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七番目の黙示録  作者: 凛月
第二章・辺境の魔術師
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エピローグ「アンリ」

 二十一時過ぎ、就寝の準備を整えた後、俺はいつも通りアンリの部屋に向かう。その日その日に、どんな魔術を使ったのか、とか、どんなことが出来るようになったか、それから実践した項目の確認をするためだ。

 今日は他にも話すことがあるけど……。


「入るぞ」

「んー」


 なんと腑抜けた返事か……。俺は今から真剣な話をしようとしているのになあ……。ま、アンリはそれを知らないから仕方ない。


「今日一日、調子どうだった」

「いつも通りかな、魔力も特に変わりなし。あ、でもこういうの出来るようになったよ」


 そう言って、アンリは、そこそこ大きくて一切の乱れもない水球を作った。それから、「見てて」とその水球に指を指し、クルっと円を描く。


「これ……全部水……なのか?」


 凄いでしょと、目を輝かせてアンリは俺を見る。確かにすごい。だって、今、俺の目の前には、宙に浮くアクアリウムが存在しているのだから――。


「どう考えても、他の物質にしか見えない……触ってみてもいいか?」

「大丈夫だよ」


 ガラスに覆われていないアクアリウムに手を伸ばし、その中に触れる。

 腕を入れた際、水球に波紋一つ立たないことにも驚いたけど、それ以上に違和感があったのは――。


「ちゃんと感触がある……どうなってんだ、これ」

「人体の七割は水で出来てる――ってハルが言ってたの思い出してね。だったら、”水も物体として存在出来る”んじゃないかな~って。完全にそのものに変化したってわけじゃないけど、見た目と重さは遜色ないでしょ?まあ、今は水球の中でしか存在できないんだけど……」

「いやいや、だけど……って話じゃないぞ、これ」


 適当に口にした話で、どうしてここまで昇華できるんだ。


「砂とか、木材の物質はわかる。コケもまあ、ここまでくれば出来るんだろうとは思う。だけど、どうして魚が……生物が動いてるんだ。これって、シャンズとこの秘匿魔術だろ」


 秘匿魔術は、女神への誓いの下で成立している。だから、シャンズが「生き物を魔術として再現する」、という魔術をアンリに教える事はできない。だから、これは完全にアンリがゼロから生み出したという事になる……。

 現代魔術の理論を完全に無視して、魔術として成立させる――、空想魔術師にとってそれは当たり前のことだけど、自身の意思を持ってそれを再現するのは、”水の盾”の時みたく、完全無意識下のものとは訳が違う。


「うーん……多分シャンズさんとは違うよ。火の鳥みたいにしようと思って、この水球の外で形作ろうとすると、どうしても安定しないんだよね。たぶん、そこに秘匿されてる魔術が関係してるんだと思うんだけど……シャンズさんには聞けないからさー」

「女神の誓いは破れないからな……」


 俺の推測どおりだとするならば、シャンズのあれは風の魔術の応用だ。風の魔術で、目視可能な属性魔術を生物に象って運用する――それが秘匿されている魔術だと踏んでいる。実際はもっと複雑な物なんだろうけど、細部まで知る必要もないと思って、詳しく調べてはいない。


「ま、シャンズに聞かなくても、アンリならそのうち出来るようになるだろ。なんて言ったって辺境の魔術師様だもんな」

「もーそれ恥ずかしいからやめてって…」

「それくらい認められてるってことなんだ。今じゃシャンズに引けを取らないくらいの魔術師になった……。そろそろ素直に受け取れよ」


 アンリは、そうだろうけど、と言ってベットに座った。


「でも、所詮非正規魔術師だよ。まだ、胸は張れないかなー」

「それって、俺に言ってる?」

「あ、そんなつもりじゃ……ごめんね」


 冗談だと言いながら、俺はいつもの通りアンリの隣に座る。そう、夜中に女性の部屋に上がり、ベットに座る。誰もが冗談だと思うだろうけど、俺の日常はいつの間にか、こんな奇妙なものになっていた。

 まあ、別にナニかをするってわけじゃない。ただただ、その日の起こったことや明日何をするか、そんな他愛もないことを話すだけ。


「それで?今日は何があったの?」

「と、言うと?」


 アンリは仰向けで両腕を広げ、ベットに転がった。これは完全に俺の話だけを聞くときの体勢だ。


「今日は帰って来てから、ずっと変な顔してるんだもん。そりゃ、何かあったって思うでしょ」

「平常だったと思うけどな…」

「どれだけ一緒にいると思ってるのよ。ハルの事なら大体わかるわ」

「なんでもじゃないってのが、変に現実味があって怖ええな。じゃ、なに考えてるか当ててみ」


 アンリの事なら大体わかると自負していたからか、変な返しをしてしまったけど……さて、どう来る。


「私の事でしょ?むー…自分の口からいうの、恥ずかしいんだけど!」

「あはは……アンリに隠し事はできないみたいだなあ」


 完璧ですよ。よくわかってるじゃないですか。花丸を上げましょう。

 それはそうとして、だ。


「……アンリは、俺が町から出ることを知ってて、どうしてここまで良くしてくれるんだ?……どうして、俺を慕ってくれてるんだ」


 どうして、別れがくることを知っているのに、ここまで好きでいてくれるのか……俺はそれが何故なのか全く分からない。

 そして、その問いを解くことを、俺は避けてきた。答えが出た後、アンリとどう接していいかわからなくなりそうだったから……。

 でも、いずれ知らなければいけない。知って、受け止めて上げないといけない。

 そんな、俺が苦悶している問を、アンリは


「好きだから」


 とサラっと答えた。


「え、それだけ?」

「それ以外に何があるのよ」

「何がって――」


 困惑しつつ、何となく顔を向けると、アンリは一点の曇りない瞳で、俺に微笑みかけていた。


「好きだからって……たったそれだけで、なんで……こうして一緒になろうとするんだよ」

「何でって、好きな人と一緒になりたいってのは、普通の事だと思うけど」

「でも、俺たちの場合はそれが普通って訳にはいかないだろ。別れが決まっているんだぞ?もう、会えないかもしれないんだ……それなのにどうして…」


 俺は普通の人じゃない。ただ、のんびりと暮らすこの町の人達とは訳が違うのに……。


「もうすぐお別れだってことは、私もわかってるよ。でも、二度と会えないなんてこと、誰にもわからないじゃない。ううん、ハルなら絶対帰ってくる。絶対に」

「何を根拠にそんなこと……アンリは俺がこれから、何をするのかわかってるだろ。どうしてそんな風に言い切れるんだよ」


 アンリはそれを聞いて、深くため息をついた。


「もー理屈ばっかり。っま、そういうしっかり考えるとこも好きなんだけど……でも、自分に自信がないときに、とことん悪い方向に進んで行くのは良くないなあ」


 そう言いながら、俺の頬を両手で包み込み、額と額を合わせる。


「良い?ハルはとっても凄い人なんだよ。誰にも負けないくらい強くて、自分を犠牲にしてまで大切な人を守る優しさを持ってる。あ、それはちょっと直してほしいけど……でも、私は絶対に帰って来てくれるって信じてる」

「何を根拠――」

「それ禁止。それとも何?私の言ってることが信じられないの?」


 不満気な表情を見せ、じっとりとした目で俺を見つめてきた。これはホントに不機嫌な時のそれだ…。


「自分の事が信じられないなら、ハルが信じてる皆にうつる自分を信じて。いるんでしょ?絶対に信じられるって人たちが」

「……」

「だから、大丈夫。ハルは自分が思っているより、ずっと凄いんだよ……私のいう事が信じられないって言うなら、それまでなんだけどね」


 そう言って、アンリは沈んだ表情を浮かべ、両手を引っ込めた。


「……アンリの事は信じてる。だから、アンリのいう事も全部受け止める。けど……それでも…俺は…」

「まだ、何か不安なことあるの?」


 俺は、一つ隠し事をしている。誰にも言っていない――この世界で一番信じ、信頼しているアンリにさえ言っていないことが……。


「……アンリはどうして、俺たちが廻り者って呼ばれてるか、言っていなかったよな」

「そう…だね」


 廻り者――ゲームの世界でプレイヤーを表す言葉だ。じゃあ、どうして神はそう名付けたのか――


「俺たちの世界では死という概念が存在しなかった……厳密にいえば、魂が死ぬことがない世界だ。身体を失っても、新しく構築された身体に魂が廻り蘇る――それが廻り者の正体だ。アンリ。俺はあの世界でたった七年の間に”千回以上”死んでる」


 この情報はきっと大いに心配をかける。だから、ずっと隠していた。現にアンリは両手で口を塞いで、目を大きくしている。でも、アンリに伝えないままいるのは、不誠実だ。


「……俺がただの強い人間なら、これから立ち向かう敵が強敵だったとしても、帰ってくるって約束をしたと思う。けど、俺は千回以上死んだ先に生きている人間だ。帰ることがどれだけ難しいかを知ってる」


 黙示録に挑むこと七百二十六回……そのうちのたった一回を生き残った(クリアした)だけで、俺たちはこの世界に送りこまれた。

 神器という最強の装備を与えられ、少しの希望は見えているけど、俺はそれを持ち合わせていない。つまり、あいつらよりも生存確率が恐ろしく低いという事だ。


「……だから、ずっと悩んでた。俺が気持ちを打ち明けて、アンリが喜んでくれたとしても、その先に待っているのは、終わりの見えない未来だ。帰ってこれたとしても、それが何年後か、何十年後かわからない。その間、アンリを独りにするなんて、俺には耐えられない……」


 アンリの幸せを願うなら、この想いは心のうちに隠せばいい。数年もすればアンリの心も薄れて行って、俺の事はいい思い出として残るだろう。それが最善だと思う。


「だけど、それ以上に、何も言わずアンリの気持ちを蔑ろにし続ける、不誠実さ――いや、これは建前だな…」


 決めただろ。ちゃんと気持ちを伝えて、話し合うって。

 素直に、自分の思ってることを――


「アンリには幸せになって欲しい。それで……それを…それを、叶えるのが俺でありたい……自分勝手で押し付けがましい理想だってことはわかってる。けど――」


 一人淡々と話し続けるのを、アンリは俺の唇に人差し指で触れ「もう大丈夫」と、言葉を遮った。


「押し付けがましいなんて言わないで。ハルの理想は、私の描く未来と同じなんだよ。……だから、そんな顔してまで、一人で抱え込まないで」


 俺がどんな顔をしているのか、そんなのは自分じゃわからない。でも、アンリがそこまで言うってことは、相当ひどい顔をしていたんだろう。でも、アンリはそれを、優しく受け止めてくれた。


「……ごめんね。ハルがそんな悩み続けてたの気付けなかった……ハルの事なら大体わかると思ってたのになあ」


 自分を小馬鹿にするようにアンリは苦い笑みを浮かべた。


「アンリのせいじゃない。俺が逃げ続けてただけだ」

「でも、そんな環境を作ったのは私でしょ?」

「……まあ」

「そこは否定しないんだ…」

「そりゃ、家族まで巻き込むとは思わないだろ」

「むむ、だってそうでもしないと、ハルのこと捕まえておけないんだもん」


 アンリはそう言って、頬を膨らませる。そのあと、いつものように明るく笑った。


「ふふ、いつもの顔に戻ってきたね」


 アンリは俺の頬を口角を上げるように引っ張った。

 アンリの表情と一挙手一投足でだけで、揺らいでいた精神が落ち着いた。我ながらに単純だ。


「落ち着いた?」

「ああ……ごめん。ありがとう」

「どういたしまして…でいいのかな?」

「いいよ」


 一方的にではあるけど、俺の気持ちは伝えられた……と思う。だから、俺の番はお終い――…


「それで、ハルはどうしたい?」

「え?」

「え?じゃないよー。ハルの悩んでたことは聞けた。私はその先が聞きたい」

「その先……あー…えーっと……」


 俺は気持ちを全部伝えたつもりだ。悩んでいたことも、俺の理想も。その先……?


「もー…そんなんだから、一人で悩むことになるんだよ?…ちゃんと聞かなかった私も悪いんだけどさー」


 俺の眉間を人差し指で上下にこすりながら、アンリは不満げな顔をする。


「自分の中で答えを出した後、誰にもその事を話さない……ハルの悪い癖だよ。何の説明もなく結果が出るから、皆わかってないみたいだけど……私にはお見通しなんだから」

「そんな癖あったのか……全然気が付かなかった」

「まあ、癖って自分じゃ気づかないものだからねー。人から見てもわからないことあるし」

「でも、アンリは気づいたんだ」

「ずっと、ハルの事見てるんだもん。気づくよ」


 誰よりもと付け加えて、アンリは自慢げに笑う。確かに、俺の事を一番よく見ているのはアンリだと、自分でも思う。……恥ずかしいくらいだ。


「でも、今回はちゃんと言って欲しいな。ハルの口から、心の底で思ってること」


 アンリは既に気づいてる――事を俺はちゃんと知っている。だから、口に出したことは無かった。けど、それも今この時で終わりだ。

 ……いざ、口に出すってなったら、恥ずかしいな…。

 早く言ってと、アンリは意地悪な顔で俺をせかしてくる。この小悪魔…畜生可愛いな!


「えーあー……」

「何?」

「せかすなよ」

「二年待ったんだけど?」

「……悪かったって」

「ん。許したげる」

「――…好きだ」


 ダメだ。顔が熱い。これ以上無理――


「足りない」

「え、えー……」


 無理……。


「ハル」

「……好きだよ」

「もっと」

「好き」


 頭の中が真っ白になりそう……。


「ふへへ。私も好きだよ」


 アンリはちょっとだらしなく笑いながら見つめてくる。あ、ダメだこれ。目、合わせられねえ。


「目、そらさないで」

「そんなこと言われましても……」

「私より大人なくせに恥ずかしいんだ~」

「いや、その、肉体年齢に引っ張られると言いますか、なんというか…」

「一つしか変わらないじゃない」

「その一つが大きいと思うんです……年下だし…」


 アンリの両手で強制的に合わせられている顔は、鏡を見なくてもわかるくらいに真っ赤だと思う。アンリ以外には見せられないな……。


「ねえ、ハル」

「な、何でしょうか」

「真面目に答えてね」


 急に冷静になるのやめて欲しいんだけど……。でも、アンリの話をちゃんと聞くって決めたからには、このエメラルドグリーンの瞳から逃げることはしない。


「ハルは私と、ずっと一緒に居たいって思ってる?」

「ああ、思ってる」

「私の事、ちゃんと愛してくれる?」

「もちろん。誰にってわけじゃないけど誓うよ」

「……絶対に帰って来てくれる?」


 この問答は確定じゃない。だけど、今の俺たちには必要なことのように感る。


「それは――…ああ、帰ってくる。必ず」

「私に誓って」

「アンリに誓う」

「わかった」


 そう言って、アンリは目を瞑った。不確定な約束。そんなこと知ったこっちゃない。

 仲人も立会人もいない月明かりの下、無作法にベットの上で寝転がったまま手を繋ぎ、俺たちは誓いのキスをした。


「あ」

「どうした?」

「エッチなことは無しだよ。お父さんがいないまま、子供を育てたくないから」


 雰囲気台無しじゃねえか……。そんなこと、言わなくてもわかってるって……。

 アンリはずっと両親と一緒に居られなかった。子供にそんな思いをさせたくないんだろう。俺も同じ気持ちだ。


「ちゃんと二人で育てような」

「うん。ふふ、救世主様との子供か~。男の子かな?女の子かな?ハルはどっちがいい?」

「どっちも……って言ったら?」

「ふふ。やんちゃなお父さんだ~。それなら、早く帰って来てね。歳をとると産むの難しくなるから」

「そうだな。出来るだけ早く帰る」

「うん。待ってる」


 その日、俺たちは二人、同じベットで眠った。

 そして、翌日。同時に部屋から出てくるのを両親に見つかり根ほり葉ほり聞かれたのであった。

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