せるなら、圧倒的にって言うのが信条なもので、相手が全力を出し切った後、ねじ伏せるってのが定石?みたいな……」
それが、ゲームのPVPにおける俺の在り方だったからなあ。
「大人を舐めるのも大概にしやがれってんだ…」
あー…挑発に乗背ちゃったよ。たぶん次がラストだろうし、決め手を考えておかないと。
タルカスは、腰を低く構え、小さく呟いた。
「腕一本覚悟しろよ」
それ、腕狙いますって言ってるようなもんだぞ。対人戦では御法度だって……。
タルカスが息を吸ったその瞬間、その場から姿が消えた。
「透明化……?じゃないな」
ただ速いだけ――気づけば右斜め後ろにタルカスがいた。それを叩けば終了……。
そう思って、軽く拳を振り抜くと、タルカスは全身がブレるように消えた。
「幻影か」
「「残念だったな!!」」
四人のタルカスが、一斉に現れ、俺の逃げ道を塞いだ。
――が、しかし、これには欠点がある。
「本体がわかれば、あとは実体がない!」
魔獣相手なら有効な一手だ。しかし、こと人間、しかも、対人戦になれた俺には悪手でしかない。
本体を確信して、右斜め前のタルカスの脳天目掛けて、拳を叩き込む。
案の定、そのタルカスは消えることなく、衝撃波と共に、地面にめり込んだ。
「対人戦において幻影が通用するのなんて、初心者かよくて中級者までですよ」
「普通はそうでもないんだけどね。タルカス、納得は出来た?」
「ああ、文句なしだ。あー畜生、手も足も出ねえとか初めてだぜ」
リーセルは当たり前でしょと、自分の手柄のように胸を張った。姉弟子だからって、そこまで偉ぶるか?普通。
「なんで、本体がわかった」
「幻影は実体を持たないから砂ぼこりとか、空気の流れとかでわかるんですよ」
「言ってる意味は分かるけどよお、普通に考えて、そんなのできねえだろ……」
「まあ、タルカスさんって俺の知り合いの下位互換ですから、この程度造作もないですよ」
「遠回しに馬鹿にしてねえか?」
「直接的に俺の仲間を上げてるんです。ひまわりって言うんですけど……いつか手合わせして貰ったらどうです?口利きしますよ」
ひまわりが作れる幻影は十三。内四体は質量を持ってるから物理判定がある。そして、なにより動きが早すぎて、それ以上に見えるから、とにかく判別が難しい。ひまわりの脳内どうなってんのやら…。
「お前みたいなバケモノの知り合いとやり合おうなんざ、ごめんだぜ。なんにせよ、調査隊に入るのに文句はねえ。風脚の連中も――」
見学していた風脚の人たちを見ると、完全にドン引きと言った様子で見ていた。俺ではなく、タルカスをだ。
「団長……子供相手にムキになりすぎです……」
「いや、サラ!これは腕試しであってだな!な、な!ハル!」
俺に助けを求めるな。
タルカスは、さっきまで殺気を放っていたとは思えないほどに、おろおろしている。まるで親に叱られる子供みたいだ。
「まあ、俺も色々言いましたから、お互いさまという事で」
「そうだね。ハルも、実力差がわかっていたとはいえ、あの挑発はやりすぎだ」
お前が言うな。タルカスがキレた発端はリーセルだからな?
「何はともあれ、ハルが戦えることは皆わかったでしょ。同行に異論はないね」
リーセルの言葉に、皆頷き、俺の調査隊入りが決定した。これで、気兼ねなく界異の調査に乗り出せる。
そうして、裏庭での用事が終わり、俺たちは屋敷の中に戻った。
「しっかし、リーセルはともかく、お前みたいな子供を、ここまで戦えるようにするなんてな……。お前らの師匠はホントに人間か?」
「あはは……おそらくそうだと思います…人の形はしていましたから」
「それは肯定してるって意味でいいのか?」
師匠も特別だけど、俺もかなり特殊な立ち位置だからな。俺を見て、不思議に思うのも無理はない。俺だって、人かどうか疑ってるんだから…。
そうして、玄関に戻った時、サラが口を開いた。
「それで、出発の予定はどうしますか?ハル君が加わるなら、いろいろと準備は必要ですよね?」
そんな、サラのもっともらしい質問に、リーセルは「今すぐだよ」なんて、冗談じみた回答をした。
「沈黙の弟子だからね。いつでも旅立てるように準備はして居るでしょ?」
「まあ、そうですけど……」
師匠の体験談から、そうするようにと言い含められてはいるけどさ……。
「はあ……依頼の契約とかどうするんですか?それにハル君は実力者であってもまだ傭兵として見習いですよ。いきなり大森林に連れ込むなんて、なんて言われるか……」
サラはまたしても頭を抱えた。相当苦労しているように見える。オデコが少し広いのはストレスのせいか……?いや、気のせいだな。自分から見せているし、そういう髪型だろう。
それを聞いたリーセルは、少し黙った後、特段気にすることでもないという表情で、
「まあ、特級の私がいるから問題ないでしょ」
「問題ないって……事後報告して、組合から何か言われるのはリーセルさんなんですよ?」
サラはリーセルの親か何かか……?
「う……ここの代表は小言ばっかりでうるさいから、それは面倒だなあ……それじゃ、ちょっと顔を出してから森に向かおうか」
「はあ、それくらいで妥協しておきましょう……」
ため息をつくサラとは裏腹に、風脚のメンバーはやれやれと笑みを浮かべている。少しだけど、この人たちの関係性が見えてきた気がする。
「それじゃ行こうか」
リーセルはローブを羽織り、トランクケースを手に外へと向かう。風脚の面々も、何時間前から用意していたかわからない、旅支度を手に取り、リーセルに続いた。
……あれ、そういえば宿のこと忘れてないか?そんなこと思いながら、俺も彼らの背を追いかけた。
目指すは、界異の存在を仄めかす、異常をきたしたフルフレイヤ大森林だ。




