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七番目の黙示録  作者: 凛月
第二章・辺境の魔術師
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エピローグ「パライン」

ST.954 「シャンデラ大陸・メリア神聖国パライン」


 竜との戦闘から丸二年が立ち、俺は十四歳になった。

 あれから魔獣の襲来はない。俺たちは、あの魔族……――仮称・怪物の仕業とし、解決とした。

 逃げ出した――と思っていた二人の魔術師は、冬を越してすぐ、聖都の騎士団を引き連れて帰ってきた。彼らは町からは逃げた。だけど、それは国を守るための行為だったのだ。あれだけの脅威……町の戦力ではどうにもならないと感じた彼らは、神聖国への多大な被害を抑えるために町を切り捨てる判断をした――という訳だ。大義があったとはいえ、町の人間が許すことはなく、彼らは町を追われた。

 到着した騎士団へ事情説明は、オベルクが町の代表となって進められた。

 竜の討伐。それは、とてつもない偉業だ。この戦力不足の町で……となるとなおさら。

 国へは、「二級魔術師フルジア・ファス。準一級傭兵オベルク・ランザス。六級魔術師シャンズ・ブラックモア。辺境の魔術師アンリ・フリュール。の四名が討伐に尽力した」と報告された。

 俺は全く魔術が使えなかったせいもあり、周りが推したところで到底信じて貰えず、ただ、騎士団の笑いものになっただけだった。

 現在は、魔力回路は完全に回復して、町の復興に携わっている。


「ハル!こっちもだ!上げてくれ!」

「はーい」


 今はまさに建材運びの仕事の真っ最中だ。

 さて、今の声の主。ここの現場監督であるはち切れんばかりの筋肉を持つ大男……そう、この男こそアンリの父親、ブライトさんである。一年ほど前、町の復興の為に聖都の仕事をやめて出戻りしてきた。その時、連れ帰ってきた女性をアンリの母親だと思っていたら、交際相手だった。デリケートな話だったから聞けなかったけど、実の母親はアンリが生れてすぐに亡くなっていたそうだ。

 今では正式に再婚し、アンリの義母となった。


「ふははは!ハルの魔術があれば速度も段違いだなあ!」

「おやっさん……暑苦しいから肩組まないで……」

「おいおい、お義父さんと呼べと言っているだろう?」

「はあ……」


 アンリを独りにしていた男。とんでもないろくでなしだと思っていたけど、その実、やや豪快が過ぎるところもあるけど、笑顔を絶やさない、優しい心の持ち主だった。

 アンリを放っていたのは、完全にアンリを信頼しての事で、性格的にも大丈夫だと思っていたかららしい。宿の現状を知るや否や、建物が震えんばかりの大声でしかりつけていた。大泣きする大男をなだめるのはもうこりごりだ。


「お父さん!ハルをいじめるなって言ってるでしょ!」

「いじめてなどないだろう!家族との絆を育んでいるだけだ!」

「それならいいんだけど」

「よくねえよ……」


 アンリとの関係だけど、この通りである。そう、一年前、町の復興のために親父さんが帰って来てから、これ見よがしと外堀を埋め始めた。初めて会った義母とも波長が合ったらしく、数日で打ち解け、悪ふざけを始めた。

 良好な関係ではあるけど、これはこれで、少しばかり複雑である。

 アンリは身体的にかなり成長した。十五歳とは思えない程、大人びているのは気のせいではない。

 結局二年の間、関係は良くなる一方だった。もはや、あの宿が実家と言うに相応しい。


「はい、お義母さんからのお弁当。あと、シャンズさんからハルへ伝言。手伝いが終わったら店に来いってさ」

「できたのか!?」


 シャンズはあの後、冬が超えてすぐに資格試験の為、聖都へ向かった。行きの顔は何やら、苦い顔をしていたけど、その後、全て清算してスッキリといった顔で、三級魔術師の証を引っ提げて帰ってきた。一級魔術師にならなかったのは、魔術社会の派閥争いに巻き込まれたくなかったからだそうだ。


「おーい、シャンズー」

「お、来た来た。グレイスーー!」

「こんにちは。ハルくん」


 シャンズは、聖都から一人の女性を連れ帰ってきた。

 彼女は、術具士――術具の研究・開発を生業としている、五級魔術師グレイス・パステルという。聖都で一悶着あったようで、気付いたら一緒にいる時間が長くなり、今ではこの町に共同の工房を建て、一緒に住むくらいの仲だ。遅かれ早かれ結婚するだろう。


「要望通りに調整してみたけど……ホントにこれでいいの?」


 グレイスが手に持っているのは、指輪の術具だ。

 俺はあれから魔術書の使用を控えている。魔力量も上がったし、魔力回路の強化も怠っていない。だけど、毎回あんな風な戦い方をしていたら身が持たないと思い、もう一つ別の術具を持つことにした。

 原初の魔術を使用したさいにできたガラス片をかき集め、不純物を取り除き凝縮させたてできた魔術触媒。そのとんでも物質で作られたのが、この指輪だ。

 飛竜の翼銀骨を指輪型に加工し、凝縮されたガラスをはめ込んだシンプルな造形。付け心地は最高だ。


「んー……と、容量はやっぱりこれが限界?」

「これ以上となると、もっと凝縮しなくちゃいけないの……でも、その素材がもう底を尽いちゃって…というより、普通はここまで必要ないと思うんだけれど……」

「ま、ハルだからな」

「なんで、お前が得意げなんだよ」


 容量は魔術書の十分の一にも満たないけど、騎士団が持っていたどれよりも大きなものだ。変換率も悪くない。


「うん。これで大丈夫。名前は付けた?」

「『グラスチア・リング』。二百年前、魔王討伐に出向いたパーティーの魔術師が好きだった花の名前……って、シャンズが言ってたわ」

「おい……」

「ハルくんは凄い魔術師だから、それに相応しい名前を付けてあげたいって、シャンズが」

「ふーん。そうかそうか」

「ヤメテ……」


 赤くなった顔を隠しながら萎びれていく。最近のシャンズはずっとこんな感じだ。初めて会った時とはまるで違う。


「いい名前つけてくれてありがとな。グレイスもいい物作ってくれてありがとう」

「どういたしまして。私も初めての素材を触れて楽しかったわ」


 『ブラックモア工房』から出た後、指輪の感覚を試しにとあるところに向かう。


「お?ハルじゃねえか」

「よ!偽二級」

「いつになったらその呼び方やめんだよ……で、何しに来た?」


 魔獣迎撃の際に作った戦場跡地は、今、町の自衛団が鍛錬に使っている。

 今後またいつ被害が出るかわからない。だから、有志を募って自衛団を立ち上げたのだ。団員は七十人程。まだまだ形にすらなっていないけど、オベルクが指導しているから数年中には軌道に乗り始めるだろう。


「術具が完成したから、試運転しようと思って」

「ったく……また実験体に利用しようってか」

「ちゃんと鍛錬にはなってんだからいいじゃん」


 俺は時折ここに顔を出して、オベルクに強化魔術かけながら、剣術の稽古をしている。これがまた魔力制御の練習にちょうどいい。


「なあ……お前、ホントに魔術師なんだよな?」

「それ、俺も師匠に言った事ある」


 ゲーム時代、俺のメイン武器は剣だった。だから、こうしてまた剣を振るえるのがかなり楽しい。いい息抜きだ。


「お前に剣術を教えたのは誰だ?」

「我流だよ。対人に関しては、見よう見まねだな。仲間に言葉通りのヤバい奴がいるんだ」

「なるほどな。そいつも『廻り者』ってやつか」

「そのとおり」


 俺は自分が廻り者だという事を公表することにした。その方が何かと都合がいいからだ。廻り者という存在は伝承として現在まで語り継がれている。俺の歪な強さも、皆それなら腑に落ちると言っていた。

 廻り者がこの世界に馴染めるように『導き手』という一族が世界の各地に点在しているらしい。だから、旅の目的にその人たちを探すことを加えることにした。あいつらが何処に転移してくるかを知っておきたい。


「そういや、戸籍は取れたのか?」

「しっかりな。……苗字にフリュールって付いてるのに気が引けるけど……」


 傭兵になるにはちゃんとした身分証が必要――という事をオベルクに聞かされた。だけど、俺は出自不明で身元不明……傭兵になると言いながら、そもそも、傭兵になる資格を持っていなかった。

 戸籍を得る方法――…一番現実的なのが、”市町村いずれかに認可され、二年以上滞在していること”だ。

 そんな感じで、俺は二年の滞在を余儀なくされた。まあ、有意義な時間を過ごすことはできたから、全てが無駄だったという訳ではない。


「気が引けるだ?婿入りすんなら別にいいじゃねえか。先でも後でも関係ないだろ」

「あのなあ…俺、結婚するって言ってねえだろ。勝手に結ぶなよ」

「まーだそんなこと言ってんのか。まあ、何だ。悩むのはしょうがねえけど、答えはしっかり出してやれ」

「わかってる。試運転もできたし、グレイスのとこ戻るわ。実験手伝ってくれてありがとな」

「はは、どこまで行っても俺は実験体か…」

「嫌だったら、もっと強くなれよ~」


 オベルクは二級傭兵と自称していたけど、逆サバをよんでいた。準一級の実力ではない――そう、思ってのことだった。自分の実力は自分で推し量る。オベルクは豪胆でありながら相当な現実主義者だ。だからこそ、あの時、俺に任せるという判断を瞬時に決めることができた。力では圧勝できるけど、精神性でオベルクに勝てる気はしない。

 時間は十八時過ぎ。グレイスがくれた懐中時計のおかげで、外でも時間を確認することが出来るようになった。

 世界中を旅する俺には必需品とまで言える。現代でこれを買うことが出来るのは一部の富裕層くらい……正直持つことは難しと思っていたから、グレイスと出会えたのは僥倖だった。それを単独で作る彼女を手放した聖都の工房は、どれほど見る目がないのか……。

 指輪の試運転の結果を伝えるため、本日二度目の工房訪問。グレイスは試運転の結果を待てない性格だから、訪問に相応しくはない時間だけど、帰りがてら寄ることにした。


「グレイスーいるー?」

「ハルか。グレイスなら先に帰ったぜ」

「珍しいな。結果待ってると思ったんだけど……」

「行商隊の奴らが、珍しい魔物の素材を持ち込んでたみたいでな。そっち優先だ。そこから直帰だからもう来ねえぞ」

「この時間に行っても相手にしてくれないと思うけど……そんなことで止められる人じゃないな」


 シャンズはやれやれと言いながら、今日一日でだけでかなり散らかった工房を片付けている。……グレイスが聖都を追いやられたのは、この惨状にも関係があるでのは?


「結果なら俺から伝えとくわ。グレイスの自信作はどうだったよ」

「製作物として一級品って言っといてくれ。契約通り、珍しいものが手に入ったら届けるってこともな」

「了解。で、浮かねえ顔してるけどどうしたよ、師匠」

「お前に師匠って言われるの鳥肌立つからやめろ」


 シャンズが俺の事を師匠と呼ぶときは、この上なく馬鹿にしている時か、真面目な話をする時だ。今日は、後者だ。


「どうせ、オベルクになんか言われたんだろうが……その顔見ると、あの事か…。あいつは知らねえんだ。勘弁してやってくれ」


 オベルクは俺が旅に出る事を知っている。俺が廻り者だという事も知っている。だけど、それがどういう存在なのか、何をするのか、何と戦うのかを知らない。

 それは分かっているし、気にしていない。


「いや、別にオベルクがどうって訳じゃない。ただ、今だに答えを出せない自分が不甲斐ないって思ってな」

「……事情が事情だからなあ。そう思うのも仕方ない……っちゃあ仕方ない気もするが……」


 まあ、座れよ。と、シャンズは椅子を俺の前に滑らせた。


「だが、ハルにとっちゃ、悪い話でもないだろ?それに、アンリちゃんもそれを知った上で今の関係を続けてっし、その先を望んでんだ。悩むこたねえだろ」

「――怖いんだ。不幸を選ばないといけない現実が」


 アンリは黙示録の事を知っているし、俺がそれを止めるために戦うことも知っている。にもかかわらず、待とうとしている。だけど――


「考えてみろよ。命がけで戦うために、世界を行ったり来たり……ここに戻ってくるのに、一体何年かかると思う?生きて帰れる保証なんてどこにもないんだぞ?その間、アンリはどうなる」

「……」

「生きてんのか、死んでんのかすらわかんない、俺を待つのが幸せかどうか……考えなくてもわかんだろ」


 それはあまりにも残酷すぎる。俺があの時、アンリの好意を拒絶しなかった末路が今の状況を生み出した。どっちを選択しようが、アンリの幸せ一部を壊すしか選択肢がない。


「仮に、俺が旅に出ずに残ったとして、下手くそに塗りたくった仮面を被りながら生活する俺を、アンリはどう見る」


 どんだけ、隣に居続けてると思ってんだ。アンリは俺に気を使い続けて、いずれアンリも仮面を被るようになるだろう。それくらいの事、手に取るようにわかる。


「どうあっても、幸せにはなれない。してやれない……」


 俺は自分勝手な妄想で、アンリに叔父さんを重ね、自分のエゴで救いの手を差し伸べた。でも、その先にあったのは、俺と同じ道をアンリに歩かせるという最悪の結果だ。別れを告げる事の出来ないことの辛さはこの身で経験済……その辛さをアンリに押し付ける事になるかもしれない。これが、怖さの正体。


「はあ……やっぱ、ハルは馬鹿だな。とんだ勘違い野郎だ」


 シャンズは今の話を聞いてバカバカしいと、天井を見ながら回転椅子で回り始めた。


「ハル、お前は自分の事になると、途端周りが見えなくなる。戦場では頼もしいってのに、何でこんな簡単なことわかんねえんだか……。もしやハル、向こうの世界でも男女の経験したことねえだろ」

「今はそんな話じゃな――」

「いや、ある。お前さ、アンリちゃんと二人で話したか?」

「………して、ない」


 確かに、これ――事、結婚に関して話し合ったことは無い。というか、そもそもまともなお付き合いすらしていない。ただ、どんどん外堀を埋められるのを、のらりくらりと躱してきた。そう、前世で金の亡者を相手にしたのと同じように――。


「ハルの中でアンリちゃんがどう映ってるか知らねえ。だが、アンリちゃんの強さを理解してんのは、ハル。お前だろ」

「アンリの…強さ……」


 アンリは強い。国に認められるほどの魔術師に成長した。でも、シャンズが言ってる強さはそこじゃない……。


「そっか。そうだよな」


 最初から知っていた。だけど、それが知らずのうちに、俺の中で普通になって、変わらないアンリの心の強さが見えなくなっていた。

 そうだ。アンリは俺が思うよりずっと、遥かに強い。そのアンリを差し置いて、何を一人で考えてんだ。


「今夜、話す事にする。相談のってくれてありがとな」

「いいってことよ。たまには弟子として師匠の役に立たねえとな!」

「はは、いい心がけだよ。シャンズはいい弟子だ。誇りに思え~。んじゃ、帰るわ」

「おう」


 覚悟はできた。最初に決めただろ。俺はアンリの幸せを手伝うって。

 俺だけの未来じゃないんだ。俺だけで決めていい物じゃない。

 アンリの幸せはアンリが決めることだ。他人が決めはならない。

 ……師匠。俺、師匠より怖いもの出来たかもしれないです。


「あ、それと」


 ドアを開けたところで、シャンズが声をかけてきた。伝言か?


「いい加減、アンリちゃんを子供扱いすんなよ」

「いい弟子を持ったよ……本当に」


 シャンズは、今の俺にとって一番必要な言葉をくれた。

 ありがとう。

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