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287 迫っていた危機

「ダーシー家のメイドがギルドに来て、緊急事態だなんて言うものですから。泡を食って駆けつけてみれば一体なんですかこれは」


俺達の知らないところで何かが起こっていて、なぜか俺達が怒られていた。

話が読めないでいると、応接室からアーシさんが出てくる。まあ十中八九この人が呼びつけたんだろうなとは思っていた。ギルドの上役を簡単に呼べる人間なんてそうそういない。


「そういえば。直接お会いする機会がなかったので、言う機会がありませんでしたね」


ミサ室長が俺とレイに向かって頭を下げる。


「特3級への昇格、おめでとうございました。そろそろ慣れましたか?」

「は?」

「は?」


俺とレイはほぼ同時に首を傾げた。

特3級への昇格?

俺達が?

確かに、レギオンを倒したのに昇格しないんだなと、日常が落ち着いてから少し思ったりもしていたが、いや待て、一旦確認しよう。


「あのー、ミサ室長」

「はい」

「昇格って、俺らのこと?」


俺の問いに応えたのは、ミサ室長ではなくアーシさんだった。


「そうだ。君たちは、1年前のレギオン討伐の偉業をたたえ、特例中の特例で特3級への飛び級を果たしたのだ。おめでとう」


肩にポンと置かれた手と、怒りのあまりフラッと足がもたれるミサ室長を見て、なんとなく状況を理解した。


「アーシ卿。本来はギルドからの通達であるところを、レギオンに関する情報をみだりに広めたくないので自分から“双極”に話すと仰ったことはお忘れではないですよね?」

「無論だ」

「その話、半年ほど前の話ですよね」

「そうだったか。すまない、多忙につき、失念していたのだ。決して、呼び出す口実に使おうと考えていたわけではないのだよ」


この髭オヤジ…。


「やはり規則は規則ですね。アーシ卿のおかげで、特例に例外を重ねると碌なことにならないことが分かりました。次からはギルドが責任をもって通達いたします。何卒不手際をお許しください」


小さな室長の頭頂部を見ながら、俺は溜息を一つ吐いた。今回に関してはミサ室長は完全な被害者だ。攻めるべきところはなにもない。


「気にしてない。それに、ミサ室長の分も、アーシさんのことを殴っておいた」


その発言にカーリとミサ室長はぎょっとし、レイは笑っていた。


「そうなのだ。私の見立てでは骨が折れている。この話が終わり次第、皆で医者に診てもらおう」


そうだな、俺もレイに体を壊された気がするので、早めに医者に診てもらいたい。


「それで、アーシ卿。緊急事態とは?」


そうだ。ミサ室長はそんな伝言を聞いて、急いで屋敷まで駆けつけたのだ。わざわざ俺達を呼びつけたときに呼ぶのだから、恐らく本当に緊急事態なのだろう。

よくよく考えれば、アーシさんから送られてきていた手紙にも、1年以内にという期限が示されていた。危険が迫っている、というにしては悠長すぎる気もするが。

少しずつ緊張感が高まる中、カーリが控えめに手を挙げた。


「あの、とりあえず床に座るのやめましょう。応接室でお話した方が良いのではないでしょうか」

「流石は我が娘。そのとおりだな」


あまりにもふかふかで居心地が良い絨毯だなと思ってくつろいでいたが、ここ、土足で歩く床なんだよな…。

金持ちの家にいると感覚が狂う。


§


「もう良いでしょう。いい加減勿体ぶるのはやめてください」


応接室に通されて、それぞれが席に着いた。

その後、高級らしい茶と、高級らしい茶菓子が振る舞われたあと、ミサ室長が珍しく目上の人間に苛ついたように噛みついた。

どうせまた寝ていないのだろう。真っ黒な目の下のクマが疲労を訴えている。


「ふーーーむ……」


アーシさんが長い唸り声を上げながら、全員の顔を眺めていると、この雰囲気に耐えきれなくなったようにエツが声を上げた。


「あのっ、離席しますか!?」

「エツ、落ち着いて」

「あ、その、もし私たちが邪魔で話されないのでしたら、“月の果実”は退室しますが…と言いたくて…」


チエもこくこくと頷く。

アーシさんはにっこりと笑って、“月の果実”を見る。


「君たちは、強者の卵だ。それに【マルチウェポン】の一員である。自信を持ちたまえ。卑屈になるな。傲慢に振る舞うのだよ」


この言葉にはミヤだけが頷き、ショウに殴られていた。

なんとなく場の空気が緩んだ。

いよいよアーシさんが本題に入る。


「ギルドは、“ラージマザー”の足取りは掴んでいるかね?」

「いえ。アオマキ村が最後の痕跡です」


ラージマザーとは、現在判明しているレギオンの1種だ。

デュアルビーストは倒したが、その他にも狩人を吸収している“シリアルキラー”、そして魔獣の母である“ラージマザー”の存在が確認されている。

…一応、それに加えて俺とカミジャオだけが目撃している“アンノウン”もいるはずだ。

ラージマザーはアオマキ村の森に潜んでいた可能性が高く、魔獣の卵を産んでいた大型のレギオンだ。一度だけ、ルミスが1人で交戦し、耳を呪毒に侵されている。

と、ここまでが既存の情報なのだが。


「彼女を見つけた。丁度1年ほど前に」


アーシさんは事もなげに言い放った。


「何故!!」


ミサ室長が机を叩き、その勢いで誰かの器が倒れてお茶が零れた。無言でメイドが片付け、その優雅さがミサ室長をなお苛立たせる。


「そのような情報を秘匿していたのですかッ!!」


怒りはもっともだ。

今やレギオンは世界の敵。

そんな存在を1年間も野放しにしていたという。


「貴方が私財を投じ、特級狩人を使って何かしていることは分かっています。それでも、人々を守るためという部分だけは一致していたと、思っていました」


徐々に尻すぼみになるミサ室長に対し、アーシさんはわざとらしくため息を吐いた。


「組織が個人の調査能力に劣っているというコンプレックスを不当にぶつけるのは勘弁いただきたいな。自分にできないことを糾弾する余裕があるのであれば、できるように努力する方が先ではないかね」


どちらの言い分も正しいように聞こえる。

確かに、アーシさんは個人で調査をしているのだから、その結果をどう扱うかは個人の裁量だ。一般論に照らし合わせなければ、個人的にはアーシさんの方に賛同をする。

それに、狂っているし、腹は立つが、そこまで悪い人間でもないと思うのだ。


「ミサ室長、一旦話を聞こう。アーシさんがわざわざギルドを呼んだ意図を考えてみて欲しい」


一旦口を挟む。

まるで癇癪を起こした子供をあやしているようだが、どちらも真剣だ。


「…分かりました」


小さく呟くように深い息を吐いて、なんとか矛を収めてくれた。

これ以上余計な煽りはするなという意味でアーシさんを睨むと、髭を擦って笑っていた。


「それで、まあ。話の腰が折れたので簡潔に言うが、ラージマザーが見つかった。彼女は山のような巨体で、普段は地面に潜っている。ゆえに通常は発見できない」


巨体で地面に潜るというのは両立するのだろうか。今まで見つかっていなかったということは、するんだろうな。


「全身を埋めるわけではなく、背中は地表からも確認できる。それが、ゆっくりと、ゆっくりと。定点観測しなければ気づけないほどゆっくり移動をしている」


ここで、急にアーシさんが話すのを辞める。

何か気にしているようだ。


「先ほどのように取り乱されても困るので、先に言おうか。私はその移動ルートの先に、既に砦を建設している最中だ。それが間に合うほどに、年月をかけて移動している」


当てつけのような発言にミサ室長の眉が僅かに動いたが、それ以外は態度に出さない。大人なのだ。


「そして目的地は、街だ」


再び机が激しく叩かれる。我慢の限界が来た。


「その年月があれば、ギルドも準備ができたはずですが…!?」

「そうかもしれないが、私がいなければ接近にも気が付かなかっただろう。そしてある日、風景を見ていてようやく気が付く。あのような山があったかな?とな」

「情報提供感謝します、がッ!それとこれとは別の話でしょう!ギルドだって支援できたはずです!」


もう完全に切れている。椅子は後ろに倒れ、顔を真っ赤にしている。


「皆聞いたか。ギルドが支援と言ったぞ。魔獣の接近に備えていた一般人を支援…おかしいな。ギルドを一般人が支援するのならば理解できるが…」

「このッ…!」

「ま、それは良い。ということでだ。ギルドにも位置を教えよう。砦での迎撃作戦を、1年後に行いたいと思うのだ。これは今までの歴史にない大規模な狩りになる!」


アーシさんも興奮して大きな声を上げ、突然胸を押さえて座り込んだ。どうやら本当に折れているらしい。

興奮に水を差されたかのように、急に静かになって、俺達に向き直る。


「私は、クラン【マルチウェポン】を中心とした、人間とラージマザーの総力戦としたい。異を唱える者は最早ギルドにはいないだろう」

「…分かりました。早急にお話を持ち帰り、ギルドとしての立場を明確にします。では、私はこれで!!」


小さな体で、ずんずんと大きな足音を立てながらミサ室長は退室した。

何とも言えない空気が応接室に満ち、当事者の一方が退室したわけなので、当然視線はこの館の主に向かう。

そんなアーシさんはわざとらしく肩をすくめて言った。


「私は何か悪いことをしたのかね?」


間違いなく性格は悪いと思う。

一旦毎日投稿はここで終了です!

書き溜めてはいるので、毎週投稿なら再開できそうなのですが、毎日とか週3にはまだ耐えられなそうです。

もうしばしお待ち下さい。

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