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ここしばらく、母のところで、医師フー・ルーによく会う。
よれよれの耳をしたこの薬臭い老人が、アルフは大嫌いだった。
幼い頃、苦い薬を飲まされた、嫌な思い出と結びついているからだ。
嫌がるアルフの鼻をつまむという無礼な方法で、何度も薬を飲まされたのだ。こいつには。
プライドの高いアルフにとって、この医師は『力づくで弱いものをねじ伏せる嫌な奴』の代表格であった。
会っても顔を背け、口もきかない。
なぜこんなに、始終母のところにいるのだろう。
「どこかお加減がお悪いのですか、母上」
「ほほ、女子には、男子にはわからぬ相談事が、いろいろあるのじゃ。
心配はいらぬ。あれは腕の良い医師ぞ」
鳥籠の数が減った居間には、今度は大きな玻璃の水槽がいくつも並び、綺麗な魚がひらひらと長い鰭を動かして泳ぎ回っていた。
アルフは鼻をくっつけて、玉石と水草と色鮮やかな陶器で出来た、水中の小宮殿に見入った。
キラキラ光る小さな魚たちが、細部まで繊細に作られた小さな宮殿の窓から出入り、瓦を重ねた屋根の周りを泳ぎ回っている。
「きれいですね、母上」
「美しかろう?
・・・だが、これも脆いものじゃ」
小卓の上を指さす。
薄緑の磁器の皿に、魚が一匹。
いつからのせられていたものか、銀の鱗の魚は苦し気にぱくぱくと口を開け、長く透明な紅の鰭や尾はもう乾き始めて体に張り付いている。
「母上!水から出したら死んでしまう!」
駆け寄ろうとしたアルフを、母はぎゅっと抱きしめた。
「優しい子、優しい子じゃ。
だが、優しいだけではならぬ。
その体には尊い帝の血と、誇り高い南家の血が流れている。
負ける事は許されぬ。
勝つのじゃ。全てを打ち負かし、勝ち残るのじゃ・・・」
母の声は次第に低く、つぶやくように。
「これではだめじゃ・・・だめじゃ・・・
早く結果を出さねば・・・
憎い・・・憎い・・・憎い・・・」
皿の上の魚は、もう動かなかった。




