パライン防衛戦線4
原初の魔術「召喚」。自身の固有空間に存在する物体を現実世界に持ち出す魔術。しかし……
「次元の特異点よりも前に失われた魔術を、どうして界異の眷属が使えるんだ……」
そもそも、眷属たちはその系統に準ずる魔術しか使えないはず……これは師匠も言っていたから、間違いはない。
いや、それよりもだ。
「何が出てくる……」
起動した魔術陣に、青い光が満ちていく。そして、その上に立っている魔族の身体がどんどん透け始めた。
「……自身を贄にすることで術式を強化した……ってところか」
「止められねえのか!歪みはもうねえだろ?」
「発動した原初の魔術を止められるのは、同じく原初の魔術である「消失」のみです。で、それを使える”人間”は存在しません。つまり、俺たちに残された選択肢は、今から出てくるヤツに、全滅覚悟で抗うか、殿を残して逃げるか、どちらかですよ」
どちらにせよ、俺が戦うのは確定している。止められる可能性がわずかでも残っているのは俺だけなんだから。
召喚が終わるまで座るか。どうせ逃げられないし。
「おすすめは、逃げるです。町の人達をどうするかは任せるしかありませんけど……まあ、それくらいの時間は稼いで見せますよ」
想定外。そのことばに尽きる。
戦力も揃わない間に、こんな強敵と出会うなんて思いもしなかった。
情報探索の旅をして、オリオンの皆と合流して、世界を救う――そんな大雑把な計画も、ここでお終い。
この町の人を捨てて逃げる事は簡単だ。でも、その決意をするのは難しい。
守りたい人を作りすぎた。
守らなければいけない場所を作ってしまった。
これが、この世界での最初で最後の失敗だ。
「馬鹿言ってんじゃねえ!!」
半ば諦めている俺に、オベルクさんが大声で怒りを上げた。
「全滅だあ、殿だあ、言ってる暇があったら、他の可能性を見つけろ!傭兵になるってんなら、死を克服する覚悟しやがれってんだ!」
武器を持ち、構えるその体は震えている。他の三人も同様だ。
これが傭兵と言わんばかり……最初にオベルクさんが俺に傭兵になるのは止めておけ、と言った事の理由がよくわかった。
全滅覚悟。そんなこと彼らにとって、この世界の住人にとって、至極当たり前の事なんだ。
「俺たちが足で纏いだってことくれえ、自分が一番よくわかってんだ。だから、お前が何か策を立てる間の盾くらいにはなってやる。俺を派手に負かせた恥のつけ、ここで払いやがれ」
信用――ではない。強者であることの義務を果たせ、オベルクさんが言ってるのは多分そういう事だ。
彼らはこの戦いが始まってから、一度も弱音を吐いていない。それどころか、状況の確認、把握を徹底し、彼らなりの戦い方を模索していた……。俺が前線に立っている間も、後方で観察しながらどのように動くか話し合っていたんだ。
シャンズが声をかけただけで、大型魔獣との戦闘を軽くこなしていたのがその証拠だ。
彼らはまだ諦めていない。そして諦めることはない。
なら、座っている場合じゃないな。
「言ってくれるじゃねえか、負けたのはあんたの実力不足だっての……。まあ、いいや。盾になるってんなら、あんたらは俺の駒だ。早々に壊れてくれんなよ」
「はっ!いい面なったじゃねえか!いけ好かねえガキだと思っちゃいたが、やっぱ本性隠してやがったな?だが、そっちの方がわかりやすい!いいぜ。全力で駒になってやる!」
第一印象最悪だったけど、こうして共に戦場に立てばなんてことは無い。総じて命を共にする戦友だ。
「召喚されるのはおそらく、竜もどきよりも強い。考えられるとするならば、出てくるのはもどきじゃなくて、本物。完全体の八首の竜だ」
俺は、一つの仮説を導き出した。
あれは魔族ではなく、”原初から存在するナニか”という可能性だ。
高度な魔術を使う知能……確かに魔族にもそんな奴は存在する。だけど、今回のこれは原初の魔術。
次元の特異点以前に失われた魔術を、異界の住人が使えるわけがない。
文献によると召喚魔術で召喚されたモノを構成するのは魔素。そして、それを動かす動力は魔力だ。
肉体を損傷して使い物にならなくなった召喚物を現実世界にとどめておく必要はない。だから、魔力の出力を切って魔素へと還した。
ヘドロ化した不完全な召喚物は、錯乱した状態で魔術を使ったことによる弊害だろう。
そして、地面が破壊されるまであった魔術陣。持続性でも、時間差でもないあれは、”召喚物を構成していた魔素”を回収するための、いうなれば魔素集束魔術。
俺はてっきり魔術陣が召喚魔術のものだと思っていたけど、違った。
召喚魔術の正体。それは消えゆくアレが口にした『詠唱』だ。
「出てくるタイミングはアレが完全に消えた後だ。もしかしたら予想と違うものが出てくるかもしれない。何が起きても言いように構えろ。俺は前方に結界を張る」
上空に張りっぱなしの結界を消すわけにはいかないから、必然的に今から張る結界の強度は落ちるけど……ないよりましだ。
「お前、本物の八首とやらとやったことあんのか?」
「ない。でも、竜もどきは劣化であれど、動きは元と同じはずだ。鞭のように振るってくる八首、馬鹿みたいに硬い鱗、そして一番厄介なのが驚異の再生速度。傷がついたうちから塞がるくらいの異常さだ」
「おいおい……だが、もどきの方は倒したんだろ?どうやったんだ」
「再生できないまでにすりおろして肉片にした。つまり、一撃で仕留めないといけない」
「消耗してるって言ってたよな。やれんのか?」
「……奥の手は残してある。けど、現状の成功確率は三割に満たないくらいだ。あと、絶対に盾は壊れる」
「そうか……だが、今はそれに賭けるしかねえな。そろそろ来るぞ」
青白く光りはじめた魔術陣の上にいるソレの身体は透けて、とうとう消えた。それと同時に魔術陣も消え、そこには空間を歪める大量の魔素だけが残っている。
「失敗……か?」
「いや、来る」
気を引き締め直したまさにその時、地面が大きく揺れた。地震ではない。巨大な生物が動く際の地響きだ。何度かの地響きの後、空間から青白い炎を口に宿した竜の頭蓋が姿を現した。
「っ!不味い!左右に散れ!」
「!!?」
戸惑いも一瞬、全員がその場から大きく離れた。
「な、なんだよ、これ」
傭兵の一人がこぼした一言。これを見ればきっと誰もがそうなるはずだ。
寸前まで立っていた場所の、地面が抉れ、轍には炎が残り、それは町の方まで続いていたのだから。
「もどきがブレスを吐かなかったから、頭から抜けてた……すまん」
「いや、竜がブレスを吐くのは辺り前だ。そんなことより町が……」
竜への警戒を解かず、一瞬みた町は、火に燃えている、
「構うな!今はこいつに集中しろ!」
完全に現実世界に降臨した巨大な八首の竜は、その圧倒的な存在感で、俺たちの恐怖を煽った。
これに比べたら、もどきなんて蜥蜴同然だ。
「おい!奥の手ってのは通用すんだろうな!?」
「知らねえ!そもそも、今のままじゃ使えない!」
隙を見せたら確実に死ぬ。構えていても生きている方が奇跡。これはそういう類の生物だ。
「くっそ!増援が来るまで持ちこたえっぞ!お前ら!町が背後に来ないように立ち回れ!」
「応!!!」
傭兵の覚悟。もはや狂気の沙汰だ。だけど、頼もしい。
「強化領域展開――……っ!」
展開と同時に全身に痛みが走った。やっぱりまだ回復しきってない。宝具を解放しての、支援魔術と自身への強化の同時使用――負担が大きすぎた。自分の限界を図り違えたか……!
「今俺は動けない!四人で持ちこたえてくれ!」
「元よりそのつもりだ!強化だけでもありがてえーっよ!!」
オベルクは俺とやり合った時よりかなり動けている。手を抜いていたわけじゃない、単にこっちの方が慣れているんだ。さっきの戦闘もあってか強化にも適応している。
俺のすべきことは、とにかく援軍が来るまで領域を維持し続ける事と、鈍化、重圧の魔術を不規則に使用して八首に違和感を与える事……。
支援魔術師としては、やれている方だけど、煮え切らない。魔力は少しだけど回復してる。あとは魔力回路さえ――
「ブレスが来る!散れ!」
今回も町の方に向かって――…!もしかして、こいつ知能が……!さっきより領域は狭くていい、その分を防御結界に回せ…!
「――……っ!!くそ!」
不完全な防御結界は易々と壊され、そのブレスはまた町へ――
「え?」
町を襲うはずだった高熱のブレスは、”なにか”によってせき止められ、不自然な轍を残した。
「――防御……結界…?」
俺ではない、別の何ものかが張ったと思われる結界の奥から、後方で待機していた連中と共に、菅傘を被った杖つきの老婆が現れた。
「じじいの孫は魔術使いになってるわ……いきなり町が燃えたと思ったら、遠くに化け物は見えるわ、どうなってんだいまったく……おい、ちび助。あんたかい、ハルってえのは」
「そうだけ――ブレス!!」
「大声出さなくても聞こえてるよ!」
三度目のブレスは、町に届く気配もなく、俺の前方で不自然に上へと方向を変えた。
俺がまだ到達できていない、変則的で応用の効いた防御結界――。
「あなた……もしかして、アンリが言ってた…」
「聞いてるならわかるじゃろ!戦況は!」
「対象は八首の竜。今わかってる攻撃は首を鞭のように使うのと、高熱のブレス。鱗は硬く、斬ったそばから再生する能力持ち。倒すには再生できないくらいに肉体を破壊すること。それから俺は――」
「支援魔術師じゃろ。アンリとシャンズに聞いとる。アタシはどこまで守りゃいい」
「ブレスの無効化と、町に被害が出ないように結界を!」
「あい、わかった。ようし、あんた達!あれが町を焼いた痴れモノじゃ!再生も限りはあるじゃろうて、徹底的に痛めつけておやり!!」
老婆の檄の後、一斉に野太い声が上がり、加勢に来た集団は八首の竜へと向かって行った。
規格外の結界魔術を無詠唱で的確に張る魔術師――間違いない。この人がアンリが言っていた二級魔術師だ。
「ふん。町が無くなる前に着いてよかったわい」




