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七番目の黙示録  作者: 凛月
第二章・辺境の魔術師
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二人目の弟子は一流の魔術師

 アンリの成長速度は想定外のものだった。立った二日で魔力供給のコツをつかんだのだ。


「……」

「どうしたのハル?」

「いや、なんでもない。続けて」


 一週間はかかると思ってたんだけどなあ……。

 魔力供給は魔術師として一人前と認められる、五級魔術師試験を受けるための条件だ。供給速度がまだまだだけど、これに関しては数をこなせば上達する。

 アンリの魔力総量は、俺の血――龍の血によって変質したモノを取り込んだから、既に普通の魔術師より少しは多いはず。すぐにこの宿の魔力問題も一人で解決できるようになるだろう。

 問題があるとするならば、成長速度がこの世界の常識を外れているかもしれないことだ。アンリの心配をしているシャンズさんなら周りに吹聴したりはしないだろうけど、この町に居る他の魔術師がどういう反応をするのかがわからない。

 どうしたものか……。


「ちょっと出かけてくる。魔力切れ起こさないように気をつけろよ」

「どこ行くの?」

「シャンズさんのとこ。質屋の商品もう少し見たくてさ」


 本当は魔術師の修行、成長速度について聞きに行くためだ。聞かれたらマズい内容もあるかもしれない。アンリに伝えたら絶対に「ついていく」と言うだろうから、嘘をつくことにした。

 魔石を握りながら手を振るアンリに見送られ、宿をでて質屋に向かう。外は午後二時過ぎと、太陽が出ているにもかかわらずひんやりとしていた。昨日の夜に少しだけ降った雪がまだ地面に残っている。


「転移させるなら、もうちょっと穏やかな気候の所が良かったな……」


 なんてぼやいても師匠が答えてくれることは無い。聞こえないのか、聞いているけど放置しているのか、わからないけど、とりあえず後者でないことを祈ろう。次に会った時に魔弾が弾幕になって撃ち込まれるかもしれない。

 質屋についてドアを開けると、インスさんが店番をしていた。


「こんにちは。シャンズさんいますか?」

「ん?なんだい、魔術師の坊主か。おい!シャァーンズ!お客だよ!」


 店の奥…バックヤードから「ちょっと待ってくれ」とシャンズさんの声が聞こえてきた。仕事中みたいだし、店の中でも散策しながら待つとしよう。ここに来るのは今日で三回目。しっかり見るのは今回が初めてだ。


「ゲームにあったアイテム結構あるな。レア物は……あんまないか」


 ほとんどホームの倉庫の肥やしになるか、初心者に安値で与えるくらいのものだ。辺境ってのも相まってか、上位のプレイヤーが使うようなものはほとんどない。と言っても、それは戦闘における話であって、学術的に貴重な物がいくつかある。……チラッとだけ見て魔術書で調べてみよう。


「立ち読みたあ、感心しねえな」

「表紙と中身が合ってるか見てただけです」


 嘘だけど。


「で?なんの用だ?」

「アンリの事でちょっと相談が」

「……そうか。んなら裏行くぞ。今日はちと厄介なもんが来そうでな」


 インスさんに「失礼します」と少し頭を下げてから、カウンター裏のバックヤードに向かう。

 そこは表に並ばないもので溢れていた。価値のありそうなものはこっちに置いてあるようだ。

 シャンズさんに促されるまま、散雑とした倉庫の片隅にある一脚の椅子に座る。もう一脚にシャンズが座った。


「で、相談ってなんだ?」

「修行について教えてもらおうと思いまして……アンリからシャンズさんの話を聞いたのですが、俺の流派と全く違っていて……アンリの成長に関わってくるので、シャンズさんがどうやって魔術師になったか聞きたいんです」


 シャンズさんは驚いた表情で俺を見る。


「お前ほんとに魔術師か?……いや、こいつの師匠結構変わり者だったけか……魔術師ってのは安易に技術を明かしたりしねえんだぞ?」

「え……」


 その可能性を考えて――……そういえば、師匠が名前は伏せるもんだって言ってたっけ……あれちゃんした理由あったんだ…。


「そうでしたか……。なら、相談できそうにないですね…」

「んー…まあ、答えられることもあるかもしれねえし、聞くだけ聞いてやるよ」

「では、遠慮なく……シャンズさんってどれくらいの期間で、魔力の知覚に至りましたか?」

「んだ、そんなことかよ。そうだな……確か半年くらいだったか、周りと比べれば早いもんだったぜ?」


 半年で早い……?それだとアンリの速さは尋常じゃないな。


「だから、一か月で三級以上は無理って言ってたんですね……」

「まあな。お前くらいの魔術師ならもっと早く知覚させられるだろうが、流石になあ。どれくらいかかると思ってたんだ?」

「一週間ですよ……」


 机をたたきながら腹を抱え、「できるわけねえ」とシャンズさんは笑う。俺のことを馬鹿にしている風だ。だけど――。


「シャンズさんを信用していいますけど、魔力の知覚は既に終わっています。今は魔力操作を鍛えるために、魔力供給をさえせているんだすけど……」

「……は?冗談だろ」


 少し間が開いたけど、表情を見るに、有りえなさ過ぎて、完全に信じていないと見える。


「ホントですよ。だから今日、シャンズさんに会いに来たんです。アンリの成長速度がどれ程のものか知るために」


 俺の真剣な振る舞いに、冗談を言っているんじゃないとシャンズさんは感じたようで、サングラス越しにもわかるくらい真っ直ぐな目で俺のことを見た。


「お前、アンリに何をした」

「これといっては何も。ただ、俺の流派に忠実に従って修行をつけているだけです」

「……嘘じゃないってのが、怖えよ」


 俺の発言は「誓約の証」によって、確証されている。今の言葉にも嘘はない。


「他の流派にの事を聞くに、お前んとこの流派はかなり緩いんだよな。何したか聞いてもいいか?」

「……悪用しないと約束してくれるなら」

「女神さまに誓って、今ここで聞くことはお前の許し無に公言しない」


 左耳に付けた三日月型のピアスに触れながら、シャンズさんは言った。確か、女神信仰における最大の誓いだ。破る代償はその身に宿る魔力の消滅――つまり死だ。


「誓いを受けましょう。……俺の流派における魔術知覚の方法は、学術的に言うと「魔力誘導による潜在魔力の覚醒」です」

「……」

「対象に術者の魔力が込められたモノを取り込ませ、その魔力で対象の魔力に干渉し、体内を循環させることで魔力という存在を知覚させる――という方法です」


 俺のことを一見で一流の魔術師と評価し、誓約の証とか言う俺の知らないペンダントの名前を知るシャンズさんは、かなり魔術に造詣が深い人物だと言っていいだろう。専門的に説明した方が話が早いはず……。


「なるほどな……道理でアンリの成長が早いわけだ。――「魔力循環論」……だったか、それに類するもんだな?」

「知ってるんですか!」


 おかしい。魔術書にそんな記載はなかった……何らかの異変か?考えうるとしたら神代の情報……それがどこかで作用して魔術書が正常に作用していない可能性がある――。調べてみるか。


「驚き過ぎだろ……。前に偶然エルフと話す機会があってな、ちいとばかりだが知ってはいる。年寄りの戯言だと思っちゃいたが……実在するとはな」


 エルフか……。千年以上生きるという伝説の種族。ゲームでは里の存在を知っていたから、珍しくはなかったけど、こっちでは稀有な存在みたいだ。


「人体への魔力干渉は危険な行為なはずだ……禁止されちゃいないが、普通やらねえぞ」

「失敗しないくらいには、腕に自信がありますから」


 ため息をつきながら「バケモノめ」と呟く彼は、何かを諦め、呆れた様子だ。


「それ、俺にもできるのか?」

「できますけど。やった後少しだるくなりますよ」


 シャンズさんは既に知覚しているから、アンリ程副作用はないだろうけど……どうなんだろ。しかし「やってくれ」と言われて嫌だというのは魔術師としての名折れ……。

 シャンズさんに風の刃で指にかすり傷を入れてもらい、数滴の血を口に含ませた。


「では、やりますね」

「おう」


 シャンズさんの魔力は既に流れを生み出している。目を瞑って感覚を研ぎ澄ませよう。流れを害さないように魔力を干渉させなければ、淀みが生まれて魔力回路に傷が――。


「魔力回路がない……」

「なんだそれ」

「いえ、なんでも。それより体調に変化はありませんか?」

「何もないぜ」


 異変を感じないのは順調にできている証拠だ。

 ……魔力回路がない。シャンズさんの反応を見るに、現代では神経理論が一般化されていないってことがわかる。

 魔力回路の構築には時間と魔力が必要だ。それをするくらいなら、攻撃魔術を覚えてさっさと実戦に移る――やっぱりそれが時間が進んだ現代魔術の理想形らしい。


「……効率が悪すぎる……。なんだこれ、無駄な魔力がそこら中で漂ってる……総量は多そうなのにもったいない……」

「酷でえ言いようだな。おい」


 シャンズさんの魔力量は、今のアンリの二倍程はある。魔力総量は魔力を使えば使うだけ増えていく。つまり、この魔力量は魔術をしっかり実践していた証拠だ。


「シャンズさん、魔力はどれくらい使ってますか?」

「ここ数年、生活魔術か魔眼のせいで勝手に使われる分くらいだな」

「そうですか……」


 勝手に……確かに魔力が魔眼に向かって流れているのがわかる。でも、魔眼に使われている魔力はしれている。それだけで、ここまで魔力が増えるわけがない。シャンズさんは二十代前半だ。年を重ねたせいって説も薄い。という事は、十代のころに爆発的に増えたと言っていいだろう。


「終わりです。具合はどうですか?」

「一気に魔力を使った時の感覚だな。ちょっとだるいが大したことはねえ」


 アンリの体調が悪くなったのは、魔力量の差か。


「それで?散々な言いようだったが、何かわかったのか?」

「シャンズさんって五級の試験が受けられなくて戻ってきたらしいですね。アンリから聞きました。」

「?それがどうした」

「……もし、五級以上の試験を受けられたら、何級程度の実力ですか?」

「一級」


 シャンズさんは迷いなく言い切った。


「師匠が言うにはだけどな。ま、俺は階級なんてどうでもいい。弟子になったのもこの眼の制御をするためだ」


 そういってサングラスを外し、オレンジ色の瞳に浮かぶ幾何学的な文様を指さした。


「魔眼は魔力を持って制御する。魔術を習えば何とかなると思ったんだが……ま、御覧のとおり何の成果も無かったって訳だ。魔術の勉強は楽しかったが、魔力供給できないって知るや否や、破門された」

「でも実力はあったんですよね?」

「ウチの師匠は階級主義だったからな、六級の階級章引っ下げてる俺が恥だと思ったんだろ」


 階級社会はゲームと全く変わりなしか……。そうじゃない人もいるんだろうけど、圧倒的に階級主義が多そうだ。実力はあるシャンズさんが破門されたら誰かが引き込むだろうし。


「どうして、魔力供給できないんですか?」

「この眼のせいだ。魔力供給んときも魔石に集まる魔力のせいで目え回しちまうんだ」

「目を瞑ればいいのでは?」

「お前なあ……目え瞑って体外の魔力に指向性持たせるなんてできるわ…け……ねえ……って!お前どうやって俺の中で魔力動かした!?」


 ”ナニか”に気づいたシャンズさんは俺の肩を無遠慮につかんで揺らした。その握力が強いの何の……。

 大型犬を諫めるように椅子へと戻すと、ため息が出た。


「魔術とは自由であるべきというのが師匠の教えです。それは魔術を構成する魔力が不自由では成り立たない……シャンズさんの師匠はその当たり前を蔑ろにしていたみたいですね」


 師匠が知ったら「魔術師を名乗るな」なんて言い出しそうだ。現代魔術が閉鎖的で、壊滅的なまでに落ちぶれいているという事がわかってしまった。

 サンプルがまだ一つだけだからわからないけど……シャンズさんの師匠が底辺の人間だと信じたい。


「……なあ、ハル。俺を弟子にしてくれねえか」


 シャンズさんはアンリの話と同じように、真剣な声色でそういった。


「正直、一生このままだと思ってたし、受け入れたつもりだったんだがよ……やっぱ無理だわ。チャンスがあるなら掴みてえ。それに、魔力供給の仕事が出来るようになんなら、この町ももっと豊かになる……だから、頼む」


 シャンズさんは懇願するように頭を下げる。このままいけば土下座でもせんばかりの勢いだ。


「……三つ条件があります」

「なんだ?」

「一つは俺の流派の事を一切口外しないこと。二つ、絶対にこの町から住居を移さない事。三つ、俺がいなくなった後、アンリに魔術の修行を引き継ぐこと。この三つを守ってください」

「一つ目と三つめは分かるけどよ、二つ目はなんでだ?」

「シャンズさんがいないとこの町の魔術師が調子に乗るじゃないですか。すでに乗ってそうですけど」


 シャンズさんには実力を見て、魔力供給が出来るようになり次第、一級魔術師になってもらう。そして、よそ者をさっさと追い出す算段だ。


「わかった。女神さまに誓う」

「では、アンリにも伝えておきます」


 予期せず二人目の弟子ができてしまったけど……まあ、シャンズさんに教えるのは魔力回路の事くらいだ。それが構築できれば、魔眼に流れていく魔力も制御できるようになる。

 アンリの魔術もシャンズさんが教えたってことにすれば、俺が目立つことも無いし、一石二鳥だ。

 宿絵の帰り道は、行よりも楽なものになっていた。

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