ソラリード聖国編
陽光に照らされた白い城壁が、遠くからでも眩しく光を放っていた。
俺たちが辿り着いたのは、光の大聖堂を擁する国――ソラリード聖国。
「……すげぇな。まるで街全体が磨き上げられた石像みたいだ」
鍬を肩に担ぎながら、思わず口をあける。
どこを見ても白亜の石造り、整然と並んだ街並み。道端には色鮮やかな花が植えられ、兵士たちは無駄のない動きで行き交っている。
「ここは“太陽神に祝福された国”。秩序と清浄を第一とする土地です」
隣でセレーネが小さく微笑んだ。
「……だからこそ、影の侵入にはもっとも敏感なはずですが」
その時、俺たちを見つけた子供たちが駆け寄ってきた。
「英雄さまだ! 無職の英雄さまだ!」
「光の奇跡を起こした人だ!」
「いやいや、奇跡って……」
俺が慌てて手を振る前に、大人たちも次々と集まり、頭を垂れる。
「――“太陽神の使徒”よ、よくぞ聖国へ」
人混みを割って現れたのは、金糸の法衣を纏った神官だった。
鋭い眼差しと威厳ある声。だがその口元は、妙に笑みを含んでいる。
「お、おい……“使徒”って俺のことか?」
「もちろんです。影を祓い、人々の記憶を結び直す……それは神が与えたもうた奇跡にほかなりません」
……待て待て。俺はただ鍬で掃除してただけだぞ?
ドン引きしつつも、群衆の「救世主コール」が街全体に広がっていく。
リオンが俺の肩を叩き、にやりと笑った。
「おい、“英雄”からついに“使徒”か。肩書きがどんどん豪華になってくな」
「やめろ! 俺はただの無職掃除人だ!」
叫んだ声は、人々の歓声にかき消された。
――こうして、俺たちのソラリード聖国での騒がしい幕開けは始まった。
華やかな歓迎の行列を抜け、俺たちは大聖堂の内部へと案内された。
天井まで届く巨大なステンドグラスから、陽光が降り注ぎ、床の大理石に虹色の光を落としている。
「……きれい、だけど」
セレーネが低く呟いた。
「光が強すぎますね。影を押し込めすぎると、必ず歪みが生じるものです」
リオンも腕を組みながら首を傾げる。
「確かに……ここまで整いすぎてると、逆に不気味だな。兵士たちも妙に無表情だったし」
俺は鍬を杖代わりにしながら、堂内を見渡した。
一見すべてが清らかだが――床の隅や柱の影に、妙な“濃さ”を感じる。
光が強いほど、影も濃くなる。そんな当たり前のことを、ここは無理やり覆い隠しているように見えた。
「おい、見ろ」
リオンが顎で示した先――
壁際に並んだ参拝者の一人が、ふと膝をついた。肩が震え、うつろな瞳からは涙が零れている。
「……忘れたくない……忘れたくない……!」
周囲の信徒が慌てて抱きかかえるが、その口から同じ言葉が繰り返される。
影の残滓だ。あれは、俺が見てきた“記憶の侵食”の兆候に間違いない。
「なあ……歓迎ムードなのはありがたいけどよ」
俺は低く呟いた。
「この国、もう影に侵され始めてるんじゃねぇか?」
セレーネの顔が緊張に包まれる。
「……そう。だからこそ、彼らは“あなたを使徒”と呼んだのです。自分たちではもう抑えられないと知っているから」
――祭りのような熱狂の裏に、抑え込まれた影が静かに蠢いていた。
聖国の光は、すでに限界を迎えようとしている。
その夜。
俺たちは大聖堂に隣接する迎賓館に泊められた。豪華な調度品に囲まれているのに、どこか落ち着かない。
「……静かすぎるな」
リオンが窓から外を見張りながら呟く。
街は眠っているはずなのに、兵士の足音だけが規則正しく響いていた。
セレーネは机に広げられた聖典をめくり、眉をひそめていた。
「やはり……。この国の“光”は、影を追い払うのではなく、“封じ込める”ことを目的としている。まるで蓋をした鍋のように」
「なら、いつか爆発するってわけか」
俺は鍬を壁に立てかけながら、深く息を吐いた。
「――って、おい」
床下から、かすかな呻き声が響いた。
耳を澄ますと、それは複数の声が重なり合ったものだった。
「……わすれたくない……」
「……光が……まぶしい……」
次の瞬間、迎賓館の床に亀裂が走り、黒い腕が一斉に飛び出した!
影の根だ――しかもここまで濃いのは初めてだ。
「ユウマ! 来るぞ!」
リオンが剣を抜き、セレーネが防壁を展開する。
だが影の腕は、防壁をすり抜けてこちらに迫ってきた。
「なっ……!?」
セレーネが目を見開く。
「ただの影じゃねぇな……“封じ込められて歪んだ影”か」
俺は鍬を掴み、叫んだ。
「――草むしり奥義! “総掃除スラッシュ”ッ!」
鍬の白光が影の腕を裂く。だが――
裂かれた影はすぐに再生し、形を増していく。
「ちっ、効きが薄い……!?」
影の腕の中心から、人影がゆっくりと姿を現した。
全身を鎖で縛られ、額に光の印を刻まれた――かつての“聖騎士”だ。
虚ろな瞳の奥に、真っ赤な影の焔が灯っていた。
「……ユウマ殿……」
セレーネが震える声で告げた。
「これは……“光に縛られ、影に堕ちた者”。聖国の歪みそのものです!」
俺は鍬を握り直し、歯を食いしばった。
「つまり……また掃除の出番ってことだな」
鎖に繋がれた聖騎士が、呻き声と共に剣を振り下ろしてきた。
その軌跡は黒と白が入り混じり、まるで“影と光”そのものを斬り裂く刃のようだった。
「ぐっ……重い!」
リオンが受け止めた瞬間、膝が床に沈む。
「影の力と聖国の“光封印”が合わさってる……! 普通じゃ勝てない!」
セレーネの額にも汗が滲む。
「彼は……国に仕える忠義を忘れられず、影に囚われたのでしょう。だから防壁が効かない……!」
――忘れられず、囚われてる。
その言葉が胸に刺さった。
「……だったら」
俺は鍬を構え直し、深く息を吸い込んだ。
「“忘却”で無理に消すんじゃなくて……“解いてやる”しかねぇだろ!」
白光が鍬に集まり、仲間たちの声が響く。
「ユウマ! やれるのか!」
「信じます……あなたの新しい力を!」
俺は鍬を床に突き立て、叫んだ。
「――草むしり奥義! “解呪掃除パージ・リリース”!!」
床から白い紋が広がり、鎖に繋がれた聖騎士の身体を包む。
光の鎖が一つひとつ外れていき、そのたびに影が悲鳴を上げた。
『やめろ……我らは縛られてこそ……存在できる……!』
「縛り付けて守ったつもりでも、それはただの牢獄だ!」
俺は鍬を振り抜き、最後の鎖を砕いた。
「掃除ってのは――余計なもんを取り除いて、すっきりさせることなんだよ!」
白光が爆ぜ、聖騎士の体から影が吹き飛んだ。
重苦しい空気が一気に晴れ、迎賓館を覆っていた黒い気配が消えていく。
聖騎士は倒れ込み、うっすらと涙を流していた。
「……ああ……やっと……眠れる……」
彼の剣が床に落ち、静寂が訪れる。
「ユウマ殿……!」
セレーネが胸に手を当て、深々と頭を下げた。
「あなたの“忘却”は……やはり消去ではなく、“解き放つ力”なのですね」
リオンも頷き、肩を震わせて笑った。
「ったく……また妙な掃除技を増やしやがって。でも、助かったぜ」
俺は鍬を担ぎ直し、深く息を吐いた。
「新しい国ってのは、やっぱり掃除のネタに事欠かねぇな……」
――そのとき。
外から鐘の音が鳴り響いた。
「緊急の集会だ!」
兵士の声が広場に広がり、人々がざわめき始める。
俺たちは顔を見合わせた。
ソラリード聖国――ここでの掃除は、まだ始まったばかりだ。




