リーセルとの会話
食事を終え、リーセルと二人で依頼内容について話し合うことになった。
事の発端は、神聖国の北東に位置する、フルフレイヤ大森林で起きている、異常な魔獣の増加だ。近年で爆発的に増えてきているらしい。
「元から大森林には多くの魔獣が存在しているんだよ。身を隠すには丁度いいからね」
「身を隠す……?魔獣は知能を持たないから、そんな事せずに人間を襲うはずだけど……」
魔獣はこの世界を侵略するための、生態兵器のようなものだ。この世界を蹂躙するために、人間を襲うように設計されている。戦争初期の段階では、魔族の指揮のもとに運用されていたらしいけど、今はその魔族が激減して、制御を失った野良の魔獣がこの世界に蔓延っている。現在の魔獣被害は大抵こいつらの仕業だ。
だけど、身を隠しているという事は……
「魔族が関わっているなら、有りえるか」
「そうだね。一応魔族関連の報告もあるにはある。私も初めは力を付けた魔族の仕業だと思っていたけど……この一件に関して、魔族は関わっていない。私は、そう結論づけている」
「それはどうして?」
「統率のそれが、魔族のそれとは、根本から違うんだよ。四千年の間続いてきた、侵略するという魔族の意思を感じない。それどころか、奴らは何かを守っているように見えたんだよね」
何かを守るために動く魔獣――兵器としては別段可笑しなことではないけど、魔獣は命令が無ければ無差別に攻撃するしか能がない。そういう風に作られている。
「なら、何を守っているのか……調査の結果、それが「界異の肉片」だという事がわかった」
「肉片?」
リーセルは頷きながら、食後の紅茶を手に取った。
……界異の肉片なんて言葉は、初耳だ。アイテムの名前か……それとも、他の何か……。
「その肉片って、どんな見た目だ?」
「さあね。かの大戦時に、そぎ落とした体の一部――文字として残ってはいるけれど、詳しいことは、この目で見てみないことにはわからない。挿絵くらいは残してほしかったんだけれどね」
大戦……次元の特異点に近い年代の事だな。神にとって些末なことかもしれないけど、人類にはそう伝わっているのか。
……にしても、その肉片とやらが四千年の間、腐ることも無く、残っているとがそもそも、異常だと思うんだけど。
「そんなもの守ってもどうしようも無いと気がするけど……ご神体として祀っているとかか……?」
「どうだろうね。そこまではわからない。そもそも、界異についてわかっていることなんて、たかが知れている。調べようにも、あれから時間が経ちすぎて、資料が紛失してしまっているか、用無しと判断されて処分されているか……口伝えの伝承なんてものもあるけれど、ほとんどが眉唾ものだよ」
俺も一緒に調べようにも、二千年以上生きている彼女がわからないのなら、数十年生きるのが精一杯の俺たち人間に手伝えることなんて、それこそたかが知れている。
だけど、そんな彼女が人間の力を借りようと、こうして俺を誘った……何らかの算段は付いているという事か。
「それで、俺は何をすればいいんだ?調査は大方済んでいるように聞こえたけど?」
「念には念を入れる。魔族ですら人間には手に余る存在だ。例え肉片であっても、天使が楔にならなければ封印できなかったバケモノの一部……魔族と同等か、それ以上の存在と考えたほうがいいと思うよ」
「思うよ……って、他人事みたいに…」
「私の寿命は人のそれとは違うからね。今回の作戦も、少なく見積もって十数年はかかるだろうし、人間はその間、出来るだけ死なないように立ち回って貰わないと。引継ぎって、結構めんどくさいからね」
……そうだった。長命の奴らにとって、ましてや二千年生きている彼女にとって。、一人間の人生なんて、瞬きにも等しい。駒とは思っていなくとも、そういう扱いに自然となってしまうんだ。
だけど、今回に限って……いや、この世界に限って、そんな悠長な時間をかけるわけにはいかない。
「……十数年はかかると言ってけど、それはダメだ」
「どうして?」
「界異の封印はもう直に解かれる。たかが、肉片にそんな時間をかけている場合じゃないんだよ」
それを聞いて、リーセルは手に取ったカップを止め、耳を少し動かした。動揺しているように見える。
「それは、どこからの情報かな?」
「俺がこの世界に”来た”。それが答えだ。廻り者って言ったらわかるだろ」
「……そうか。なるほど、沈黙がハルみたいな子供を弟子にとった理由がわかったよ」
「話が早くて助かる。んで、この情報を知って計画に変更はあるか?」
「変更なんてものじゃないよ。計画は白紙だ」
リーセルはそう言うと、勢い良く立ち上がった。
「この後も時間あるでしょ?ついてきて。私たちの……調査隊の拠点に案内するから」
有無を言わさぬ行動の速さ……どこか師匠の面影を感じる。
店を出て、大聖堂と真逆の方へ足を進める。拠点というから、人通りの多いところかと思ったけど、そうではないみたいだ。
「ところで、調査隊って?」
「肉片の調査をするために集めた傭兵部隊って言えばわかりやすいかな。正式名称は『フルフレイヤ大森林調査隊』」
「へー。それって結構歴史ある組織なのか?」
「いや、この間作ったものだよ」
「エルフの最近って言うのがいつなのか、わからないんだけど」
「半年ほど前かな」
それをこの間と言っていいものなのか……。
「主な目的は、肉片の正確な位置を突き止めること。肉片に近づくにつれて魔獣は多く、そして強くなっていく……。私ひとりじゃ大森林の攻略はちょっと不安なんだよね」
「二千年生きた魔術師でも不安……」
二つ返事で快諾するべきかなかったか……?
今の俺に出来ることは、味方の強化と魔獣への妨害行為……身体強化で前線を張ることもできるけど、剣を持てない今、それは得策じゃない。
リーセルの魔術頼みの調査になりそうだな。
「ところで、沈黙は元気?」
「表情が変わらないから、ちゃんとはわからないけど、元気なんじゃないか?最後に会ったのは二年前だ」
「そっか、しばらく会っていなかったから、ちょっと気になってたんだよね。会いに行こうにもどこにいるかわからないし」
師匠って、自分の話ほとんどしないからなあ。俺も聖域の場所を教えられていないし……。
「リーセルが最後に会ったのはいつだ?」
「二百年くらい前かな。一緒に魔王討伐の旅をしたことは鮮明に思い出せるよ」
「魔王討伐……」
リーセルって、師匠がやんちゃしてた頃の仲間だったのか。……地形を変えた魔術を見て、何か変なことに目覚めてなければいいけど…。
「魔王倒したリーセルでも、大森林の単独攻略は難しいのか」
「魔王を倒したのは、ほとんど、沈黙の魔術と勇者の宝具によるものだからね。もしかして聞いてない?」
「詳しくは知らないな。どんな魔術で死なないから、実験し放題だったってのは聞いだけど……」
思い返すと、魔王討伐の話って結構狂気じみてるんだよな…。
「ふふ、言い回しが沈黙らしいね。私からすれば、あれは実験じゃなくて、ただの蹂躙――悪く言えば虐殺みたいなものだ。沈黙が敵じゃなくて本当に良かったよ」
「そんなにひどかったのか……?」
「最初の一撃で、国を更地に変えて、続く二撃目で魔王以外の魔族を蒸発させた。そのあとは――まあ、一方的に弄ったよね。カイゼル王子――勇者の止めが救済に思えるくらい、皆ドン引きだったよ。ハインケル――僧侶が魔族相手に、慈悲の祈りを捧げてたし」
師匠……いくら魔族がこの世界における絶対悪だからと言っても、半分人道から外れた行為だぞそれは……。
「物語とか、歴史書とはずいぶん違うんだな……そのまま書けるものでもないけどさ」
「あの頃は、皆英雄譚を欲していたから、脚色を加えに加えたよ。カイゼルが唸りながら執筆しているのを見ながら、皆で酒盛りをしたことを覚えてる」
「最低過ぎない……?一応王子様だろ?そのカイゼルって人」
「まあ、相当のろくでなしだったからね。二日酔いで役に立たないなんて事が数え切れないし、色町があれば吸い寄せられるように、いつの間にか消えていた。路銀の半分以上はカイゼルの無駄遣いだったんじゃないかな」
「……僧侶のハインケルって人はまともだったのか?」
「あいつは、いい奴だったかな。事あるごとに筋肉で服を弾き飛ばしていた変態ではあったけど」
「まともなのはリーセルだけか……」
よくそんなパーティーで魔王を倒したな……。
「リーセルは旅で何をしてたんだ?」
「雑用だよ。宿とか、馬車の手配に、必要な道具の買い出し、その他もろもろ、旅に必要なことは大体私がやっていた。料理はハインケルに任せてたけど」
エルフの術師を雑用にするなんて、何考えてんだよ…。
「そんな話聞いたら、大抵の人は卒倒するだろうな」
「実話というのが、案外当てにならないってことの良い例だ。どれだけ脚色と嘘を重ねても、大筋が真実なら、それが架空の物語だとしても実話になる。結局、信じられるのは、自分で見たものだけってことだよ」
リーセルは、自嘲しながら笑った。自分がそれをしたが故に、全てが嘘に見えてしまう……。とんだマッチポンプだ。
界異の情報探しはかなり難航しそうだな。四千年前からの情報が、どれほど現代に残っているか……当てはあるけど、リーセルの話を聞いた今、それもちょっと信用していいものなのかどうか。
とりあえず今は目の前の問題を片付けよう。
「さ、ついたよ。ここが拠点だ」
「……まじ?」
案内されたのは、拠点とは名ばかりの、いかにも幽霊系の魔物が出てきそうな古びた洋館だった。




