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七番目の黙示録  作者: 凛月
第二章・辺境の魔術師
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刻まれた魔術

「接近して付け根を狙え!そこなら首は届かねえ!」

「俺たちは囮だ!死ぬんじゃねえぞてめえら!!」


 連携の撮れた傭兵たちの猛攻と、ヘイトに徹する町の人々。みんながみんな、町を守ろうと決死で戦っている。

 俺は、それぞれが持つ武器防具に強化を付与し続ける事しかできない。

 体の痛みで精神が乱れて、魔力制御が上手くできない今、他人に魔術干渉をすれば最悪殺してしまう可能性がある。彼らに死ぬ覚悟はあるとしても、同士討ちだけ避けなければいけない。


「ハル!無事だったか!」


 後方への伝達を頼んでいたシャンズが、息を切らして戻ってきた。


「遅れてすまん。町の皆を落ち着かせるのに時間かかっちまった」

「今のシャンズは戦力として心もとないから、もとより数に入れてない」

「命の危機だってのに辛辣だな……」

「町はどうだ?」

「少なく見積もって半壊……。だが、死傷者はいない。アンリちゃんの力もあって、町の皆も何とか落ち着いたところだ」

「そっか、アンリが」


 アンリが無事だとわかっていたせいか、身体が少し楽になった気がする。心配でかなり力んでいたみたいだ。


「止めたんだが、聞かなくってな。今、町の消火活動してんだ」

「そっか……強いんだな。この世界の人間は」

「なんだって?」


 戦闘音でかき消されるくらいの力ない独り言。

 この世界は師匠の言った通り脆い。だけど、そこに住む人間は、それに屈しない精神性を持っている。戦争のない平和な世界で生きていた俺には、到底育まれなかったものだ。

 俺は強くなっていたつもりだった。でも鍛え上げたそれは、暴力と言う外面だけの力……己の根本にある精神が乱れれば、すぐに瓦解するくらい脆弱なもの。

 俺は、この世界を救う――死を厭わず戦うという覚悟がまだできていないみたいだ。


「弟子が頑張ってんのに、師匠がこんなんじゃ、示しがつかないって言ったんだ」

「覚悟は決まったようだね。で、何をするんだい?」


 俺の言葉を聞いて、ここに来てからずっと八首の竜から目を離さず、町を守る結界を維持し続けている老婆――二級魔術師、フルジア・ファスがしばらく閉じていた口を開いた。


「……奥の手を使います。だけど、それに環境を整える必要が――」

「今の指揮官はちび助じゃ。四の五のはいい。要点だけいいな。アタシらはそれに従うだけじゃ」


 ここに来て数分、はっきりとした指示も出していないというのに、俺を指揮官だと判断した……。この人戦場慣れしてるな。


「……これから使う魔術は”極致”。戦略級の魔術です」

「……!?」


 フルジアさんは、目を見開き俺を見た。でも、何も言わずに、続けろと言わんばかりに口を開かない。


「必要なのは、詠唱中の無防備な俺を竜から守る事。この魔術は詠唱が途切れれば術式が暴走して、このあたり一帯が吹き飛びます。町も跡形もなく消えるでしょう」

「本当にそんな魔術が使えるのかい?」

「できますよ」

「だが、ハル……それは――」


 シャンズは俺が視えている。そして、俺が何をするかを知っているし、その後どうなるかも理解している。

 だから俺はシャンズを無視した。


「支援魔術は維持できないから、立ち回りを変える必要があります。それは、完全に前線頼りになるけど、戦い慣れている彼らは、逃げに徹することが出来れば、生き残れるでしょう」

「ふむ。アタシはちび助を守ればよいんじゃな?」

「それが作戦の要です。……八首全てが同時にブレスを放ったとしたら、フルジアさんはもちますか?」

「……確約はできん。五本分くらいなら容易かろうが、それ以上となると話は別じゃ」


 二級の魔術師にとっても、アレは強敵と言うことか……。


「できなくとも、やってみないことには、どうにもなりません。最短でも二分間は死ぬ気で守ってください」

「うむ」


 出会って数分の人間に命を預け、命を預かる――大変な世界だよ、まったく。


「シャンズは、前衛に竜が隙を見せたら、最大火力をぶつけて出来るだけ竜から離れろって通達してくれ。そのあとは、魔力が続く限り火の鳥を使ってかく乱だ。竜には知能がある。初見ってだけで、少しは時間が作れる」

「……わかった。任せろ」


 そういって背中を見せた後、ポツリと「死ぬなよ」と言い残し、竜に向かって走って行った。


「隙と言うのはどう作るのじゃ」

「詠唱を始めればわかりますよ。あ、上の結界解くっていうの忘れてたな」


 吹雪から視界を守るために張ってあった雪除けの結界。解いたらそこに積もった雪が一斉に落ちてくる。


「……結界の形を変えて積もった雪全部、アレにぶつければ、もっと猶予が……できますか?フルジアさん」

「任せな。しかし、よくこの量を乗せたまま、結界を維持で来たね。相当魔力を消費したじゃろう」

「魔力量が取り柄なので――雪は彼らが離脱するタイミングで落としてください。では、任せます」


 環境を整える準備はできた。あとはブレスが来る前に魔術を発動できれば、作戦は確実に成功する。

 懸念点は、結界が破られる可能性があること、そして魔術が失敗する可能性……。

 これを使うのは初めてだ。そもそも、知識として知っているだけで、使うことは無いと思ってた。俺が支援魔術師を目指す上で切り捨てたものだから――。


「ふう……やれるな、俺……!」


 第一段階、魔力を代償とした、縛りの一時制限解除。


「――……っ」


 ボロボロの魔力回路から、無理やり魔力が引きちぎられていく感覚……傷口に塩を塗りたくられるように全身が痛む。

 第二段階、必要な魔素の収集。魔術書を地面に置き、それを起点に魔素を収集するための魔術陣を構築する。これだけで、俺の膨大な魔力量の四割以上が消費される。これもまた、魔力回路を酷使する行為だ。

 第三段階、宝具に刻まれた、十二の術式の一つに魔力を流し込む。


「開典――……っ……はあ、はあ……」


 残りの魔力量は……ああ、そんなとこまで頭回が回らない。今は魔術を――。


「……」


 俺の顔をフルジアさんが何か言いたげな顔をしている。まあ、そうだろう、鼻からも目からも血が溢れているだろうから……。

 身に余る魔術の使用、構築。脳に多大な負荷がかかるのは必然だ。

 第四段階、収集した魔素の集束。

 それを始めた時、竜が俺の方を見た。竜には知能がある。魔素の異常な集束に異変を感じて、一時の隙が出来る。

 今だ。やるんだ――。


「鎧砕き!」

「破砕突き!」


 それぞれが何やら技名を叫びつつ、竜に一撃を入れて離脱していく。

 その中でも、特に損傷を与えたのはオベルクの剣撃だ。


「蒼天!!」


 技名と共に繰り出されたそれは、竜の首を一度に二本切り落とした。

 しかし、それもまたすぐに元通り……再生能力が無ければ、今頃後処理の相談をしていただろうな……。


「いくよ!」


 全員が離脱したタイミングで、フルジアさんは結界を解き、トン単位に降り積もった雪を竜の頭上に落とした。体高三十メートルもある竜が埋もれるほどの量……だけど、それも身に纏った炎によって、十数秒で溶かされた。

 雪が解けた後、竜はハエをはたくような動きで、首を上下左右に揺らし始めた。シャンズの火の鳥だ。それもいつまで持つか……。

 ――皆、決死の覚悟で時間稼ぎをしている。俺はそれに応えなくてはいけない。絶対に成功させる。

 第五段階、収束した魔素を詠唱によって、魔術創世時代のものに変換する。

 ――五分。


「――死告の赤子。――籠の夢。――天との邂逅――」


 竜が囮に興味を示さなくなり、その十六の瞳は俺を標的に定め、八つの口に青い炎を起こした。それを察知したフルジアさんは、杖を地面にめり込ませるほどに突き立てる。


「ええい!『不解不動・八重の層』!!」


 一つ一つが違う性能を持った八つの防御結界魔術を一列に展開する恐るべき魔力操作。魔力の消費もかなりのものに違いない……。


「――果ての城壁。――不滅の獣――」


 ――四分。


 八つの口から放たれたブレスは、容赦なく俺に向けられ、結界を一つ、二つと破壊していく。


「ぐう……まだか!ちび助!」


 ごめん。やっぱ、二分じゃ無理だった。でも、まだ終わった訳じゃない!


「――銀の絹。――紫の宝玉」


 十数秒にわたるブレスは、徐々に勢いを落とし、止んだ。六つの結界が破られたけど、フルジアさんは役割通り、俺を守り抜いた。

 そして、最後の一句を言い終わったとき、魔術書が光を帯び始めた。魔術の使用許可がでた。


「アタシの仕事はここまで――…な…なんじゃ」


 ブレスは確実に防ぎ切った。しかしブレスによって発生した水蒸気、その先に八つの青白い炎が見えた。竜は次のブレス下準備に入っている。おそらく、今のよりも強力なものだ。

 ――術式の完成まであと少しなんだ。頼む、もってくれ。


「クソったれえい!もう一度――……っ」


 フルジアさんは肩肘を付いた。魔力の枯渇――あれだけの魔術だ、もう一度なんて無理がある。出来たとして、防ぎきれるほどの結界を作ることは不可能……。

 許諾は下りた、急げ――…急げ――…!

 最終段階、詠唱による魔術の発動。


 ――三分。


「――在りし日の――…」


 詠唱開始による空の変動。雪は止み、代わりに雷雲が立ちこみ始める。

 しかし、それと同時に、八つの口から吐き出された青白い炎が一つに収束していくのが見えた。まるで、魔弾の真似事のように――。

 間に合わない――…いや、それでもやるんだ。体が溶けて消えようとも、発動してしまえば竜は確実に仕留められる。

 守るんだ。町を――アンリを――。


「記憶。今ここに、魔術創世の再演を――」


 しかし、そんな希望を抱くもつかの間、無情にも白色になるまで高温となった熱線が、俺に向かって放たれた。

 あと数秒……たったそれだけあれば………――。

 フルジアさんが張った苦し紛れの結界が一瞬で破られ、そして――…”水の壁”が熱線を遮った。

 町の鎮火の為に集められた、魔力の付着した雪解けの水。超凝縮されたそれが、俺の目の前で円形の盾となり熱線を吸収していく――。

 そんな物理法則度外視の魔術を使うのは彼女しかいない。

 聞き馴染みのある、凛とした奇麗な声が、まだ終わっていないと背後から俺の背を押した。


「ハル!!」


 はは、見なくてもわかる、いい声だ。全く……駄目だって言ったはずだろ。

 ……でも、ありがとう。よくやった。

 これで守れる。


「原初の一。『我らが神の怒りを知れ(アドラ・ケルス)』――」


 始源の魔術師が生み出した神の名(ケルス)を冠する原初の魔術。賢王の書に刻まれた第一の術式――。

 轟音と共に天から落ちた一筋の雷が竜の身体を跡形もなく消し去り、後には半径百メートルほどのガラスと化した地面だけが残った。


「やっ……た……――」


 ――二分。


 敵性反応は……ない。これで本当に終わりだ。

 魔術によって変えられた天候はすぐに元に戻り、また激しく吹雪き始めた。

 魔術書の輝きも、魔術陣も、術式も、全て消えて、目の前は暗闇が広がってる。微かに勝鬨が聞こえるけど、俺は参加できそうにない。

 ああ、ダメだ、立ってられない。もう指の先の一つも動かせない。全身が悲鳴を……ああ、麻痺して痛みすら感じないのか。どおりで顔から倒れても痛くなかったわけだ。目も霞んできた。こんな吹雪の中寝ちゃったら凍死するなあ。あ、でもコートのおかげで凍死はしないか。――誰かの声が聞こえる……凛とした…元気な声――……。

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