91 専属狩人決定戦②
「じゃ、行くよ師匠!」
「おお、こい」
エフテルはフェイントを左右に入れつつ、一気に俺に接近する。流石に速いが、見慣れている速さだ。
「すっかり砂漠にも慣れたよな」
最初は砂上でいつもの速度を出せずに苦戦していたというのに。
「余裕だね師匠」
「師匠だからな」
エフテルの手刀を後ろに下がって避けつつ、会話をする。
「じゃ、これはどうかなッ!」
エフテルが地面に両手をついて、逆立ち、そのまま両足を回転させる。
「そういう技は、見た目ほど強くはないんだぞ」
「ふふ、知ってるよ!」
「ッ!」
逆立ちの状態から復帰するエフテルを見ていたが、砂を顔面にかけられた。目つぶしだ。
「なるほど、逆立ちしたのは砂を拾うためか…って、あぶな!」
エフテルは視界が封じられた俺に対して、目潰しを敢行した。
「へえ、避けるんだ」
「避けなかったら失明だ!」
躊躇いなくそういう攻撃を行えるあたり、本当に人との闘いに慣れている。
「ねえ、師匠、さっきのお嬢との闘い見てたよ。今もいかにあたしを傷つけないで勝とうか、なんて考えてるでしょ」
話しつつも、エフテルの猛攻は続く。
目が見えない以上、ガードを固めるしかないが、守りの上からでもきつい攻撃を仕掛けてくる。
しかもなんといやらしい、右側からの攻撃が多い!
「甘いよ師匠、甘い。師匠は確かに狩人としてはすごい人だけど、喧嘩なんかほとんどしてこなかったでしょ」
「くッ、ぅう…!」
「ちょっとばかり器用なだけの人間なんかには、あたしは負けないよ!」
「こっちだって、弟子に負けるわけにはいかんッ!」
俺は意を決して、猛攻の中を前進、守りを固めたまま、エフテルに体当たりをした。
なんとか当たってくれたらしい。距離が離れた。
「ふぅ…ほんとにやるな、お前」
「師匠こそ…守りがうまいね」
やっと視界も晴れてきた。
これは、勝つためには少し腹を括る必要がありそうだ。
「勝負あり!」
「!?」
反射的に審判を見たが、俺達ではない。
ロンタウとアルカの闘いに決着がついたようだ。
倒れたロンタウの上に馬乗りになったアルカが、大きな石を振り下ろそうとしていた。
審判が止めなかったら、ガチで殺してるぞあれ…。
「よそ見してる暇、あるのかなァ!?」
エフテルが再び鋭い手刀で襲い掛かってくる。
「あるよ。というか、よそ見する必要があった」
俺は、そのエフテルの手刀を急所から逸らしつつ、敢えて受ける。そしてその腕を取った。
カーリにやったように、同じく、関節技で動けなくする。
「甘いね」
捻り上げる直前に、エフテルは自ら地面で回転し、腕を極められないようにする。
「しかし、お前の素早さは織り込み済みなんだよ」
俺はそのまま地面に倒れ込み、エフテルを全身で押しつぶした。
「ぐ、ぐえ…重い…」
「どうだ、降参だろ」
とは言え、左腕でエフテルの腕を抑えたままなので、俺も動けない。
「ま、降参するわけないよね」
うつ伏せになっていたエフテルが、仰向けになる。本来であれば防ぐことができた行動だが、俺は片腕しか使えない。完全に抑えることはできない。
「で、師匠。馬乗り状態なわけなんだけど、師匠は可愛い弟子を殴れるのかな」
今俺は、エフテルの腹の上に座り、エフテルの片腕を抑えている状況だ。最早この握っている腕に意味はない。手を放して、エフテルの顔面に向けて拳を振り下ろせばいい。
「あまり師匠をなめるなよ」
俺はエフテルの言う通り、握っていた腕を放し、左腕を振り下ろす。
「ッく…」
エフテルが笑った。
「あたしの勝ちだね」
俺の拳はエフテルの顔の真横の地面に突き刺さり、エフテルの両手は俺の首にかかっている。
勝負ありだ。
「弟子を…しかも年下の女の子を殴れるかよ!」
「お師匠さんも俺と変わらねえじゃん!」
「うるせえ!」
俺が自ら負けを認めるまでもなく、審判によって勝敗が判定され、俺は負け、エフテルの勝ちとなった。
俺がエフテルの上から避けると、エフテルはぴょんぴょん飛び回って喜んでいる。
「やったやった師匠に勝ったー!」
くっっそ悔しい。
こんなことなら、俺もウエカ村長みたいに棄権すればよかった。
「ふーん、やっぱお姉ちゃんが勝ったんだ」
アルカが静かに闘志を燃やしながら歩み寄ってくる。
エフテルはにこやかにその闘志に応えた。
無表情と笑顔だが、心のうちは表情とは全く違う。
「まさかあの2人が残るとは思いませんでしたわ…」
「おおカーリ。腫れもだいぶ引いてきたな」
ボコボコにされていたカーリは、少しずつ普通の顔に戻っていた。
「ちっ、ロンタウと指導役の決勝戦だと思ったんだけどな」
ロンタウは不貞腐れたように言う。
俺だってそうだと思った。もしその対戦カードなら、俺はエフテルにしたような手加減はしなかっただろう。本当だぞ。
「準備はいいか!第一競技、最後の闘いを始める!!」
審判が大きな声で仕切る。
なにはともあれ、決着がつく。
まさかの姉妹対決。どちらが勝つか、しっかりと見届けさせてもらおう。
§
闘いは既に始まっている。
エフテルとアルカは、どちらが先に攻めるのか、間合いを図っている。
「アルカー、日が暮れちゃうよー」
「そう言うなら、お姉ちゃんからかかってきなよ」
「生意気な妹だなー、じゃあ、お望みどおりに!」
エフテルが足元の砂を巻き上げた。
「また目隠しか」
コウチが砂から目を庇いつつ言うが、そうではない。
「あれは石を足で飛ばしたな。砂は派手に巻き上がっているが、目潰しにはならない。目眩まし程度だな」
流石、ロンタウには見えていたか。
エフテルは、アルカと距離を測るように動きつつ、一番手ごろな大きさの石を探していたのだ。足で飛ばせる大きさで、かつ威力がある大きさの石を。
狩人用の防具も着けていない今の状況では、ちょっとしたサイズの石ころさえダメージソース足りうる。
「姑息ッ…!」
「何をいまさら」
アルカは石を避けるが、エフテルは既に距離を詰めている。先制攻撃だ。
いきなり致命傷を狙うのではなく、アルカの足を狙った刈り取るような蹴り。
「ッ!」
しかしそれはアルカに読まれていた。
足払いしようとした足を途中で踏みつけられたのだ。
「私、お姉ちゃんのこと大好きだから、どんな攻撃してくるか分かるんだ」
「う、うれしいぃ~…」
思いっきり脛のあたりを踏みつけられたエフテルの足は大きなダメージを受けた。
アルカはそれを見逃さず、猛攻撃を仕掛けた。
拳による連続攻撃。
エフテルは足を負傷しているため、逃げることも体で捌くこともできない。ガードしてやりすごすしかないが、守りの隙間からアルカの攻撃は滑り込んできて、確実にエフテルにダメージを蓄積していった。
しかし、いつまでも攻撃が続けられるわけじゃない。ラッシュをしている方は息も苦しくなれば、筋肉も悲鳴を上げる。
結局エフテルが耐えきった形で、最初の衝突は終わる。
「い、痛いね!姉をボコボコにする妹がいますか!」
「それを言うなら、妹に石を蹴る姉もなかなかいないよ。どっちが危ないかと言うと…お姉ちゃんじゃない?」
「ま、まあ…」
「凶器を使うなんて、なんてお姉ちゃんだ」
でもお前もロンタウのこと大きな石で殴り殺そうとしてたよねとは言わなかった。大人だから。
「ま、あたしら筋力ないからね。ただのパンチじゃ相手を倒せな いからさ」
エフテルが拳を繰り出す。
真っすぐに突き出された拳は、アルカに避けられる。
だが、攻撃は連続する。
今度はエフテルのラッシュだ。
一発が、アルカの腹を捉えた!
「ッぷ…!?」
急いでアルカは距離を取り、追撃を逃れる。
「へへ、仕返し完了」
エフテルはそのまま何かを投擲する。
アルカは首だけを動かしてそれを避けた。
また石だ。
「なるほど、それで拳の威力不足を補ったのか」
「ふむ…なかなか狡猾だねぇ」
俺のつぶやきに覆面マッチョマンが反応する。
「どういうことだお師匠さん…ってか、その人知り合いか?」
コウチが2つ、訊ねてくる。後者の質問については、自分で気づけというかなんで気づかないんだと思うので、前者にだけ。
「単純に、石を握り込むだけで拳の威力は格段に上がる。それにエフテルの投擲技術があれば、万が一のときの遠距離武器にもなるというわけだ」
「でも投擲は避けられましたわね」
カーリも話に混ざってくる。腫れも引いて、すっかり元通りの顔だ。治癒が早い。
「まあそこは、アルカが素早いのと、姉であれば顔を狙ってくるという予測での回避だろうな」
「次元が違いますわね…」
「そうだな」
俺も正直、ここまで対人間の技術が煮詰まっているとは思わなかった。しかも、喧嘩というより、殺すための技術のような。
「お姉ちゃん、私たち、狩人になってから成長したよね」
「そうだね」
「例えば筋力とか。最初は樽1つすら重かった。でも今は違う。それが、お姉ちゃんの攻撃で伝わった」
「お互い筋肉ついちゃったねえ…」
お互いが息を整えるための雑談だろうか。
周囲の観客も、固唾を飲んで見守っているため、アルカの小さな声も良く聞こえる。
「でもね、変わってないところもあるんだよ」
「…それは?」
「お姉ちゃんのスタミナ」
それだけ呟き、アルカは一気に加速、エフテルに密着した。
「体力、だいぶ減ってるよね。もっと、体力比べしよう」
確かにアルカもエフテルも息が上がっている。
しかし…。
「エフテルの体力の無さは絶望的なレベルですわ!」
いつか、エフテルと持久走勝負をしたことがあるカーリが叫ぶ。
「くそ~~!」
エフテルは悪態をつきつつも、アルカの攻撃に対応していく。
足の痛みは引いたのか、ある程度十全に動けるようで、距離を取って休もうとするが、アルカがそれを許さない。
ひたすら、接近。接近。接近。
ずっと守りに徹していたエフテルだったが、限界が来た。
「ぷはっ!」
「じゃあね」
力が緩んだ瞬間を見計らったボディブローが深々とエフテルに突き刺さる。
「この…姉不孝者め…」
エフテルは最後に呻くように呟き、地面に崩れ落ちた。
「うぉおおおおおおおおおお!!」
決着がついたことで、周囲が一気に湧き上がる。
「第一競技の勝者は、アオマキ村のアルカだぁ!」
司会が宣言する。
ふぅ、と小さく息をついたアルカは、倒れているエフテルの上に腰掛ける。
「ぐえ」
「疲れたね、流石に」
「お、降りて…」
あれだけ本気で殴り合ったにも関わらず、相変わらず仲の良い姉妹だ。
「そういやロンタウ姐さん、三位決定戦とかねえの?」
コウチがロンタウに訊ねる。
「ああ、1位と2位、あとはほどほどに点数を獲得して、第一競技は終了だ。次は第二競技。まだまだ勝負は分からないぞ!」
ロンタウの目には、次こそは、というやる気の炎が燃え盛っている。
俺も、次こそは負けないようにしないとな。
幸い、この競技では上から3、4番目。悪くない点数になったはずだろう。
総合得点を競う競技なのだから、まだまだ勝ち目はある。
とりあえず、弟子をねぎらうとしよう。
「コウチはさておき、みんなお疲れ様。カーリはよく頑張ったな」
「お師匠様…!」
「エフテルとアルカは、想像以上だった。すごいな。これならアオマキ村に泥棒が出ても2人がいればなんとかなりそうなくらいだ。特にアルカ、1位おめでとう」
「ふふふ、頑張ったよ」
エフテルの上から飛び上がり、ぐりぐりと頭を押し付けてくるアルカ。
エフテルは、アルカが飛び上がったときの衝撃でトドメとなったようで、動かなくなった。
「お師匠さん、俺は?」
コウチが自分を指さしながら視界に入ってくる。
「お前は…覚悟が足らないな。このスケベ」
「ひでー!」
こうして、専属狩人決定戦の1つ目の競技はアルカの勝利で幕を閉じた。
残る2つの競技では負けるわけにはいかないな。
師匠の意地をみせてやる。
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