グランフェルドの違和感! 無職、歯車仕掛けの街に潜むもの
グランフェルドの朝は――やけに静かだった。
王都なら市場で威勢のいい声が飛び交っていた時間帯だというのに、この街ではただ、整然とした足音だけが石畳を打っていた。
「……なんか、ラジオ体操の隊列にでも紛れ込んだ気分だな」
俺は思わず呟く。
通りには職人たちが道具を持って行進していた。鉄槌を持った大工、鍋を抱えた料理人、帳簿を小脇に抱えた商人。だが誰もが同じ方向を向き、同じ速度で歩いている。
「ユウマ殿」
セレーネがひそやかに言う。
「これは偶然ではありません。この国では“秩序”が何より重んじられているのです。人々は感情を抑え、決められた役割を演じることを義務付けられている……」
「役割? それって――職業みたいなもんか?」
「ええ。しかし……」
セレーネは小さく首を振る。
「彼らの顔には、誇りや生きがいの色が見えません」
リオンは腕を組んで唸る。
「まるで、何かに“支配”されているようだな。俺の故郷でも、戦時中は似たような空気があったが……これはもっと根が深ぇ」
俺は肩をすくめた。
「なるほどな。つまりここは、無職に人権がまるでない国ってわけか」
「いや、そこじゃねぇだろ!」
リオンの全力のツッコミが飛んでくる。
俺は鍬を肩に担ぎ直しながら、冷や汗を拭った。
ここはただの隣国じゃない――感情そのものが押し潰された、巨大な歯車仕掛けの街だ。
そして、この秩序の裏には、必ず“影”が潜んでいる。
宿の紹介を受けて、大通りを歩いていると、市場らしき広場に出た。
色とりどりの野菜や果物、布地や工芸品が並び、人々が整然と行き交っている。
一見すれば賑やかで豊かな街並み……なのに、どうしても違和感が拭えない。
「いらっしゃいませ、無職の英雄さま」
露店の女商人が、にっこりと笑いながら声をかけてきた。
「……あ、ああ。どうも」
思わず返事をすると、彼女は手際よくリンゴを袋に詰めて差し出す。
「これはお代はいりません。この国の民は、英雄に尽くすことが喜びですから」
「え、いや、タダは悪いって」
慌てて財布を取り出す俺に、女商人は柔らかく微笑んだまま、ただ首を横に振った。
……違う。微笑んでいるのに、目がまったく動いていない。
ガラス玉みたいに澄んでるけど、そこに心の揺らぎがひとかけらもない。
「ユウマ殿」
セレーネが俺の袖を軽く引いた。
「見てください。あの子どもたちも」
広場の片隅で遊んでいる子どもたちが、声を上げて笑っている。
だがその笑い声は不自然に揃っていて、まるで合唱のように均一だった。
リオンが低く呟く。
「……おかしいな。戦場で敵兵を操られていたときと同じ“匂い”がする。
この国の連中……本当に自分の意志で動いてんのか?」
俺は鍬をぎゅっと握りしめた。
「……これ、ただの秩序じゃねぇな。どっかででかい“影”が糸引いてやがる」
その瞬間。広場の鐘が鳴り響いた。
人々は一斉に手を止め、同じ動きで城の方角を向く。
「……集合の合図……?」
セレーネの声がかすかに震えていた。
笑顔の街が、一瞬で“無音の歯車”へと変わった。
鐘の音が三度響くと、広場にいた人々はまるで糸で操られた人形のように動き出した。
無言のまま整列し、規則正しく城へと歩を進めていく。
「お、おい……なんだこれ。完全に軍隊の行進じゃねぇか」
俺が思わず呟くと、リオンが険しい目で群衆を追った。
「いや、軍隊でもここまで揃わねぇ。誰一人ずれねぇ……」
セレーネの顔色は青ざめていた。
「……ユウマ殿、これは“儀式”です。おそらく国を覆う影が、人々の意志を縛り付けている」
城門が開き、人々は中庭に集められていく。俺たちもその後を追った。
そこに広がっていた光景は――異様の一言だった。
黒曜石でできた広場の中央に、巨大な歯車の紋章が刻まれている。
人々はその上に整列し、同じ動作で胸に手を当て、同じ言葉を唱えた。
「――忘却こそ救い。記録こそ安寧」
ぞわり、と背筋が凍る。
その言葉、俺のスキルとやたら響き合ってやがる。
「……おい、なんだよこれ」
俺が鍬を握り直すと、空気が一瞬ひやりと冷えた。
広場の端に立つ祭司らしき老人が、金属の仮面をつけた顔で宣言する。
「今日もまた、新たな“記録”が刻まれる! 影の王の眼差しのもとに!」
次の瞬間、歯車の紋章が黒く輝き、群衆の胸から淡い光が吸い取られていった。
人々の瞳がさらに濁り、笑みはより深く、より空虚に――。
「……やっぱりな」
リオンが低く唸る。
「この国そのものが、影に食われてやがる」
「くっ……!」
セレーネが杖を構える。
「ユウマ殿、あれを止めなければ……人々の記憶が完全に失われます!」
「……あーあ。やっぱ来ちまったか、“無職の出番”ってやつ」
俺は深呼吸し、鍬を肩に担いだ。
影の儀式をぶっ壊す――雑用魂が騒ぎ出していた。
「――草むしり係が来たぞォォ!」
俺は思い切り鍬を振りかざし、広場のど真ん中へ飛び込んだ。
祭司がぎょっと目を光らせる。
「何者だ……!? 影の王の儀式を乱す者など――」
「いやいやいや、何者も何も、見りゃわかるだろ! ただの無職だよ!」
全力でツッコミを入れながら鍬を叩きつけると、歯車の紋章にひびが走った。
轟音と共に黒い光が揺らぎ、人々の瞳に一瞬だけ焦点が戻る。
「……あれ? 俺、今なにを……」
「お母さん……!」
途切れかけていた記憶が一瞬戻ったかのように、声が漏れた。
だが、影はすぐにその隙を埋める。
黒煙が渦巻き、人々を再び呑み込もうとした。
「ちっ……こっからが本番か」
俺は額の汗をぬぐい、鍬を構え直す。
そのとき、脳裏にノイズが走った。
【……忘却は削ぐだけにあらず。抜き取り、植え替える力となる】
「……は? 植え替える? 何その園芸アプデ」
思わず口にすると、セレーネが目を見開いた。
「ユウマ殿、それは……“記憶を守るために、新たな記憶を植え付ける”力かもしれません!」
リオンが剣を抜いて叫ぶ。
「なら試せ! 無職なりに、新しい奥義を見せてみろ!」
「おい勇者、無職に丸投げすんな!」
そう毒づきながらも、俺は鍬を地に突き立てた。
「――草むしり奥義、新芽宣言ッ!」
鍬から白い光が走り、黒煙の中に小さな芽が生まれる。
芽は瞬く間に伸び、花となり、光の種を周囲へ散らした。
その種が人々の胸に降り注ぐたびに、彼らの瞳に温かな色が戻っていく。
「……ああ、思い出した。家族と食べた朝ごはん……」
「仲間と笑いあった工房での時間……」
影がうめき声をあげる。
『なぜだ……忘却は虚無ではないのか……!』
「いや、忘却は……必要ないもんを掃き出して、大事なもんを植え直すことだ!」
俺は鍬を高々と掲げ、最後の一撃を叩き込んだ。
黒い歯車の紋章が砕け散り、広場に光があふれた。




