呪いの残り香! 無職、街に潜む影を追う
祠の怪物を封じた翌朝。
王都は再び市を開き、人々の笑い声が石畳に響いていた。
昨日の惨状が夢だったかのように――いや、皆が意図的に“忘れよう”としているのかもしれない。
「ユウマさまー! また雑草、お願いします!」
子供たちが手を振り、俺の腰の鍬を指さしてはしゃぐ。
「……おいおい、街を救ったばっかの英雄に頼む仕事が、それかよ」
ため息をつきながらも、俺は畑の隅にしゃがみ込む。
草を抜くたびに、土から微かな黒い煙が立ちのぼり、すぐに鍬に吸い込まれていった。
――昨日の残滓の続きか。
「やっぱり……街全体に、呪いの残り香が残ってるわ」
セレーネが香草を束ねながら呟いた。琥珀色の瞳に憂いが浮かぶ。
「浄化は成功しました。ですが、完全に消えたわけではない……」
「なるほどなぁ……ゴミを燃やしたら灰が残るのと同じか」
俺は腕をまくり、黒紋がまだ消えていないのを見せた。
じわりと広がる気配に、リオンが眉をひそめる。
「なら、街のどっかに“本体”がまだ残ってるってことだろ。……探すぞ」
「ちょっと待て! 俺もう十分だろ!?」
思わず声を上げたが、リオンはにやりと笑って肩を組んできた。
「無職だろ? なら働け!」
「……お前らも、だいぶ俺を使うようになってきたな」
苦笑しつつ、俺は鍬を担ぎ直した。
笑顔を取り戻した街を守るために。
そして――この“影”の正体を暴くために。
俺たちは再び、王都の地下へと足を踏み入れた。
王都の地下へと降りる石段は、昼間だというのに闇が濃かった。
松明の灯りが届く範囲すら、黒い靄がじわじわと侵食している。
「……嫌な気配がします」
セレーネがローブを揺らしながら、結界の膜を広げる。
それでも足元の影は蠢き、何かを探すように壁を這い回っていた。
「まるで、街そのものが記録を吸い込んでるみたいだな」
俺は鍬を握りしめながら、視界の端に浮かぶ黒い文字を睨みつける。
《忘れられし子守唄》――昨夜、子供たちが歌っていたあの歌の記憶が、黒に侵食されていくのが見えた。
「……ちょ、やめろ。あいつらの歌までゴミ扱いすんなよ!」
思わず鍬を振るい、床に絡みついた黒文字を削ぎ落とす。
白と黒の光が舞い、煙は砕けて消えた。
「ユウマ!」リオンが叫ぶ。
「また痣が広がってるぞ!」
俺の首筋には、昨日より濃い黒紋が浮かんでいた。
体の奥が重い。記憶の奥から、またしても妙なざわめきが込み上げてくる。
「……大丈夫だ。忘却してんのは俺自身の辛い記憶だ。少しくらい曖昧になった方が……楽だ」
「ダメです!」
セレーネの声が鋭く響いた。
「記録を塗り替える力は確かに希望をもたらしました。けれど、その代償が大きすぎます。
このままではユウマ殿の“存在”そのものが……」
リオンが険しい目で周囲を見渡す。
「くそっ、考えてる暇もねぇな。影の濃さが増してやがる」
黒い靄が壁から滴り落ち、床に穴を穿つ。そこから再び、獣のような咆哮が響いた。
俺は深呼吸して、仲間に言った。
「よし、分担だ。俺が前を掃く。リオンは影を切り裂け。セレーネ、時間で封じてくれ」
「任せろ!」
「了解しました!」
三人は視線を交わし、同時に闇へ飛び込んだ。
黒煙が集まり、祠の奥に渦を巻いた。
その中心から、昨夜の怪物をさらに歪ませた姿が現れる。
巨体はより濃く、光を吸い込み、形を変え続ける。
『……我らは忘却に抗う影……残滓は残滓として、終わりなく増殖する……』
「おいおい……昨夜の“黒歴史アルバム”よりタチ悪いじゃねぇか」
鍬を構え直し、俺は一歩前に出る。
再び黒い腕が迫る。俺は反射的に鍬を振り抜いた。
「――リサイクル・スイープ!」
白光が走り、黒い腕を切り裂く。だが――
「……なっ」
光は弾かれ、逆に鍬の刃が黒ずんでいく。
吸い込むはずの呪いが、逆流して俺の胸を焼いた。
「ぐっ……! ぐはっ!」
視界がにじみ、頭の奥がぐらりと揺れる。
気づけば俺の名前の文字が、またひとつ空気に浮かび上がり、滲んで消えていった。
《マ ― 消失》
「ユウマ!」
セレーネが駆け寄り、必死に光の術を放つ。
だが今度は、光が触れた瞬間に闇へと変わり、逆に彼女の指先まで黒が這い寄る。
「な、なんだこれ……!?」
リオンが剣を振るうも、黒の獣は笑い声を響かせ、切られても切られても増殖を止めない。
『……無職よ。掃いても掃いても、ゴミは尽きぬ……
お前の力では、永遠に終わらぬ……!』
「クソッ……確かに、この鍬じゃ間に合わねぇ……!」
俺は歯を食いしばりながらも、頭の奥で何かがざわめいているのを感じた。
――忘れること。残すこと。そして……重ねること?
脳裏に、妙な閃きが走った。
「……あれ? もしかして、次の掃除道具が必要ってことか?」
だが考える暇はない。怪物の影が、広間を覆い尽くそうとしていた。
黒煙の獣が咆哮し、祠の壁を突き破って外へと伸びる。
街を覆おうと広がるその影に、民衆の笑い声が一瞬かき消された。
「ユウマ! もうやめろ、これ以上は――」
リオンの叫びも、どこか遠く聞こえる。
胸の黒紋がさらに広がり、視界が霞む。
だが――俺の耳には、あの声が届いていた。
「ユウマさまー! 昨日の草むしり、ありがとうー!」
「また一緒に遊んでね!」
子供たちの無邪気な声。
セレーネの優しい微笑み。リオンの真っ直ぐな眼差し。
……忘れる? 違ぇだろ。
忘れられねぇ。俺の心が勝手に刻んでるんだ。
「なら……忘却の次は――」
俺は鍬を高く掲げ、震える手にさらに力を込めた。
黒白の光がうねり、渦を巻き、やがてそれは鮮やかな虹色へと変わる。
「――雑用究極奥義!」
声が広間を揺らした。
「大掃除・再誕篇ッ!!」
鍬が地を叩いた瞬間、白と虹色の光が炸裂した。
影の獣が取り込もうと伸ばした無数の腕が、一瞬で塵と化し、空へ吸い上げられていく。
まるで世界そのものを洗い流すような、壮大な光の奔流。
『ぐおおおおおおおおお……! 影すら……忘却に……!』
黒煙は悲鳴を上げながら、白紙のような虚空に飲み込まれた。
祠を覆っていた闇が消え、再び月光が降り注ぐ。
「……やったな」
リオンが剣を地に突き、笑みを浮かべる。
セレーネも、息をつきながら囁いた。
「ユウマ殿……その力は“選び取ったもの”を未来へ繋ぐ……
まるで、呪いさえ肥やしにして新しい命を育む……そんな奇跡です」
俺は鍬を見下ろし、苦笑した。
刃に残る黒紋はまだ消えていない。だが、その中心には小さな芽が光を放っていた。
「……はは。無職が……未来を育てる庭師、か」
思わず口にした言葉に、リオンが大笑いした。
「いいじゃねぇか! 無職庭師ユウマ! お前、肩書き増えすぎだぞ!」
「やめろよ! 無職だけで十分だっつーの!」
俺のツッコミが響くと、広場に笑いが戻った。
だが――祠の残骸の奥で、まだ消え残った黒い炎が、かすかに蠢いていた。




