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283 ムーンブレイク

街に用がある村人たちと一緒に馬車に揺られ、いつもの日数をかけて街に着く。

昔よりはだいぶ早くなったが、これ以上は早くなる見込みはないだろう。それこそ、デュアルビーストのようにパワーとスピードがある獣に馬車を引かせるとか現実的ではない。

…昔、回転刃のシステムを流用して、車輪を回転させる話などはなかったか。あれはどうなったのか気になる。

現実逃避もそこまで。

いよいよダーシー家の大きな屋敷の前に立ってしまった。

念のため、複合武器キメラは持ってきたが、人間相手に使うことはない…と思う。

いつものとおり、メイドのアウコさんが出迎えてくれた。

何もせずとも、俺の接近に気が付いて門を開けてくれる。


「ようこそいらっしゃいました。当主様はこの日を待ち望んでおりました」

「そうですか。今日は、試されないんですね」


この間来たときは、門の前でいきなり襲われたものだ。


「ええ。もうそのような段階ではないでしょう。今、この屋敷は最大限の武装をしております。それこそ、ギルドが攻めてきても負けないくらいに」

「それは、すごいな」


通常ありえないが、この家ならばあり得る。

それを俺は潜り抜けなければいけないわけだ。

アウコさんの先導で、家の庭を半分ほど進んだあたりで、彼女は急に足を止めた。

庭はかなり大きく、植え込みやよくわからない彫像が沢山置いてある。


「それで、最初の相手はこの人たちですか?」

「いいえ」


アウコさんがメイド服の中から銃を取り出す。


「わたくしがお相手いたします」


言うのとほぼ同時、彼女は俺に向けて躊躇いなく発砲する。予測していた俺はしゃがみこみ、銃撃を避けてからアウコさんに足をかけて転ばせた。


「戦い慣れていませんね。反動に腕を持っていかれてます」

「ええ。私は貴方様の情を試す役割を仰せつかっております。知り合いを攻撃できるのか、そして…」


彼女がほほ笑んだ。


「見捨てることができるのか」


俺は周囲に潜んでいた人間たちからの殺意が一気に膨らんだことを察知する。

四方八方から、狩人武器の針と同じものが俺に飛来する。

いや、俺とアウコさんに殺到する。


「ふざけすぎてるだろうがッ!」


アウコさんを抱き上げたまま、咄嗟に彫像の裏に身を隠し、避けられない針はキメラで叩き落とした。


「ちッ」


早速準備していたもののひとつである小さな鉄の塊を植え込みの茂みに向けて投擲すると、小さな悲鳴とともに攻撃が止んだ。


「随分危険じゃないですか」

「そうですか?当主様は、必ずラフト様が守ってくださると仰っておりましたので」

「そうかよ…!」


アウコさんを物陰に隠して、残った刺客を倒していく。

流石に1人になったアウコさんを狙うような真似はなく、俺は針を避けながら1人ずつ隠れていた黒装束を倒して回った。

全て片付けて、アウコさんの下へ戻ると、拍手している。


「お見事ですね」

「…今さらですが、ルールを教えてください」


俺が訊ねると、彼女は少し考える。


「当主様にお会いすれば良いのではないでしょうか。自分を殺しに来いと仰っていましたし」

「つまり何もないんだな」

「はい。万が一刺客を殺してしまっても、お咎めはないでしょう」

「そりゃあそうだ。俺が殺されそうなんだからな」


先ほどの針、ミーンの針と同じように毒が塗られていた。わずかでも掠れば、運が悪ければ死んでいただろう。


「殺したのですか?」

「まさか。そんなに実力が拮抗していない」


まだまだ手加減できる実力差だ。

アウコさんは立ち上がり、スカートに付着した汚れを払う。

そして屋敷の扉を開けた。


「ここから先は、案内はありません。どうかご自由に散策なさってください」

「…」


俺は下から扉の縁を覗き込む。刃物が見えた。


「トラップもあるってことは分かったよ。ここだけ何とかしてくれ」

「流石ですわ」


アウコさんが草に隠れたレバーを足で倒すと、重厚感のある刃が目の前に落ちた。


「ありがとう。行くよ」

「このようなことを言える立場にはないのですが…お気を付けて」


その言葉を背に受けながら屋敷の中に侵入した。

入ってすぐ、広間には見慣れた顔が3つ。いや、4つか。


「今日は敵か?“月の果実”」

「カーリさんと、レイさんに頼まれました。力不足でしょうけど、まずは私たちとお手合わせ願います」


エツに習って、チエとショウも頭を下げた。

なるほど読めた。

つまりレイや“黒星”も今回は敵だ。


「ちなみに、俺が負けたり、君らが負けるとどうなるんだ?」

「勝った方が何でも願いを叶えてもらえるってくらいしか聞いていませんが…」


と語ったエツが、俺の反応を見て眉を顰める。俺があまりにも真剣な表情だからだろう。


「もしや、ただのレクリエーションではないのですか?」


流石、半分妄想レベルの複数ケースを想定するエツ。今回ばかりは正解だ。

だが、負けたら殺されるなんてペナルティがあるのが“双極”だけならば、問題ない。


「いや、レクリエーションだよ。折角だから、真剣にやろう」


俺はキメラを背負い、拳を構えた。


「ほらミヤ。お前も来い」

「…気乗り、しません」


この子は聡いから、何か感じているのかもしれないな。


「では、行きます!」


3人が同時に飛び掛かってきた。

伊達に3級狩人をやっていないなと素直に思える速さだ。

しかもしっかりと俺を格上と判断し、3人で同時攻撃だ。

だが、完全に同時ではない。


「ふぐッ…」


少しだけ突出していたチエの爪先を蹴り、転倒させる。


「ほら余所見」


チエとショウが一瞬そちらに気を取られた瞬間に、2人の首を抱えるようにしてロックした。


「どうだ、結構先生は強いだろ」

「はい…」


できる限り痛くしたくなかったが、1人、諦めの悪い奴がいた。


「ショウ。暴れても外れないぞ。このまま絞め落とすこともできる」

「だったらやってください…!こんな結果、あの人に見せられない!」

「…、困った師弟だ」


俺は敢えて2人とも開放した。

エツはチエと共に床に座り込み、俺とショウの一騎討ちを見守っていた。


「こう見えても、コウチさんの一撃に耐えたこともあるんですから」

「そうか、じゃあ大丈夫だな。アイツは俺より力が強いから」


ショウは何が起こったのか分からないという表情のまま、地面につっぷした。


「顎を掠めた攻撃は、脳を揺らして立ち上がれなくするんだ」

「全然見えなかった…」


チエで見えなければ、エツにも見えていないだろう。

俺の目の前に、ミヤが立つ。


「次はミヤか?」

「いいえ。わたしは、パパの味方なので」


手を突き出されたので、とりあえず握手してみる。


「違い、ます!キメラ、貸してください」

「おお」


言われるがままにキメラを渡すと、ミヤはポーチから布?皮?のようなものを取り出して刃に巻いた。


「これで、非殺傷武器です。頑張ってください、ね」


それだけ言って、ミヤは転がっているショウの足を掴んで部屋の隅に移動していった。


「ちょっと、ミヤちゃん、怒られちゃうよ!」

「大丈夫です。ショウが、ちゃんと無様にやられてくれた、ので、依頼はクリアです」


もしかして、ミヤは俺が負けた場合のことを知っているのだろうか。考えすぎか。


「アーシ・ダーシーはすぐそこの応接室にいますが、鍵が屋敷に隠されています。最短では、いけないので。どこにあるかはわたしも分かりません」

「ありがとう、ミヤ。そこまで聞ければ十分だ」


この武器で応接室の扉を破壊してもいい。だが、それがアーシさんの機嫌を損ねて、無理難題を吹っ掛けられても面倒くさい。しっかりと決められたとおりに動いてやろう。

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