魔術師として――
修行を始めて十日目。今日からいよいよ、本格的な魔術の修行に入る。
シャンズは元もから魔術師だったのもあって、利き腕に魔力回路を構築することが出来た。身体強化に関しては、魔力回路が十分に構築するまで止めてある。変な癖がついたら、その後が大変だからだ。
アンリはというと……全身への構築が終わっていた。今は効率化のために形を整えさせている。正直、成長速度も、吸収速度も半端じゃない。それはシャンズも同意見だ。
天才……と言っても差し支えないアンリの魔術敵性。それは、おそらく予てからの憧れ、妄想の産物だろう。
魔術とは想像の世界だ。アンリは魔術のある世界に生まれ育ったから、俺のような固定概念が存在しない。
水は宙を漂い、何もないところから火が生まれる――。
アンリにとって、それはあって当たり前……そこに知的好奇心と憧れに近づきたいという欲求が加わることで、魔術師とのしての才能が、加速度的に開花して言っているんだろう。
「今から、魔術の実演を行います。ではシャンズ君よろしく」
「なんだ、その口調……気持ちわりい」
俺の魔術が、現代の魔術体系とかけ離れているかもしれないという事を考慮して、まずはシャンズの魔術を見せてもらうことにした。
「最初は基礎魔術からな」
「おう。『風よ』」
シャンズの放った魔術は、そよ風を生み出した。冷たい空気が頬を撫でる。
「さむっ!」
「すまんすまん。赤系統の方が良かったな。『火よ』」
次はシャンズの術具である、杖の先にマッチほどの小さな火が生まれた。
「ハルのと違うところはあるか?」
「うーん。まだ、わかんないな。初級程度の魔術使ってくれるか?」
「おう。『火よ』」
次は足元に焚火ほどの火が生まれた。暖かい。魔素で出来た本物の火だ。
「その、火よ、って言うのは変わんないんだな」
「基礎と初級は同じだな。炎とか爆破とか、他にも赤系統の「詠唱」は存在するが、そういうのは大抵中級以上のものになる」
「俺の知ってる「詠唱魔術」と違うな……」
師匠から教わった詠唱魔術は、その文言によって、「名」のついた、魔術を発動する物だ。長ければ長い程強力で、その分魔力も消耗するけど、それに見合った魔術を使うことが出来る。
シャンズが詠唱と読んでいるのは、おそらく魔術を発動させるトリガーのようなもの……現代魔術の源泉が空想魔術か。
「詠唱無しで、魔術は使えるか?」
「使えるぞ」
そう言って、さっきと同じ規模の魔術を披露した。
「威力とか規模の調節はできるか?」
「できねえ。ある程度自由に動かせるくらいだ。威力を上げるなら詠唱を変えるねえな」
空想魔術にしては自由度がない。その辺は、どちらかと言えば呪文寄りか。
「詠唱を変えずに、現象を変えてるってことは、頭の中で区別してるってことで間違いないか?」
「そうだな」
「大体わかった。俺の魔術とそこまで変わらない。ただ、俺の方が自由度が高い」
「自由度?」
「俺の魔術体系。「空想魔術」はただ頭の中で想像したものを、魔術として発動するものだ。つまり、威力も規模も効果も自由自在に操れる。だから、等級も存在しない」
「……」
シャンズはそれを聞いて黙り込み、少し考えた後、口を開いた。
「それはどうやって発動すんだ?俺の無詠唱も口に出さないだけで、頭の中では詠唱と同じような事をしてる。だが、今の話を聞く限りだと、詠唱みたいなトリガーがないだろ?」
「ないな」
「はあ!?それだと空中に絵を描くようなもんじゃねえか!」
「だから「空想」なんだよ」
シャンズは呆れた口調で「バケモンだろ……」と言い、宙を見上げた。
「いつもハルが出してくれてる、お湯もその…空想魔術?ってやつなの?」
「そうだ。アンリにもできると思うぞ。現代の魔術体系が頭に染み込んだシャンズはどうだかわからんけど」
「やってやろうじゃねえか!!」
「息巻くのはいいけど、そろそろ休憩も終わりだろ。また、夕方な。魔力回路の構築忘れんなよ~」
「わかってらあ!」
と、不機嫌そうに店へと戻って行った。
昼は町の広場。シャンズの仕事が終わったら、宿で座学だ。
「さてと。アンリはどうする?このまま練習してみるか?」
「やってみる!」
鼻から蒸気が出そうな勢いで返事が返ってきた。ヤル気は有り余っているみたいだ。
「とりあえず、水……お湯を出すところから始めるか。空想魔術はさっき言った通り――……」
「できたよ!」
「怖っ……なんでできんだよ」
アンリの皿にした手には湯気が立つほどのお湯が少ないけど溜まっている。
おそらく、シャンズと俺の会話に混ざれない暇な時間で、自分なりに頭の中で思い描いていたんだろう。あとはここ毎日、俺が魔術でお湯を出しているところを見ていたから、想像もしやすかった……ってとこか。
「うん、あったかいな。じゃあ、手のひらじゃなくて、球体状に浮かせてみろ」
「わかった………」
眉間にしわを寄せ、肩に力を入れながら、宙を見つめている。流石に苦戦しているようだ。
「空中に出すの難しい……ね…」
「難しかったら、空間を補足できるように何かで補完するといい。さっきシャンズが杖の先でやったみたいに、指先に集中してみろ」
濡れたままのアンリの手をタオルで拭きながら、俺も同じ魔術を使う。見本があった方がやりやすい。
「……こ、こう?うーん…ちゃんとした玉にならないな~……」
でも、出来てはいるんだよなぁ……。俺の完全な球体に対して、アンリの作った水球は動きがあるせいで不安定だ。そこは今後の魔力制御でどうにかなる。重要なのは……。
「完全な球体にできなくてもいい、空中に出すってのがまず難しいからな。次はそれを身体から離してみろ」
「それなら簡単!」
簡単じゃないんだけどなあ……。
アンリは指で空を撫でるように動かし、湯の玉を頭の位置、身体から一メートルほど離れたところに置いた。……少し安定してきているのは気のせいか?
「……次は温度を上げてみろ」
「温度……熱く……」
すると、徐々に湯気が多く立ち始めた。
「成功だな。下げられるか?出来るだけ低くだ」
「わかった」
想像通りに行けば、氷の塊になるはずだけど、流石に……
「……凍っちゃったけど、あってる?」
「完璧だな……」
怖い。
まだ魔力制御は拙いけど、初めての魔術でここまで出来るとか、完全に俺を超えている。生まれた世界が違うとはいえ、ここまで顕著に表れるものなのか……?
「……隠れて練習してたなんてことないよな?」
「ないない!危険だからってハルに言われたからちゃんと我慢してたよ!」
この反応だと嘘はついてなさそう……いよいよ才能の塊としか言えなくなってきた……。
「だったらいいんだけど……。はあ……、ああそうだ。魔力量はどうだ?」
「ちょっとだるくなってきたから、結構減ってると思う」
魔力制御が肝の空想魔術は、小規模の魔術でも制御が疎かだと、魔力の消費が激しいから、ガス欠になりやすい。と、師匠は言っていた。魔力量が多すぎる俺には疎遠な存在だ。
「攻撃魔術が使えるようになるのはまだ先だな。このままだと魔力切れで死ぬのが落ちだ」
「怖いこと言わないでよ……」
「とりあえず、休憩するか。どっか店でも入ろうぜ」
「あ!だったら行ってみたいところがあるの!ちょっと歩くけどいい?」
そう言って連れてこられたのは、広場から徒歩十分ほどのお洒落なカフェだった。一人で入る勇気はなかったらしい。
店の扉を開くとふんわりとコーヒーの匂いが鼻を包んだ。それと同時に新しめの木の香りがする。開店してからそう日が経っていないみたいだ。
店員に促されて、二人用のテーブル席に腰を落ち着かせる。宿の質素な木の椅子じゃなくて、クッション付きの高そうな椅子だ。と、テンションが上がっているところを見て、アンリはジットリとした目を向けてきた。他意はないです。すみません。
「そういや、アンリってよくコーヒー飲んでるよな」
「うん。おじいちゃんが好きだったから一緒にね。おじいちゃん以外が淹れたコーヒー飲むのは初めてなんだ~」
前世の俺はエナドリ一択だったからな……師匠のところで飲ませてもらったことはあるけど、味がわからなかった。でも、そのときにくらった魔弾の痛みは覚えている。思ってもいないのに美味しいなんて言わないほうがいい。まあ、ありのまま伝えたところで結果は同じだったろうけど……。
「顔、青いけど大丈夫?」
「ダイジョブ。何食べよっかな」
写真はないから文字だけのメニュー表だ。名前からしてチョコレート系が多い。……半分くらい何なのかわからない。
「……今日のおすすめってやつでいいや」
「……私もそれにしようかな」
思い返すと、外食とか滅多にしてなかったことに気づいた。こういうのは詳しい人か、パッションで乗り切れる人と一緒に来るのが一番だな……。オリオンの面子が恋しい。
「呼び出しはベルか」
「私がやっても――」
「おーい、マスタ~魔力供給に来てやったぞ~」
店員を呼ぼうとしたら、見るからに魔術師の二人組が取立人のように店内に入ってきた。
その瞬間、賑やかだった店内はシンと静まり返る。
一人は切れ目で前髪をオールバックにし、長髪を一本に結んだ細身の男。もう一人は丸メガネを掛けたマッシュルームヘアの男だ。
「あれがこの町の魔術師?」
「そうだよ」
バレたら面倒なので、二人に聞こえないくらいの小声で会話をする。しかし……なんとも言えない三下感……高そうな大きめの杖を持っているけど、強そうには見えない。圧倒的にシャンズさんの方が実力は上に見える。
「これはこれは……バスク師に、デューム師。今日が供給日でしたか……」
「金は用意してあるんだろうな?」
「勿論ですとも……」
カフェのマスターも二人の事があまり得意でないようだ。仕方なく……と言う風にも見て取れる。魔術師二人はまったく気にしてないようだけど……。
「いつもあんな風なのか?」
「まあね。特に人がいるところは威張ってる感じ」
「やられ役には申し分ないな」
正直目に余る。師匠に見せたら即刻消滅だろうな。
嫌がらせでもしてやろう。
マスターが魔石を取りに裏へ向かうと、二人はカウンター席に足を組み座った。態度も悪い。
「申し訳ございません。注文だけお聞きしますね」
さっき、ベルを鳴らそうとしていたのを見ていたのか、店員さんが近づき小声で対応してくれた。
「大変ですね」
「慣れっこですよ。仕方ないです」
その心配ももうすぐなくなりますよ。と言いたいところだけど、もう少し様子を見るというのが俺たちの方針だ。アンリも我慢している。
裏からマスターが手提げの袋をもって帰ってきた。
「ではこれを……」
「ひーふーみー――……十二個だな。十四万リアンだ」
「ええ!?値上げですか……?」
「去年の魔獣の被害もあったからな。頼みてえって人間がわんさかいんだわ」
「俺たちの魔力も限界があるっての」
マスターは冷や汗を拭いながらまた奥に引っ込んでいった。
「値上がりか……」
「どれくらいだ?」
「多分二割増しくらいだと思う。でも、シャンズさんが何も言わないってことは合法だろうから……」
元々高いのに二割増し……。見てられないな。
「稼いでんなら、貯えもあんだろ……あ、今日のおすすめ二つお願いします」
「かしこまりました。ちょっとお時間頂ますね」
「お気になさらず」
注文を取り終えた店員さんが厨房に向かう最中、魔術師の狼狽える声が聞こえてきた。
「おい。この魔石供給済みじゃねえか。それも全部。誰だ、誰がやった?この町で営業できんのは俺たちだけだぞ!」
「そ、そういわれましても……先ほどまで空の状態でしたし……」
「確かに、最初触った時は空でした……私にもさっぱりですぞ」
魔石をカウンターに叩きつけ、「無駄足じゃねえか」とイラつきながら魔術師二人は店を出て行った。
不可思議な現象に、マスターは信じられないという風に固まり、それを見て他の客もわらわらと集まっていく。
注文した品を持ってきてくれた店員さんも、気になってしょうがないといった様子だ。
「何かしたでしょ」
「なーんにも?」
くすくすと笑う上機嫌なアンリを見ながら嗜むコーヒーとチョコレートケーキは、暖かくて、ほんのり苦く、それでいてやっぱり甘かった。




