旅立ちの朝! 無職、王都を後にする
夜が明け、王都の空はやわらかな朝日に染まっていた。
昨日まで黒い靄に覆われていた街並みも、いまは穏やかに光を浴びている。
市場の片隅では、子供たちが「ユウマさま、ありがとう!」と声をあげ、走り回っていた。
「……はぁ。俺、やっぱり完全に“無職の英雄”で固定じゃねぇか」
肩の鍬を軽く振りながら、俺は自嘲気味に笑った。
リオンは背筋を伸ばし、きらめく剣を肩に担いでいる。
「誇れよ、ユウマ。無職で英雄って、最強に珍しい称号だぜ!」
「いや、どう考えてもネタ枠だろ……」
そう言った俺の隣で、セレーネが微笑む。
「ですが、誰もが口を揃えて感謝しています。あなたの力で街が救われたことは、誰一人忘れていません」
……その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。
記録がどうだろうと、こうして人の心に残ってるなら――それで十分だ。
だが、その時。
石畳の下から、かすかな黒煙がまだ立ち昇っているのに気づいた。
祠で消えたはずの“影”が、わずかに残滓を残していたのだ。
「……しつこいな。ゴミの日を過ぎても残るゴミかよ」
俺は小さくつぶやき、鍬を握り直した。
セレーネが険しい顔でうなずく。
「やはり……完全には消えていなかったのですね」
リオンが眉を寄せる。
「となると、ここに留まっててもいずれ同じことの繰り返しか……」
そうだ。
このままじゃ、王都はまた闇に飲まれる。
そして何より――あの黒い残り香の向こうには、まだ見ぬ“本当の影”がいる。
「……しゃーねぇな」
俺は静かに息を吐き、空を見上げた。
朝の光は眩しく、どこか道しるべのように感じられた。
「次は、掃除の旅だな」
「ユウマさま、本当に行ってしまうのですか……!」
市場に集まった村人や兵士たちの声が、朝の空に響く。
昨日まで黒煙に怯えていたはずの人々が、いまは笑顔と涙で俺を見送っていた。
「もっといてください! 畑の草むしりも、まだまだ残ってるのに!」
「井戸の掃除、ユウマさまじゃないと嫌だぁ!」
「無職の英雄、ばんざーい!!」
……なぁ、なんで最後まで“無職”強調なんだよ。
俺、もうちょっとカッコいい肩書きなかった? “救世の庭師”とか、“リサイクル聖騎士”とか……。
「ははっ、素直でいいじゃねぇか」
リオンが豪快に笑いながら俺の背中を叩く。
「無職だからこそできることがある! それを民は見抜いてるんだ!」
「無職に対する見方が、俺の知ってる世界とだいぶ違ぇな……」
俺は後頭部をかきながら、苦笑いするしかなかった。
そんな俺を見て、セレーネがふっと微笑んだ。
「ユウマ殿。ここを去っても、彼らの“ありがとう”は記録されません。
けれど、確かに心に刻まれています。……あなたが忘れないように」
「……ったく、守りたい笑顔が増える一方だ」
口ではそう言いつつ、胸の奥がまた熱くなる。
その時、王城の門が大きく開き、豪奢な衣を纏った騎士団長と数人の兵が現れた。
彼らは整列し、一斉に膝をついた。
「無職の英雄ユウマ殿……! 先日の非礼、どうかお許しください!」
石畳に額を擦りつける音が、朝の広場に響き渡った。
周囲の人々も「おお……!」とどよめき、俺の方に視線を集める。
「お、おいおい……! 王都のギルドも勇者パーティも、なんで土下座してんだよ!?
いや、俺、別に怒ってねぇって!」
……とはいえ。
「無職の英雄に頭を下げる」なんて、絶対に記録に残したら黒歴史だぞ。
俺は慌てて手を振った。
「知らん! 俺は無職だ! 俺を崇めるなっての!」
だが広場の空気は、ますます熱を帯びていくばかりだった――。
王都の広場に集まった民衆のざわめきが、一層大きくなる。
城門から姿を現したのは、王と王妃――そして、その後ろに控える勇者パーティの面々だった。
「ユウマ殿」
王は重々しく歩み寄り、ひざを折ると深く頭を垂れた。
「我らは……そなたを“無職”と断じ、追放した。だが今や、その力で王都を救ったのは紛れもない事実。心より謝罪と感謝を捧げる」
「陛下……!」
広場に感嘆の声が広がり、王妃までもが涙を浮かべて俺に礼を告げる。
勇者パーティも遅れて頭を下げた。
あの時、俺を「足手まとい」と切り捨てた奴らが、揃って土下座だ。
「ユウマ……すまない」
「俺たちは間違っていた……」
「無職を侮って……すまなかった……」
……いやいやいや。
こんな人だかりの中で、勇者が頭を擦りつけて土下座とか、記録に残ったら完全に“黒歴史”だぞ。
「だから俺は気にしてねぇって言ってんだろ! それより顔上げろ、石畳でスリ傷できるぞ!」
俺が必死に止めると、周りから「優しい!」「やっぱり無職の英雄!」と拍手が巻き起こった。
「……無職の英雄、か」
リオンが横目で笑い、セレーネも静かに頷く。
その瞬間――空がかすかに震えた。
青空のはずなのに、どこか影が差し込む。
耳の奥に、低く冷たい囁きが流れ込んできた。
『……記録を超える者よ。だが、影は終わらぬ。次は世界の外より、影が忍び寄る……』
「外……だと?」
俺は鍬を握りしめ、思わずつぶやいた。
王が顔を上げ、真剣な眼差しで俺を見る。
「ユウマ殿……お願いがある。我らの隣国に、不穏な兆しがある。
どうか――共に来てはいただけぬか」
広場の空気が一瞬で張りつめた。
王城の広間に集まった人々の前で、王が深々と頭を下げた。
「ユウマ殿。王都を救ってくれたこと、そして……過去の非礼を、心より詫びたい」
「……いやいやいや、陛下が頭下げるとか反則だろ。俺、まだ床の雑巾がけの続きを――」
慌てる俺の目の前で、さらに衝撃の光景が広がった。
勇者パーティだ。俺を“無職”と切り捨てた連中が、剣を地に突き立て、全員で頭を垂れていた。
「ユウマ……すまなかった」
「お前がいなければ、この街は今頃……」
「……ありがとな」
広場が一瞬、静まり返る。次の瞬間――
「無職の英雄だ!」「やっぱユウマさまだ!」
市民たちの歓声が爆発し、花びらのように紙吹雪が舞った。
「や、やめろって! 無職無職って連呼すんな! もう看板に“無職専門ギルド”とか書かれる未来が見えんだけど!?」
俺の必死のツッコミに、子供から大人まで笑いが広がる。
そのざわめきの中、セレーネが小さな声で言った。
「ユウマ殿……王が頼んでおられるのです。隣国グランフェルドに、影の気配が――」
「グランフェルド?」
俺が眉をひそめると、リオンが前に出る。
「隣国を蝕めば、いずれこちらにも影が押し寄せる。放っておけねぇ。俺も共に行く」
王は再び頭を下げた。
「無職の英雄よ。我らの誤りは拭えぬ。だが……どうか、新たな旅路に力を貸してほしい」
……ほんと、俺を追放したくせに。今さら手のひら返して頼み込んでくるとか、どの口が言ってんだよ。
「知らん! 俺は無職だ! 雑用と草むしりで手一杯だっての!」
思わず叫ぶと、勇者どもは土下座したまま「どうか……!」と必死の声を上げる。
広場に集まった民衆が俺の名を呼んだ。
「ユウマさまー!」「行かないでー!」
……くそ、こういう顔見せられたら、断れねぇじゃねぇか。
俺は大きくため息をつき、鍬を担いだ。
「わかったよ。行く。けど勘違いすんなよ? 俺は勇者じゃねぇ、無職だ。無職の出張だ!」
「おーっ!」
歓声が再び王都を包み、俺たちの新しい旅路が始まった。




