パライン防衛戦線3
魔族と相対し、数秒。俺は向こうが攻撃するタイミングを待っている。
こういうのは後手が有利……と言うのもあるけど、正直相手の底が知れない。地面を抉るほどの膂力とシャンズの魔術をもろに受けて耐える強靭な肉体。それに技術が加わりでもすれば、厄介な相手となる。
「どうした。先手は譲ってやるよ」
魔族には知性がある。こいつは人の言葉をわかっている……はずだ。最初に発した言葉――、とぎれとぎれではあったけど、あれはどう考えても人の話す言語だ。
感情が不安定なこいつなら、小ばかにされていると思って乗ってくるに違いない。
「ア……アア!!メエエエ!!」
「メエって…羊かよ!」
やっぱり、こいつは人の言葉を理解している。そして、煽り耐性が馬鹿みたいに低いと見た。
単純なとびかかり――と言っても速度は尋常じゃない。師匠と組手をしていなかったら視認さえできなかっただろう速さだ。これくらいなら受け止めて腕の一本持っていけ――
「――っ!!」
「アアアアア!!」
受け止めようとした寸前、防衛本能が避けろと警告してきた。身体強化を前面に集中させたにも関わらず、受けてはならないとそう思った。
地面を抉る膂力……それくらいならどうとでもなる。だけど、何だあれは。ただの飛び掛かり?そんなもんじゃない。
”人体を破壊する”そういう攻撃だ。
「体で受けたら即死か……こっちは武器持ってないんだぞ」
おそらく最初の一撃もそれ同様の攻撃だったのだろう。だとしたら、この膂力はその時限りの能力という事か……?もう少し様子を見たほうがいいな。
「…………」
魔族は何かを感じたのか、俺の方を見て止まった。
――隙…は無い。こっちから仕掛けたら確実にやられる。
「どうした。避けられたのが不思議か?その程度じゃ止まってるように見えるぞ?」
立ち止まっていた魔族は、また煽りに乗り俺に向かって突進してくる。これもまたさっきと同様の攻撃――
「んな!!」
さっきの俺を”貫く”攻撃とは裏腹、魔族は俺の一歩手前で止まり、低い構えを取って右拳に力を込め、俺の顎に向かって放った。
……寸でのところで回避したけど、突起した棘のようなもので頬が少し抉れた。治癒魔術でどうにかなる程度、不幸中の幸いと言ったところだ。
しかし、これではっきりわかった。こいつは知恵を持った、魔族でもかなり上の方に位置する個体だ。
この世界の魔族は、ゲームのような戦闘を学習するだけの敵性MOBなんかじゃない。こいつらは異界の先遣隊。”情報を持ち帰る”その役目を受け持ち、それを遂行できる知能を持った魔獣――それが魔族。
「くっそ!」
とにかく、当たってはいけない攻撃を避けつつ、打開策を考えるんだ。あいにくこいつは師匠程の強さも賢さも戦闘センスも持っていない。攻撃は届くはず。
違和感を探せ。既視感を見つけろ。俺には何万勝利と”勝てない”相手との戦闘経験がある。そこから導き出すんだ。
こいつの武器は、人外の膂力と耐久力。鞭のような尻尾による視覚外からの高速攻撃。翼による不意打ち攻撃。そして、金属を歪に固めたような棘を纏った両腕による攻撃……。
いや、強すぎんだろ。チートにも程がある。RPGの負けイベかよってレベルの強敵だ。
「ああ!鬱陶しい!!」
特に危険なのは翼に隠れて撃ってくる変則攻撃。体の向き、筋肉の動き、事前の動作……それは理解したから避けるには問題ない。だけど、防戦一方な今、打って出る方法が思いつかない。それに、こいつに通用する手札が少ない。
師匠より動きは遅い。素の身体強化だけで補える。飛び掛かりも目で追えた。最初の不意打ちの時も視界にさえ捉えていれば、早々に倒せて――
まて、こいつの速さは師匠と組手をしていなければ、目で追えない程早い……じゃあ、何で”シャンズは見えた”んだ?いや、違うシャンズは”視た”んだ。
「お前、魔力の使い方がなってないみたいだな!」
その言葉で生れた一瞬の隙に、俺は魔族の棘を利用し手首に傷をつけ、血を魔族の顔面に向かってまき散らした。
たった一滴。それだけで、俺は他人の体内魔力を操ることが出来る――。
「お前は知らないだろうけどな。魔力操作に関しては、師匠のお墨付きなんだよ!!」
出来損ないが行えば体が爆散するほどに危険な他人への魔力干渉。しかし、熟達した魔術師が行えば、目的に応じた結果を起こすことが出来る……つまり意図的な”魔力暴走”を起こすことも可能という事だ。
俺の魔力が込められた血液を体内に取り込んだ魔族は、身体の内側の至る所から激痛を感じている。この荒れ狂う姿を見れば一目瞭然だ。
「魔力制御を怠ったのが運の尽きだな。そっちじゃ魔力の制御は習わなかったのか?……って、この様子じゃ聞こえてないな」
魔族は、呻き喚き、頭を抱え、膝をつく。まるで許しを乞う敵将の様だ。
ギルドバトルで保管庫を破壊してやった時、そのギルドマスターが確かこんな風に蹲って気絶してたっけ。
しかし、こいつ粘るな……かなり乱していいるのに、気絶すらしない。
……まだ、何かある…か?ここから全力で一撃を入れるのも良し……だけど、今の魔力回路を酷使して身体事体もボロボロの俺だと、こいつを完全に討伐するレベルの魔術を使えば、死なずとも行動不能になる。
現時点での魔力回路の損耗でも、完全に修復するには、半年くらいは時間がかかりそうだし……止めはオベルクさんの武器に強化魔術を付与してやってもらうか。
今は魔力暴走は続けつつ、距離をとっておこう。
「にしても、クファ様……俺はこいつを使いこなせる気がしませんよ……」
正に、猫に小判というやつだ。もっと鍛錬が必要だな。
「おーい!ハル!」
少ししてオベルクさんと三人の傭兵が戻ってきた。
「これは……どういう状況だ?」
四人とも臨戦態勢のまま、苦しむ魔族を見て戸惑っている。
「今は体の内側からナニかに喰われるような痛みを感じているはずです。動けはしないようなので、止めをお願いしようかと」
「ハルがやればいいじゃねえか」
「言ったじゃないですか。今、大した魔術は使えないって。だから、御役目を果たしてもらおうと来てもらったんですよ。強化魔術は使えますので」
「なるほどな。んじゃさっさとやっちまおう」
四人とも魔族はもう動けないと判断したのか、肩の力を抜いたようだ。武器は構えたままだけど、安堵の表情が見える。
「よし、ハルいいぞ」
「行きます」
オベルクさんは剣を振り上げた姿勢のまま、俺の支援魔術を待つ。
今日最後の魔術だ。それに一撃で完全に討伐できるくらいの威力が欲しい。魔術書の通常使用で、出来る限りの武器強化を……。
「できま――!!」
術式を構築し終わったその時、魔族を中心に青い魔術陣が広がり始めた。さっき見たものと同じ魔術陣――
「皆、離れろ!」
何が起こるかわからない。だけど、その不確定な要素が命取りになる。それに……。
「ハル!これはなんだ!魔術か!?」
「魔術であることは確かです!だけど何が起こるかわかりません」
青く光る複雑に構築された魔術陣……見ただけでわかる。これはおそらく神代の魔術だ。ただ、複雑すぎて解析に時間がかかる。
「まあ、待ってはくれないよな……」
魔族は魔力暴走に適応してのか、ゆっくりと立ち上がった。
「こりゃ死ぬ覚悟した方がいいな……。お前らケツのアナァガン閉めろ!」
「「おう」」
オベルクさん達は逃げられないという事を察し、全員が武器を構えた。
これは俺の落ち度だ。確実に仕留められる――と判断した上で近づけさせればよかった。
「戦えるか?」
「ある程度は……ですが、討伐までと言われると正直……」
「撃退出来りゃ御の字。出来なけりゃ全滅だな。わかりやすくていい」
魔族は足もおぼつかない様子だけど、体内の魔力がどんどん変化していっている。俺の魔力操作にも適応したのか、魔力を掴めない。
「『――――――』」
魔族が何かを口にした瞬間、空間が歪んだ。
「視認できるほどの魔素の集束……はは、マジでどうしたもんか」
「あの歪み、何か知ってんのか?」
「大規模な魔術を使う際に起こる現象です。アレが何の魔術かはわかりません。とりあえず防御結界を張りますけど、期待しないでください。俺、止められる想像つかないんで」
魔族はそれその物が触媒。つまり強力な個体であればあるほど、魔術もまた強力なものになる……。
……あの集束。あれだけ見れば、師匠と同レベルの魔術を放つ可能性がある。もしもそれが攻撃に特化した魔術なら、俺たちの死は確定する……。
「……動かねえな。今ならやれんじゃねえか?」
「無理ですね。あれほどの歪みは、天然の防御魔術……近づけば、物理的にねじ切れます」
「なんだよそれ……んなら魔術は?」
「アレ以上の魔力を使った魔術であればできますけど、御覧の通り、俺にそこまでの余力はありません」
ただ、最悪の結果ではないことを祈って待つしかない。覚悟は決めたものの、それは今の会話で揺らぎ始めている。
――正直言うと、打てる手はある。だけど、それには極度の集中をするための、邪魔が入らない環境が必要だ。
それがない今、皆にこのことを伝えたとしても、無駄な希望を見せるだけ……。
俺には、あの魔術が俺の結界を破壊する魔術ではないことに賭けて、その場合の逃走ルートを確保してやる事しかできない。
「――来ます」
魔素の集束が治まり、そのすべてが魔術陣に吸収されていく。
数秒――地面が大きく揺れた。
「これが魔術か!?」
「……いえ、違います。地震なんて生半可なものじゃない……」
震源はあのバカでかい魔術陣。その起動により生じた副産物。
そして、今確定した。
あの魔術陣。
それが何の魔術か――
「これは召喚術……原初の魔術の一つです」
それは神代より以前――女神がまだ「人」であった「魔術創世記」。その時代の神秘だ。




