286 ジャッジオーナー
広い玄関ホールには、“月の果実”が座っているだけでなく、俺が倒した刺客たちも寝かされていた。
比較的怪我はさせていないはずなので、ただ気絶してるだけではある。
それでも、30人くらいの黒装束が呻きながら床に転がっている景色は恐ろしいものがある。いや自分がやったんだが。
「お師匠様!」
カーリが顔を青くして駆け寄って来る。
「おお、カーリ…コウチは大丈夫か?」
「お師匠様、コウチは大丈夫です。あそこでいびきをかいてショウさんと並んで寝ておりますわ。そんなことより、お師匠様のお顔が真っ青です…!」
「…まじ?」
道理で苦しいと思った。
あの野郎、たった一撃で俺を瀕死にしやがった。
辺りを見回すと、黒装束の手当てをアウコさんがしていた。彼女は、何も言わずに応接室の方向を示した。
そうだ、まだ休むわけにはいかない。
「なあカーリ、エフテルとアルカは?」
「大丈夫です。白状すると、あの2人のことなら心配いりませんので」
今あの2人とやったらヤバいという意味で訊ねたのだが、何か勘違いされてしまったようだ。
話すのもそろそろキツイ。ゆっくりと応接室に向かう俺に、一瞬だけカーリが縋りついて、そして見送ってくれた。
レイから奪った応接室の鍵を鍵穴に刺して回すと、重い扉に反して、軽快な音が響く。
ゆっくりと両開きの扉を開けていくと、いつもの長い机の先に、優雅に座っているアーシさんと、傍に見慣れない男が立っていた。
「こんにちは。ご挨拶が遅れましたね、アーシさん」
「いやいや。早いのではないかね。そして、思いのほか元気だ」
ちょっとした雑談をしながらもう一歩近づこうとすると、側の男が前に出る。軽装で、細剣を持っている。
装備を見るに、狩人だ。間違いない。
「この人は?」
「特4級狩人のラクサイくんだ。君ほどではないが、強いよ」
ラクサイと紹介された男は、君ほどではないが、というところで少しだけ眉を動かした。
「なるほど、なるほど…。特5級の俺に、特4級と最後に戦えなんて、本当に鬼のような父親ですね」
少し恨みがましくアーシさんを睨むと、彼は大きな声で笑った。
「もう十分、楽しませてもらった。本来はここまでする気はなかったのだが、君が我が娘を嫁にもらうための試練をと思ってね。もちろん結果は合格なんだが」
何もしなくても合格らしい。
「じゃあ、もういいじゃないですか。レイのせいで俺死にそうなので」
「貴様いい加減にしろよ」
元々イライラしていたことには気が付いていた。
ついにラクサイとやらが口を開いた。
相当にキレている。
「かのアーシ卿になんたる態度か。そして、この俺を無視するとは、格下の分際で…!」
細剣を抜き、構える。
俺は一瞬だけ、天井と壁を確認した。
そして、キメラを収め、ゆっくりとアーシさんに近づく。
「おやおや、ラフトくん。彼は君と戦いたがっているようだが?」
「俺が戦う必要はないみたいです」
俺はそろそろ立っているのも辛く、アーシさんの斜め前の席に腰を掛けた。視界の隅で、怒りを抑えきれなくなったラクサイが俺に切りかかるのが見えた。
それと同時に、
「はい、そこまで」
「動けば殺す」
天井に張り付いたエフテルが針を投擲するところと、壁の影からアルカが音もなく駆け出す姿を見ていた。
ラクサイの足元には針が1本突き刺さり、首元には細剣が添えられている。つまり、アルカの言うとおり動けば死ぬ。
ついにこの2人の牙は、特級狩人に届きうるまで研ぎ澄まされたのだ。
「アーシ卿、これは…!」
最早どうすることもできず、呻くばかりの彼は必死にアーシさんに助けを求めていた。
「ふむ…。尊大な態度も実力が伴わなければ滑稽なだけだ。そのまま死にたまえ」
「そんな…!」
まあ、アーシさんならそう言うだろうなと思ったので、俺は2人に声をかけた。
「エフテル、アルカ」
「はーい」
「うん」
武器を収めてエフテルは降ってきて、アルカはトテトテと歩いてくる。俺の両隣に立ってくれたので、2人ともぎゅーっと抱きしめた。
「ありがとう」
珍しく2人とも照れているようで、何か言っている。
そのまま背中をポンポンしながら、アーシさんに訊ねる。
「ルール違反とか言いませんよね?」
「ああ、言わないよ。確かに私は、レイ君をはじめとして、君の仲間に協力してもらえるようにお願いした。そのうえでどちらに付くのかは、その人間の覚悟次第だ」
断れない条件を提示したはずなんだけどもね、と呟くアーシさんに怒りを覚えながら、俺は2人に訊ねる。
「どうして味方になってくれたんだ?」
「話はお嬢に聞いていたから。最初から師匠の味方でいるつもりだったよ」
「でもお前、何回か針投げてきたよな」
「それはほら、演技演技」
演技にしては鋭い攻撃だった気がするが…まあそこは信頼か。
「これでもう、恩返しは終わりってことでいいですか?」
俺の言葉を受けて、アーシさんが立ち上がる。
「ああ、ありがとう。私は大変に満足した。“双極”に手を貸したのは間違いではなかったし、カリシィルを嫁に出したことも間違いではなかった」
「それなら良かった」
俺も話は終わりだと示すために、席から立つ。正直、無理やり脅したり餌で釣るような形で仲間同士戦わせたことだけは腹が立っている。
その俺の気持ちをも見透かしたようにアーシさんは言った。
「最後に、君の強さを実感させてくれ。ほら、どこでもいい」
両手を広げて、俺の前に立つ意味は…そういうことでいいのか?
「行っちゃえ」
「師匠に危害を加えるやつは許さない」
エフテルとアルカはそれぞれ拳を突き出している。
であれば、良いか。
「後で何か言わないでくださいよ」
念を押す。
「ははは、勿論。これは私の望みだからな。さぁ!!」
遠慮なく拳を握り、今出すことができる全力でアーシさんの胸に打ち込む。顔だと目立つし、腹だと内臓を傷つけるかもしれない。痛みを与えるだけなら、胸で良い。
当然一般人が狩人の攻撃に耐えられるはずがなく、この街で一番の富豪は愉悦の表情を浮かべながら地面に転がった。
痛みなのか興奮なのか分からない裏返った甲高い声を上げる。そんなアーシさんが恐ろしく、俺は一旦玄関ホールまで戻った。
「終わったのか?」
ホールには目を覚ましたのか、レイが仏頂面で座っていた。
「終わった。お前の蹴り痛いんだけど」
「オメーも容赦なさすぎだ。死ぬかと思った」
そう言って、お互いの拳をコツンとぶつけ合う。女性陣はドン引きしながらその様子を見ていた。
負傷者も目を覚ましだしたようで、先ほどまでよりも人が少なくなっている。ショウも目を覚ましたみたいで、俺を見るなりペコリと頭を下げた。
「おっすー、負けたかー?」
気の抜けた声を上げながらロンタウが屋敷の中に入って来る。いつもの長い銃を持ち、額に包帯を巻いたレイを見て笑っていた。
これで全員が揃った形になる。
しばらく時間つぶしに雑談をしているうちにコウチも目を覚まし、アウコさんが食事を運んできたのでそれを摘まむ。
何があったのか分からないが、ラクサイが肩を落として屋敷を出ていくところを見送り、食後のお茶を楽しんでいると、再び屋敷の扉が開いた。
「…皆さん、何をされているのですか?」
豪奢な屋敷の床に座ったり寝転んだりしながら談笑している俺達を見て、ギルドの観測室長、ミサ室長がため息を吐いた。
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