282 最近のマルチウェポンの諸々事情
キリの良いところまで少しだけ毎日更新です。
あれから季節が一巡した。
特に大きな事件もなく、逆に言えば何の進展もなく、俺達は日常を過ごしていた。
変わった部分が一つだけ。
カーリの実の父親であるアーシさんから、謎の手紙が来ていた。
2年以内に“黒星”がレイに勝てるくらいに育て上げ、その後屋敷に来い。
要約するとそんなメッセージだった。
ということで、“黒星”のトレーニングが日課に加わったのだ。
すると、何故かこの件について積極的なレイがスパルタに、主にコウチを鍛え上げ、今や“黒星”で最も肉体が強いのはコウチとなっている。元々かもしれないが。
今日も草原で“黒星”とレイが素手での摸擬戦を繰り広げている。
「この…なめんな…ッ!」
「舐めて…ねッすよ!!」
レイとコウチががっしりと両手を掴みあい、押し合っている。
コウチの後ろからはカーリも支えているし、そうしている間にもエフテルは色々なものをレイに投げつけ、アルカは攻撃を加えている。
まあつまり、フェアではないのだが、“暴腕”と呼ばれたレイとがっぷり押し合いができる人間なんてこの世にそうはいない。
お互いの足は踏ん張りすぎて地表の草を抉りながら数センチメートル埋まっている。
本気で力を込めているせいで、どちらも顔面を真っ赤にして血管を浮き上がらせながら、歪んだ笑顔のようなものを浮かべていた。
「コウチ頑張れー」
一応弟子を応援する。
「てめえコラ!相棒を応援しろぉ、おお、おわあああ!」
俺に気を取られたせいというのは言い訳だろう。
ついに均衡が崩れ、レイがコウチに押し倒された。
急に均衡が崩れたので、レイの上にはコウチとカーリがのしかかる形になる。
「今だ、やるよ!」
「おらおらおらおら」
エフテルとアルカがチャンスと言わんばかりに身動きが取れないレイの顔面を平手でペチペチベシンベシンと叩く。
「勝負あり。勝者“黒星”!」
レイがブチ切れて人が死ぬ前にそう宣言した。
「ごらァ!エフテルアルカ殺す!!」
「逃げろっ!」
「助けて師匠」
そうだ。
一つ大きな変化として、レイが完全に“黒星”の存在を認めた。
まあデュアルビースト戦の前から認めていたのだと思うが、福武喜祭の日にコウチを呼び捨てにしたところから始まり、“黒星”のトレーニング中にカーリもいつの間にか名前呼びになり、アルカ、エフテルと徐々に打ち解けて…打ち解けてはないか。
俺は俺の後ろに隠れたふたりを庇ってよしよししながら、レイのことも撫でてやる。
「お前、前よりもこいつらに甘くなったよなァ…!?」
「まーな。関係性の変化ってやつだ」
コイツまだ気づいてないのかよ。
「それはそうと、これでアーシさんのお題はクリアした訳だろ?これからどうするんだよ」
多分レイは詳しくアーシさんから話を聞いている。
「おう、そうだな。認めたくねえが、一応こいつらは俺様に勝った。もうすぐあの狂人への恩返しも終わりだぜ」
狂人というのは、間違いなくアーシさんのことだ。
「明日、俺様と“黒星”でカーリの実家に行く。お前は、そうだな…1週間後に来い」
「は?意味が分からん。一緒に行けばいいだろうに」
「そこも狂人の戯れだ」
何も分からないが、そういうオーダーならば仕方ない。あの人には多大な恩がある。
「すみません…。わたくしの家のことでご迷惑をおかけしてしまって…」
「カーリは悪くないさ。アーシさんには腕を治すヒントをもらったり、デュアルビーストの場所を教えてもらった恩がある。従うさ」
仮に俺の命が危なくともな。
「ということだ。おめえら、今から荷物をまとめて、出かける準備をしろ」
「えー!師匠と離れたくない人は!?」
「その師匠が従うっつってんだから弟子のおめえらも従え!」
「キザ歯。この村にはハルゥという名の性獣がいる。そんな危ないところに1週間も師匠を置いていけない」
「知らん。もう決まってんだ」
エフテルとアルカが抗議するが、一切聞き入れない。
「エフテル、アルカ。すまないが、今回だけはレイに従ってくれ。頼む」
「まあ、師匠がそう言うならさー」
「師匠、浮気は駄目だよ。嫁を増やすときは協議だからね」
なんとか折れてくれたようで良かった。
こうして、アーシさんの壮大な余興が始まったのだ。
§
きちんとレイの言いつけを守って、1週間を村で過ごした。
この1年間続けた筋トレと運動、そして対人訓練を欠かさず続け、そのために仕上げた道具などもまとめて準備する。
アーシさんの話が変わっていなければ、俺にダーシー家を襲撃しろというのだ。そして、できなければ俺とレイの命を奪う。
当然こんなところで死ぬつもりはないし、全力を尽くす。
「大変じゃん?」
「まあな。でもこれも、恩返しだ」
何故か最近一緒にいることが増えた“豊穣の奏”も俺に並んで武器の手入れをしていた。
普通に自宅に招き入れているが、これはもしかしたら浮気に当たるのだろうか。
「先輩は明日、村を出るんですよね?」
「そうだな」
ハルゥは炸裂機構を分解し、中に棒状のものを入れて煤を取っている。
「万が一のことはないと思いますけど、ちゃんと帰ってきてくださいねえ」
煤で黒くなった指で、人様の家の床に自分の名前を書くハルゥ。やめろ。
「じゃないと、みんな悲しんじゃいますからねー」
ハルゥと書かれた隣にラフト、と書いてハートで囲まれた。やめろ。
「ミーン、叱ってくれ」
「えー、めんどいじゃん…」
気怠げに溜息を吐く彼女に、相方の暴走を止める気はないようだ。
「というか、ウチとしては、ハルゥに報われて欲しい気持ちもあるじゃん。結構長いよ、ハルゥが先輩に惚れてから」
「俺は本当に惚れられてるのか疑問に思うことがある」
揶揄われてるように感じるんだよな。なんとなく。
「えー、ひどおい。こんなに好きなのに…」
家の床がハルゥと俺の名前でいっぱいになってきた。
「でもまあ、冗談だったらあそこであんな言葉は出ないじゃんね」
ミーンが言うのは、最早1年前となったデュアルビースト戦でのこと。その一件があり、アルカは微かにハルゥへの態度を軟化させた。
あのアルカが、そうしたのだからよっぽどのことだったのだろう。
「まあ、ちょっと真面目に話してみるよ。俺も君のことは嫌いじゃないし」
「嫌いじゃない~?」
どうも俺の返答に気に入らなかったらしい。ハルゥが頭を肩に押し付けてくる。
「好きなのかどうかは案外そのときにならないと分からないってことに気が付いたんだ」
「ふーん。臆病者ですねえ」
「普通に女の敵じゃん」
「うッ…!」
2人の言葉が胸の奥深くに突き刺さる。
自覚は、あるんだ…。
「でもアルカちゃんたち、この1年幸せそうだったし、羨ましいなっていうのは、素直に本気ですよ」
真剣に、目を合わせてそう告白される。
であれば、俺も真剣に考えなくてはならない。
だがそれは、このアーシさんの件が終わってからだ。
「分かった、帰ってきたら、皆に相談しよう」
「やったぁ」
ハルゥは真っ黒な手で俺に抱き着いてきた。
「はあ。どんどん肩身が狭くなるじゃん…」
ミーンは憂鬱そうに溜息をまた吐いた。
そんなミーンにハルゥはカラカラと笑いながら提案する。
「ミーンもおいでよ」
それに対する言葉はシンプルだった。
「ウチは、ウチだけを愛してくれる人がいいの」
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