方針会議
「――で、んな神業披露したってわけか」
「流石に見てられなくてな。……やりすぎたかもしれないけど」
「やりすぎなんてもんじゃねえだろ。一週間経ったてのに、町中騒いでんぞ」
カフェでの一件以来、女神の奇跡だなんだと、町中で噂になり、カフェに大量の魔石を持ち込む客が増えているそうだ。持ち込むだけで、根掘り葉掘り聞いたり、店中で騒いだりはしていないようで、端からは繁盛しているとしか見えない。
「魔術師の奴らも苛立ってるし、この前ウチに殴り込みに来たぞ?追い帰したけどな」
「それはごめん……」
その後の影響とか全く考えてなかったから、こういう事態にまで発展してしまった。供給の相場も高いせいもあって、町の人達が血眼になって原因を探っている。
「広場で魔術の練習してたら、注目の的になんぞ?どうすんだ」
シャンズの店に魔術師が行った時点で、俺とアンリが魔術を使えることはバレているはずだ。宿に押し入ってこないのは、おそらく俺の存在が大きい。
魔力は、見えなくても、それが膨大であれば感知することが出来る。威嚇や威圧に使えるのだ。それを利用して、宿に張った二級魔術師の結界に、暴走を起こさない程度の魔力を込めておいた。
「……練習は今まで通り広場で続ける。アンリの魔術も安定してきたし、そろそろ派手にお披露目しよう」
「いいのか?」
「アンリの可能性を皆に見せておきたい。……わかるだろ?」
「…………まあな」
アンリに魔術を教える事にした当初の目的は、自立だ。
それと同時に、近隣住人や関わりの深い人物たちの不安を取り除く事――。正直、これは周囲の人間だけで解決するべきことだ。でも、見知らずの旅人に「頼んだ」と言うほどまでに、手を差し伸べられなくなっていた。
「初めは手伝う手はずだったんだ……ぜ?アンリちゃんもまだ十三……一人で宿の管理をするのが無謀なことは、皆わかってた。だけどよ、あんな元気な姿見せられたら、見守りたいって気持ちの方がデカくなっていってな……不安はあったが、手が出せなくなっちまった」
「わからなくもないけど、大人としては無責任だよな」
アンリの気持ちはどうあれ、手遅れになる前に介入すべきだった。
「いい逃れもできねえよ。はは……子供に説教されるたあ、俺も落ちたもんだ」
「これからは、ちゃんと見てやれよ。子供のアンリにしては、すぎる力を与えてしまった。ちゃんと導かねえと魔王にでもなるかもしれないぞ」
「冗談きついぜ、まったく。魔術に関しちゃ俺に任せとけ、生活の方は歳より連中が孫のように扱うだろ」
あるべき姿に戻る。十分すぎる成果だ。
「……にしても、アンリちゃんの成長速度、異常じゃねえか?」
「それは俺も思った」
今のアンリは、既に青系統――水の魔術に関しては上級相当の魔術を扱えるようになっている。
「でも、不思議なのは”水を操る魔術しか使えない”ってとこだな」
「魔術に関しちゃ詳しい方だが、どうも奇怪だ。魔術師は大抵、二属性は使えるように修行する……一つの属性に絞って研究するやつもいるが、それでも”基礎魔術すら使えない”ってのは聞いたことがねえ」
アンリに教えているのは空想魔術。頭に思い描くだけで魔術として発動できるはず……にもかかわらず、小さな灯一つ出せないのだ。
「――呪い……もしくはハルが言う”縛り”ってやつと関係があるかもな」
「ここまで限定的なものにするには、それこそとんでもない代償が必要になってくる。魔術師による妨害って線は失くしていい」
「あいつらでも無理か?実力だけは確かだぞ?」
「他人に縛りを課す魔術……呪術には呪詛返りの恐れがある。あれにそんな度胸はあるとは思えない。てか、もうやってみた」
「やってんかい」
そもそも、アンリに呪術的な何かが混じってる感じはしなかった。魔力の変質も見られない。
「自分で身を守れるくらい強くなってるから、重く考えなくてもいいと思うけどな。そもそも、アンリに戦闘させる気はないだろ?」
「当たり前……と言いたいところだが、去年のこともあるからな。俺らにその気はなくとも、アンリちゃんなら飛び出しかねねえ」
「確かにやりそう……。とりあえず、アンリの方は今、出来るところを伸ばすって方針でやってくか。それで、シャンズの眼の方だけど……紋様はかなり薄れてきてるな。見え方はどうだ?」
「悪くない。ただ、魔力が強いとなんとも……な。だが、コツは掴んだ。近いうちに物にして見せるぜ。……しかし、まさかこんな日が来るなんてな。女神さまのお導きに感謝しねえと」
シャンズは女神メリアの敬虔な信徒だ。
魔術は嘘をつかず、魔術師もまた嘘をつくべからず。さすれば道は開かれん――と、教えの一つにあるらしい。だから、今回俺がこの町に来た事も女神の導きと信じている。
宗教に口出しする気はないけど、魔眼の制御が上手くいってるのは、ひとえにシャンズの努力が勝ち取ったものだ。もっと自分をほめてもいいんだけどな。
「魔力回路の方も、順調だな。魔力量も想像以上に伸びてるし……こんな伸びるものなのか?」
「どうだろうな。総魔力量は魔力を使えば増えるのは周知の事実だが……ほとんど頭打ちだった俺の魔力量が一気に伸び始めたってのは、おかしなもんだ。……考えうるとしたら、魔力回路の構築が主な原因だと思うぜ」
「確かに、回路の構築に魔力は必要だけど、そこまで伸びる程かってって言うと……あで!」
人が真剣に考えてるってのに、デコピンしやがって。俺は師匠だぞ。しかし、シャンズにも考えがあるようで、「ったく…」と呆れながら、サングラス越しに俺の目を見た。
「なんども言ってるがよ、ハルとその辺の魔術師を一緒にすんな。ハルが異常なだけで、魔力回路の構築ってのは結構魔力消費すんだぞ?こちとら、そのお陰で、毎日寝つきがいいんだ」
寝つきがいい――つまるところ、疲れ切って寝てしまうという訳か。シャンズの魔力量はおそらく多い方だ。回路の構築にはかなりの魔力が必要なことは分かってるけど、そこまでとはな……。
「でも、アンリは滅茶苦茶元気だぞ?」
「……確かに」
ぐうの音も出ないとばかりに、シャンズは肩を落とした。
「アンリもハルと同じ規格外ってことか……自身失くすぜ……ったくよ……」
「はは。実力は一級って即答した奴の言葉とは思えないな」
シャンズは魔力供給が出来るようになったら、早くて来年の一級魔術師試験を受けるらしい。二年に一度の一級試験。合格数は数十人に三人いるかいないか……それにいくらかの死者も出るらしい。
「そんな調子じゃ受からないかもな」
「受かって見せる。師匠の顔に泥を塗らねえようにな」
「へ~。なら、修行にもっと力入れるか」
「……程ほどで頼む」
「冗談冗談。……でも、正直言うと、まだ受けて欲しくはない」
「力不足とでもいいてえのか?」
力不足と言うことは全くない。シャンズの実力は口先のものではない、本物の一流だ。だけど、そんな一流でも命を落としかねないのが一級試験……。
「まず、回路の構築が全くできていない。全身に張り巡らせていないと、身体強化の質がちぐはぐだし、何より、頭のリソースを無駄に消費してしまう。と言うか、そもそも身体強化もまともにできないのにどうやって奇襲攻撃から身を守るんだ。睡眠時も身体強化が持続できるようにならない内は、生存率がぐんとさがる。一級試験はそれくらい――」
「わかった!わかったから、ちょっと落ち着け」
いけない。魔術の話になるとつい熱く……って、なんだか師匠に似てきてないか……俺。
「要するに、余裕で合格できる実力で望めってことだろ?俺も金は無駄にしたくねえし、一発合格は頭の中に入れてるよ」
「それならよかった。ま、三級資格まではさっさと取らないとな!」
「わーってるよ」
そこが一番重要だ。シャンズと俺の目標はもう一つある。
この町に居る魔術師を追いだす事だ。
寒さの際立つこの地域で、暖房の魔道具は必須。魔力供給が今よりグンっと安価になれば、住人も凍死に怯えなくて済む。
シャンズさんが「魔術師」であることは周知の事実だ。それに元からこの町の人間だから、信用も高い。だからこそ、よそ者の三級と同じか、それ以上の資格を取れば、自然と奴らの元から客足は途絶え、半強制的に追い出すことが出来る。
「三級以上になれば、正式に弟子をとれるし、弟子に仕事を手伝わせることもできる。アンリがシャンズの弟子になれば、供給で給金を貰っても問題ない……魔術師の師弟システムって結構雑だよな」
「正確には、「弟子の研究費用を負担する」だ。雑とはいうが、かなり際どいとこついてんだからな?」
「抜け道を見つけるのは得意なんでね」
「まあ、アンリちゃんが素直に俺の弟子になってくれればの話だがな」
「?いや、なるだろ」
シャンズは「わかってねえなー」と言いながら、椅子を立つ。
「アンリちゃんの師匠はハル。お前だけってことだ」
「はあ……」
「そろそろいい時間だ。今日は開きにして、アンリちゃんとこ帰ってやんな」
二日に一回くらいのペースでやることにした、育成方針会議が終わった頃には、日が沈んで吐く息は白くなっていた。
「お。雪だ」
この前世じゃ現実世界でほとんど体験したことのない雪に心を躍らせていたら、急にシャンズがドアを開き、飛び出てきた。
「おいおい。例年よりずいぶん早いじゃねえか……!ハル、走って帰れ。ここの雪は降り始めたらすぐ吹雪くぞ!」
「マジかよ」
身体強化を全開にして駆け抜け、宿に戻るころには、既に五メートル先が全く見えない状況になっていた。
「雪国ぱねえ」
軒下で雪を掃い、ドアを開けるとタオルを持ったアンリが俺を待ってくれていた。
ーーーーーーーーーーー
昨晩の猛吹雪から明け、窓の外を見ると雪が一メートル程積もっていた。
「こんな積もるもんか……?」
「酷いときはもっとだよ」
辺り一面雪景色と言えば聞こえはいいだろうけど、これは災害に等しい。
「こんなのどうやって処理すんだよ」
「滅多なことがない限り放置だね。昼には解けてるから、外出するときはその時間。……でも、初雪でここまで積もるなんて初めてだよ」
除雪車があればいいんだろうけど、この時代にはまだ存在していない。普段の生活に戻るまでは、家で大人しくしていることしかできんだ。
「冬越しの準備はもう済ませたのか?」
「あはは、魔術の修行に夢中で……と言っても、大体魔道具で解決するから大丈夫だと思う」
自分で魔力供給できるようになったアンリなら、冬越も以前より楽になるはずだ。心配なさそうだな。
「ハルはどうするの?」
「俺?」
「バスは冬の間は来ないから、このままだと、完全に立ち往生になっちゃうけど……もちろん、冬明けまでいてくれてもいいんだけどね」
運行が止まる……完全に失念していた。俺もアンリのこと言えないくらいに、思考が修行に向いてしまっていたようだ。除雪車もなくて道が見えないなら、バスなんて走りっこない。しかも、あの視界の悪さだ。止まるのも当然のことだ。
「バスが来なくなるのっていつだ?」
「十月の二十日だから……あと一週間だね。でも、この調子で雪が積もったら明日にでも止まりそう」
「マジか」
列車が通ってる大きな町まで行くのに、バスで一週間以上はかかる。雪で足場が悪い上に土地勘もないのに歩いていくなんて以ての外だ。
「いつも通りなら、三月くらいまでバスは来ないよ?」
「ってことは、五か月も足止め……」
あいつらが来るのがいつかは分からないけど、出来る限り早く主要都市にまで辿り着きたい。完全に止まるまでの一週間で、バスに乗るのが一番理想的だ。だけど、そうすると一つ思い残りが出来てしまう。
まだ、二人の修行が終わっていない――。
「仕方ない。この町を出るのは冬明けだな」
それを聞いてアンリは静かに拳をぎゅっと握りしめ「やった!」と小さい声で呟いた。
運行停止を教えなかったのは確信犯なのかどうなのか……魔術の修行が中途半端に終わるのは嫌とはいえ、少し自分勝手が過ぎるんじゃなかろうか。正直教えることないしシャンズに任せてもいいんだけど……。
「宿代は気にしないで!食料の備蓄もかなりあるから宿にいていいよ!」
「そりゃ助かる。っても何もしないってのは心苦しいな」
「私は魔術を教えてもらうだけでもいいんだけど?」
「流石に五か月も世話になるんだから何かしないと気が済まない。いつも冬の間、何やってるんだ?」
「カンザシの布つくりを手伝ってるの。カンザシはこの町でしか育たないから結構なお金になるんだよ」
「あの作物ってカンザシだったのか」
カンザシの布は神教国でしか手に入らない特産品だ。ゲームでは出所不明だったけど、未開放エリアで作られていたとは……生産系ギルドがどれだけ探しても、加工前のカンザシが見つからなかったのは、このせいだったのか。
「でも、俺には手伝えそうにないな。手先は器用じゃないし」
そう言うと、アンリは「ふふ」と笑みをこぼした。
「なんだよ」
「ハルにもちゃんとできないことがあるんだなって」
「当たり前だろ。何でもできる完璧な人間なんて、存在しない」
人は助け合って生きる生き物なんだから。
「雪かきでも手伝うことにするか。宿には結界魔術がはってあるけど、加工場への行道は雪で埋もれるだろうし」
「それがいいと思う。いつもなら魔道具を使うんだけど、ハルがいれば必要ないね!」
「俺の事、便利道具かなんかと思ってないか?」
俺が厳しいと思っている冬も、ずっとこの町に住んでいる人にしてみれば、当たり前の事だ。シャンズが焦っていたのは、俺がこの町の事を何も知らないよそ者だったからで、吹雪に怯えていたわけじゃないはずだ。アンリもいつもと変わらない。
危惧していることがあるとすれば、この寒波での予測不能な事故だ。前世でも毎年何人か犠牲になっていたくらい、雪国の冬は過酷極まりない。文明の利器が未発達なこの世界では前世以上に気を付けなければならない事が多そうだ。
「あとは見回りだな。住み込みの傭兵たちだけじゃ手に負えないだろうし……魔術師がもっといればいいのにな」
そんなことをぼやきながら、アンリが朝食を持ってくるのを待った。




